第三十話 海峡制空戦―6
攻撃する時は全軍の先頭。
後退する時は最後尾。
脱落した部下は決して見捨てず。
危険な任務は必ず自ら指揮を執る。
そして……誰しも絶望を感じる戦場においても「諸君、戦いはまだこれからだ」と最後まで諦めず。
何より、数えきれない程の将兵を救ってみせた。
我等が中佐は、あの戦争において指揮官の理想全て体現してみせた、存在自体が奇跡みたいな人だった。だからこそ、彼の部下になった者は、例外なく彼を慕い、彼と共に飛んだ事を生涯の誇りとしたのだ。
私だって、その事によってどれだけ助けられたか分からない。
貴方は、間違いなく――私達にとって『神様』でした。
……でも、中佐。私、アメリア閣下が『隊長は勝手だわ! ……勝手よ!』と未だに言われる事も分かるんですよ?
私達は、貴方が何を思ってあの戦争を戦っていたのかを誰一人として知らなかった。いや、知ろうとさえしなかった。
それは、あの――レナも一緒だったんですね。多分、知っていたのは整備長と、あの御方だけ。
だからこそ、未だに思うんです。私達が、もっと貴方と共にあったなら、と。
そうしたらあの時、貴方は私達を……。
※※※
「『鷹巣』、状況報せ」
「こちら、『鷹巣』。おいおい……『郵便配達』急いでくれ。『黒騎士』以下の部隊は、任を完璧に達成。これで、連合王国の奴等は、『眼』を喪ったも同然だ! 部隊も既に八割方後退済み。だが、一部部隊が不意遭遇戦に巻き込まれた模様。『黒騎士』は直轄中隊をの一部を率い、救援に向かった」
「『鷹巣』。『黒騎士』が直轄していたのは大隊の筈です。他の隊は?」
「全て、他部隊の掩護に回したそうだ。お蔭で、各隊の撤退は順調」
嗚呼、もうっ! 中佐の悪癖がまたっ。
あの人は、自分がどういう御立場なのか理解もしているし、話も聞いてくれるけれど、いざ、戦場に立つとすぐ部下や仲間を優先してしまうのだ。
今回の作戦において、舞台は主に二部隊に分かれていた。
・海峡上空を局地的数の優位により、制圧する『囮』部隊。
・そして、連合王国の迎撃を可能たらしめている探知網を破壊する、浸透部隊。
『囮』部隊をレナ中佐が指揮を執り、『鷹巣』管制下に釣りだした敵騎士部隊の相当数を狩った。こちらの、損外は数える程。間違いなく戦史に残る程の大勝だと言える。これで『白騎士』の名にも箔がついて、気持ちよく帝都へ。そして空席になる副官には――こほん。
その間、超低空で海峡を突破した中佐率いる浸透部隊約200騎は、各中隊毎へと分かれ、事前に指示されていた敵探知網を次々と襲撃、その多くの撃破に成功した。
――戦略的には、当然、此方の方が大きい。
数で圧倒的に劣る帝国軍が、今まで優位に立てていたのは、質の絶対的差と、中佐というやはり絶対的な指揮官を戴く部隊戦闘力によるものだ。
そこに、今回『鷹巣』という帝国西方における守護神が出張ってきた。結果、数の他、唯一遅れを取っていた探知網が、敵軍のそれは一時的に取り払われ、此方は得たのだ。
敵探知網が回復する前までに、海峡上空の制空権さえ手に入れてしまえば……如何な『不屈』を国是とする、連合王国だろうと、我等を阻むものは存在しないだろう。つまり、共和国に引き続き、連合王国すらも打倒し得る可能性大。
……でも、だからといって、万が一中佐が未帰還になる、なんて事になったら余りにも割に合わない。交換にもならないのだ。
――レナ中佐自ら『鷹巣』と交信する。
「『鷹巣』、『黒騎士』へ通信を! 『黒騎士02、ただいま急行中』!」
「『黒騎士02』……分かった。急いでくれ。幾ら、あの人でも消耗した単独中隊で一個連隊相手はキツイ! 既に囲まれていた味方部隊は撤収中。殿を務めておられるようだ」
「『黒騎士02』了解!」
更にレナ中佐の速度が上がる。直轄大隊も追随する。
ミアがいれば、遠目が効く筈。
派手に、わざと魔力光を放ちながら進撃する。本来であれば、的になる行為だし、余程の事がない限りしないけれど……今回は無視。
―—前方に、戦闘空間が見えて来た。少しずつ、味方が海峡へと撤退している。
叩きつけるように叫ぶ。
「『黒騎士』! こちら、『郵便配達』。中佐!」
「―———こちら、『黒騎士』。何だ、来なくてよいのに。けれど、真に有難う。こちらは、楽しくパーティ中だ。負傷者が出ている、援護を頼む」
「了解!」
「それと――『白騎士』」
「…………作戦目的は達成。故に味方部隊援護へ向かっただけ、よ?」
「ぶふっ……ど、どうして、どこで疑問形なんだ。はぁ、まったく、困った中佐殿だ。―—『黒騎士02』、来い!」
レナ中佐の顔が一瞬で明るくなり急加速。分かりやすいなぁ。各隊も分散。援護を開始する。
さて、ミアは……いた! 敵騎士、三騎とやりあっている。
よ~し。少しは、恩を返しておこうかなっ!
―—そう思いつつ、私はレナ中佐と共に、戦場へと突撃していたのだった。
※※※
間違いなく私達は、この海峡でも勝った。完勝した。このまま戦い続けていれば、遠からず、連合王国本土の制空権を奪取していただろう。
……私は今でも考えるのだ。
我が偉大な祖国の歯車がどうして、あの大勝利の後、狂ってしまったのかを。
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