第二十八話 海峡制空戦―4
「いいかい? 君達には出来る限る素早く偉くなってほしい。そして、僕と整備長の頭痛と肩こりを解消しておくれ」
中佐は私達へ、ことあるごとにそう言われた。
半ば冗談――半ば本気だったのだろう。
実際、彼の部下になった者は、間違いなく名の知れた騎士になっていったが、貴族階級である者達にいたっては、戦中、階級において逆転した人も多い。
その際、皆、一様に『中佐殿より上になるなど……死んでも御免被る!』と一度ならず抗弁したらしいけど。
……ミアの時も凄かったしなぁ。大変だった。
だけど、中佐。ミアやみんなの気持ち、私にも分かります。
私達にとって貴方こそ――『黒騎士』こそが、唯一無二の上官だったんですよ。
※※※
『鷹巣、鷹巣。こちら郵便配達。状況送れ』
『郵便配達。こちら、鷹巣。作戦は順調。既に、海峡上空には敵騎士多数が布陣しつつあり。こちらの各隊も順次発進中——そちらの御姫様の御様子はどうか』
『了解。——かわりましょうか?』
『いいや。遠慮しておこう。東洋の諺には『触らぬ神に祟り無し』というものがあるそうだ――状況変化次第、報告する』
『鷹巣』からの交信が切れる。祟りって。
ちらりと、前方を飛ぶ騎士を見る。若干、どす黒いモヤが出ているような……、
うわぁ、過去にない位、激怒中。確かに今はそっとしとこっと。
取りあえず、各隊に今の情報を伝送——どうして、みんなして、ご機嫌窺いしてくるのかなぁ……。
いやまぁ、少なくとも西北戦線を戦った人達からするとあの二人の関係は有名な話だし、仕方ないのかもしれない。
何時異動になるのか、やその時の反応が賭け事の対象になってる位なのだ。
因みに私は『全力で拒否するも、中佐に押し切られる』に賭けている。倍率的には本命中の本命。
なお、ミアは『一度、問題を起こして軍を除隊。その再志願』という、大穴中の大穴に賭けている。あの子、あれで、ギャンブラーなのよね。
そのミアは今回の作戦において、私の隣を飛んでいない。
参加作戦が異なるので、あの子は後からの出撃となる。部隊配属後、初めての経験だ。ちょっと寂しい。
……同時にほんの少しだけ嫉妬もしている。私もそっちが良かったなぁ。
何しろ、あの子は。
「…………エマ」
「は、はいっ!」
前方を飛んでいるレナ少佐が声をかけてくる。
周囲にいるのはまだ私だけとはいえ、作戦行動中なのに階級で呼んでこないところに闇を感じる。
「……中佐は、私を見捨てたのかしら?」
「違うと思います」
「……だったら、どうして、こんな事を私にさせるのかしら?」
「それは、レナを誰よりも評価されてるからです――そこは疑わない方が良いと思いますけど……」
「ええ、分かってるわ。分かってるのよ。だけど……私は、あの方の隣で飛べればそれでいいの! これ以上、偉くなる必要もないし、こんな立場もいらない!」
「…………」
現在、我が第13飛翔騎士団と第18、20の両飛翔騎士団は大規模作戦行動中だ。
表向きの目標は敵連合王国の騎士戦力の撃滅。目的は海峡上空の制空権奪取。
勿論、敵は数的優位を形成しているから、真正面からぶつかっても押し負けるだろう。
それを打開する為、『蒼』作戦でも採用された『集成騎士団』を編成、戦力の局地集中を実現。
約400騎という大兵力が一人の指揮官の下に置かれている
――すなわち、レナ・フォン・ナイマン中佐の下に。
この作戦前、定期昇進によって遂に中佐になられたのだ。当然、本作戦後、異動となるだろう……つまり、それは中佐との別れを意味している。
大撃墜王であり、今まで無数の武勲を挙げられきたレナ中佐の指揮官就任は、作戦会議上でも、反対意見は出なかったらしい――本人は、最後まで断固反対されていたみたいだけど。
連隊長室から目を真っ赤にしたレナ中佐が飛び出してきた、という噂が隊内に流れるも、御二人に聞けるわけもなく……。
が、レナ中佐のこの感じ。どうやら、色々あったみたいだ。
「レナ。御気持ちはその……分かります。ですが我々は軍人です。まして貴女は、開戦以来、西部戦線で戦い続けて来られたのですから……」
「そんな事を言ったら中佐は、ずっと最前線を飛び続けておられるわ」
「そ、それは……」
「もうどうすればいいのか、私には分から――」
『郵便配達、こちら、鷹巣――中尉、すまない。そこに『白騎士』殿はおられるか?』
『鷹巣。こちら、郵便配達——はい、勿論いますけど』
『私信だ。繋ぐから――後は、そちらで対処してくれ』
『はっ? い、今からですか? もう、作戦開始まで、間も――あ、了解です!』
ピンと、きた。
――少し後、繋がる。
『こちら、『黒騎士01』——すまないな、中尉』
『はい! 今、お繋ぎします』
こちらを見ていたレナ中佐へ頷く。表情が不安気に揺れる。
――これは、私、聴かない方がいいな。
声が聞こえないよう、少しだけ距離を取る。
暫くして、もう一度、中佐の声。
『中尉、すまなかった。終わったよ――無理をさせず、『鷹巣』と連携を密に』
『了解しましたっ! ……その、中佐』
『うん』
『……お気をつけて。御武運を』
『ありがとう。だけど、僕に武運は必要ない。その分、皆の武運を祈っておいてくれると有難い――僕の武運分、誰かが助かってくれる方がいいのだから。それに、僕は君からミアを借りているからね。大丈夫さ』
この人は……だけど、この方こそが、我らが中佐殿。
こういう御方だからこそ私達は何があろうとも――たとえ、自分の命を捨ててでも守るのだ。
どうやら、レナ中佐の問題も解決したようだ。
先程の黒いモヤはもう見えず、まるで天使のような、純白の『翼』が形成されつつある。これは――本気だ。連合王国軍に同情する。
レナ・フォン・ナイマン中佐の本気を止めれる存在など、この戦場において、他に一人しかいないのだから。
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