第3話 最悪の関係
そして、彼女、京子は、徐々に彼女の「本性」を出し始めた、彼、秀哉はそう思った。
「…ってかここのマンドリンの人、こんな簡単なパートも弾けないの?
確かにここは16分音符の早弾きだけど、そんなに難しい早弾きじゃないはず。
こんな簡単な早弾きができないんじゃ、もっと難しいやつが出て来た時に、対応できないと思うよ。
あなたたち、根本的な所から、もっと鍛え直した方がいいんじゃない?」
「ちょっと、そんな言い方、あんまりじゃ…、」
「うるさい!弾ける人が弾けない人に向かってアドバイスをして、何が悪いの?
ってかここのクラブ、レベル低すぎ。とりあえず私、今日は帰るね。」
「え、まだ練習はこれからじゃ…、」
「いいから、帰るって言ったら帰る!」
これは、とある日の彼、秀哉と彼女、京子の所属するマンドリンクラブでの、出来事である。
実際、彼女、京子はこの日のように、途中で練習を切り上げ、そそくさと帰ってしまうことが、多かった。
「…ってか、三上さん、マンドリン演奏は上手だけど、はっきり言って毒舌だし、練習途中でも勝手に家に帰るし、性格悪くない?」
「でも、三上さんは演奏は上手なんだから、仕方ないよ…。
うちのクラブにも、三上さんみたいにきれいで、演奏の上手な人、必要だと思うよ…。」
このように、彼女、京子に対するクラブのメンバーの評価は、真っ二つに割れていた。
「ちょっと、そこのドラ、しっかりしてくれる?
この曲は、『恋人を失った悲しみ』を、表現しているの。それを、そんなドラの弾き方、ただ楽譜通りに、弦を押さえて音を鳴らしてるだけじゃない!
ここは、もっと『泣く』ようにするべき。そんなの、弦楽器の表現の基本中の基本でしょ!?」
ある程度時間が経つと、彼女、京子は、自分の専門であるマンドリンのパートだけではなく、他の楽器の演奏に関しても、口を出すようになった。(もっとも、彼女は最初の自己紹介の際の演奏の時も、ダメ出しを他のパートにしていたが。)
(また、この曲のドラの演奏のダメ出しをする時に、彼女は少し悲しげな表情をした、そういう風に彼、秀哉には見受けられたが、
『さすがにこれだけのダメ出しをしてそれはないか。』
と、彼はその考えを自分の中で特に意識もせず、流した。)
さらに彼女は、
「セロパート、トレモロが全員バラバラ。
これだと、ピッタリ揃ってきれいなはずの中低音が、ぼやけた印象になって、
『ただ、うるさく鳴っている。』
風にしか、聞こえない!
…それもこれも、あなたたちが全体の通し練習ばっかりやってるから。もっと、パートを細かく割って、小節も区切って、個別の練習を、した方がいいんじゃない?
じゃあ私、帰ります。」
これも、とある日の彼女の言動である。
『確かに三上さんの言うことは、一理ある。僕も、セロにはもっと個人個人の練習、それと曲のパートを区切った練習が、必要だと思ってた。
でも、ものには言い方ってものがある。あんな言い方だと、みんな反感を持つだろう。
それに、あの態度は、許せない!ここのメンバーを完全に見下したあの態度、何とかならないものかな!』
彼、秀哉は、彼女、京子の態度に、完全に怒りを覚えていた。
(ただ、そんなセロパートの中でも、もちろん彼女に反感を持つ人は多かったが、
「彼女の言うことは、一理ある。」
「彼女はきれいだし、演奏も上手いし、やっぱりうちのクラブにはなくてはならない存在だ。」
など、彼女を慕う意見も、多かった。
もちろん、この時点での彼、秀哉は前者だが。)
また、いやさらに、
「ギター、コードをしっかり鳴らしてくれる?
ちゃんと左手の指で弦を押さえないと!中途半端な押さえ方だと、中途半端なコードの鳴り方になって、それが中途半端なギター全体の音になって、最終的には中途半端なうちのクラブの合奏になるの!
だから、細かい所から詰めていかないとダメ!」
さらにさらに、
「ベース、ピッチが微妙にズレてるよ!フレットがない分弾きにくい、なんて言い訳はしないよね?
(フレット:弦楽器の音程の、目印のようなもの。そのフレットのある部分の弦を押さえると、一定の高さの音が出る、という仕組み。マンドリン系の楽器、またギターにはフレットがあるが、ここで言われているウッドベースを含むバイオリン系の楽器にはフレットはなく、演奏者は自ら、弦を押さえる位置、つまり音程の高さを調節しなければならない。)
みんなが音程を合わせている時に、ベースだけズレてると悪い意味で目立つよ!
じゃ、私、帰るね!」
彼女はその日も、自分とは異なるパートに散々文句を言った挙げ句、練習途中で帰ってしまった。
『また、三上さんがダメ出しをしてる。
ちょっと、三上さんには一言言った方がいいかな。
いや、絶対に、言った方がいい!いくら演奏が上手でも、あんな態度を毎回とられたら、クラブの志気も下がってしまう。
今度三上さんがああいう態度をとったら、ガツンと言ってやろう!
それに、三上さん、練習を放り出して帰り過ぎだ。
…ってか三上さん、練習途中で帰ることが、やけに多いな…。』
彼はそのこと(練習を途中で帰る件)が少し気になったが、それよりも何よりも、彼は彼女、京子に次の練習の時、ガツンと言うべきことを言おう、そう決意した。
「ちょっと、マンドリン、前から思ってたんだけど、日にちが経っても成長がなさ過ぎ…、」
「ちょっと待って!」
その日、彼、秀哉は、彼女、京子の練習中の発言を、遮った。
「…何よ!?水谷君?」
「今三上さん、またマンドリンのパートに、ダメ出ししようとしたよね?」
「…そうだけど。何か文句ある?」
「あのね三上さん、確かにうちのクラブは、三上さんの求める演奏レベルには、達していないかもしれない。
でも、思うんだけど、演奏って、みんなでやるものじゃない?だから、確かに演奏のレベルも大事だけど、それよりも何よりも、僕はみんなの『和』が大事だと思うんだよね。
…だから三上さん、最近ちょっと言い過ぎじゃない?もうちょっと、みんなに寄り添った方が、いいと思うよ。」
彼は、自分の中に持っている苛立ちを極力抑え、やんわりと彼女に指摘をした。(最初はもっとガツンと言おうと思っていたが、結局、やんわりした言い方になった。)
「そうだ。あと、練習をみんなより早めに切り上げるのも、どちらかと言うと…、」
「ちょっと、何よ!?」
彼がここまで言った時、彼女は激昂した。
「水谷君は、私の何を知ってるっていうの?何にも私のことなんて、知らないよね?それで、そんなこと…よく言えるね!」
彼女の一言は、彼にとって意外なものであった。
「え、いや、僕はただここのクラブでのことを言っただけで…。」
「絶対嘘でしょ!?どうせ水谷君、いや他の人も含めてだけど、
『三上なんて、口うるさくてウザい存在だ。』って、思ってるよね!?」
彼女に自分の本当の気持ちを言い当てられた彼、秀哉からは、次の言葉が出て来ない。
「ほら、図星でしょ!?」
彼女は、そう言った。そして彼女の目からは、涙が溢れて来た。
その涙は、最初は小粒であったが、徐々に徐々に大きな粒になっていき、最終的には、彼女は声を噛み殺すようにして、泣いた。
そして、その涙から彼は、単に彼からの指摘が悔しい、というだけの意味ではない、「何か」を感じ取った。
それは、ただの悔し涙ではなく、もっと深い意味、深い悲しみが込められているような…。
そして、その涙、同じような状況を彼、秀哉は、どこかで見たことがあるような…。
彼の心がそういう思いにとらわれ、彼が動けないでいると、
「もういい!私、帰る!」
彼女はそう言い放ち、クラブの部屋を出て行った。
気のせいかもしれないが、その出て行き方は、いつもの勢いだけではない、そう彼は思った。そして彼は、
「三上さん、待って!」
と彼女、京子を呼び止めたが、
「来ないで!」
とあっさり言われ、彼はそれ以上追うのを止めた。
思えばこの時から、彼、秀哉は、彼女、京子に対して、「特別な感情」を、持ち始めたのかもしれない。
※ ※ ※ ※
マンドリンクラブの部屋を出た彼女、京子は、その足で、とある『病院』へと、向かった。
「三上さん、ここの所、毎日ここに来られていますが…大丈夫ですか?」
「…大丈夫だとは思うんですが、やっぱり、不安で。すみません先生、何度も来てしまって。」
「いえいえ。構いませんよ。私たちは、少しでも三上さんの、力になりたいですから。」
「ありがとうございます、先生。」
「…それで三上さん、見た所目が腫れているようですが、今日は何かありましたか?」
「はい、先生…、」
そして彼女は、その日あった出来事を、医師に話し始めた。
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