第6話戦闘開始

日が昇り、大手門の界隈に朝日が差し込んでくる。その光の中、敵勢が次第に大手門に近付く。やがて鉄砲の射撃が始まり、八王子城を巡る本格的な戦闘が始まった。


新型鉄砲と改良された早合の効果で、城方の火力は攻城側を圧倒した。城方の猛烈な火勢の下、攻城側は竹束の陰に潜んでいるしか術がない。大手門には猟師を中核とした優秀な狙撃兵が優先的に配置されていたことから、攻城側が応戦するために少しでも竹束から身を出そうものなら即座に鉄砲玉の餌食になった。また、もっとも脆弱な竹束と竹束の境目を狙撃され、竹束に身を隠していても死傷する兵が後を絶たない。


「おかしい・・・」

攻撃を督戦する景勝は思わず呟いた。

(大手門界隈の狭間の数は何度確認しても20程度に過ぎないのに、50丁の鉄砲で撃たれている様な感覚だ・・・しかも射撃間隔は3段撃ち・・・大手門界隈だけで150丁だとすれば、全体でどれだけの鉄砲を持っているというのだ・・・)

城方の猛烈な銃撃から逃れるために、兵達は相変わらず集団で竹束に身を隠していた。その時、城内から黒い球が投げ出された。

「何だ、あれは?」

景勝は目を細める。黒い球は竹束に隠れている兵達の僅か後方に落ちると、轟音と共に爆発した。

「焙烙玉か!何処で手に入れた!」

硝煙と爆発で舞い上がった砂塵が治まると、そこには20人以上の兵が倒れていた。黒い球は立て続けに3発投げ出され、その都度20~30人の兵が倒れていく。

「何という強烈な焙烙玉だ・・・これまでの御味方の損害は?」

「概数で死者100、負傷者300以上!」

「戦闘中止!一旦下がり戦線を整理せよ!俺は本陣で協議してくる!本陣の沙汰あるまで動くな!」

「はっ!」


「おっ、敵の攻撃が止みましたな」

「出撃して敵を蹴散らすとするか。門を開けよ!鉄砲隊、援護射撃をせよ!」

「首は取るな!お互い確認すれば戦功とする!」

「おおっ!」

「ほんじゃ、わしらも!」

「鍛錬の成果、見せてくれようぞ!」

20人の武者と槍隊に組織された民百姓数十人が大手門から踊り出す。敵の鉄砲は大手門からの援護射撃により制圧され、敵兵達は手も足も出ないまま槍の餌食になった。

「もういいだろう。深追いは危険だ。引き返すぞ!」

「もう止めろ!長居をすると敵の逆襲に遭うぞ!」

「あと1人だけ・・・」

「止めろ!さっさと引け!」

武者の1人が深追いをしようとする農民兵の具足を掴み引きずり出す。大手門前で散々暴れまわった武者達が撤収した時、そこには300人以上の敵兵が倒れていた。

「緒戦としては上出来だ!勝てるぞ!」

「おお!」

大手門の内側で喚声が轟く中、敵は死者と負傷者の搬送を黙々とこなしていた。


「何処から寄せても鉄砲の餌食ですよ。全く、よく普請された城だ」

督戦をしていた景勝が本陣に戻ると利家に語りかけた。

「おまけに何処で手に入れたのか知らんが焙烙玉まで使います。竹束で鉄砲玉を防いでも頭の上から焙烙玉が降ってくる。たまったもんじゃありません」

「う~む・・・これは難儀な戦だな・・・」

「降兵を前面に立て攻撃させたのは失敗だったかもしれません。敵は裏切りに怒ったのかこの上なく戦意旺盛です。正直、これほどまで士気の高い軍勢を相手にしたことはありません・・・ところで加賀宰相殿、ちと解せぬことがあるのですが」

「何かな?」

「敵の鉄砲です。大手門前面はどう見ても20程度の狭間しかないのですが、まるで50丁の鉄砲で撃たれているような、猛烈な火勢なんです」

「それは狭間だけでなく、櫓や土壁越しからも撃っているからでは?あるいは大量の鉄砲で矢継ぎ早に撃っているとか?」

昌幸が話に割り込んできた。

「いや、敵は狭間から撃つのみだ。しかも射撃間隔は3段撃ち程度」

「真ですかな?」

「ならば本陣に隠れていないで、其方の眼で確かめてくればよかろう」

「何ですと!隠れているわけではない!我が勢は控えということで・・・」

「まぁまぁ、越後宰相殿、実際に敵の守備を見分した印象は如何に?」

「敵の火力は御味方を凌駕しています。敵の鉄砲を黙らせない限り、前進することが不可能な状況です」

「今日中に城を手に入れよとの殿下からの御下命だ。とは言え力攻めだといたずらに兵を失うだけだ・・・」

「この際、力攻めしか方法がないのでは?弾薬が尽きれば敵も後退せざるを得ません」

「仕方あるまい・・・これ以上麓の曲輪に拘ると時間を浪費する。これから本城に取り掛かる。麓の曲輪は引き続き松井田勢等に任せる。その後衛として越後宰相殿。安房守殿は利長(前田肥前守利長)率いる軍勢と共に山腹曲輪に向け出陣されよ!」

「承知!」

「心得た!」


その後、圧倒的な兵力に物を言わせた力攻めは相応の効果を発揮し、甚大な犠牲を被りつつも敵は山下曲輪を攻略した。しかし、大手門は山下曲輪からの援護が無くなっても激しい抵抗を続けていた。


「やっと落ちたか・・・松井田勢等の損害は?」

景勝が近習に尋ねる。

「概数ですが、これ迄の死者は600程、負傷者は2000以上かと」

「城方は?」

「やはり概数で死者100程、負傷者は多くが阿弥陀曲輪に搬送されていますので不明ですが山下曲輪に取り残された負傷者は11です。なお、投降者は38です」

「割に合わん!しかも損害が大きく松井田勢等の陣はもはや体を成していない。奴らを後方に回せ!阿弥陀曲輪は我が勢で攻撃する!すぐに取り掛かれ!」

「はっ!」

「負傷者や投降者の中にこの城の構造に詳しい者がいるか尋問しろ。弱点を見出さねば損害が増えるだけだ」

「御意!」


「殿、ある投降者を尋問したところ、八王子城には搦手口があるとのことです。その搦手口が何処にあるかまではこの投降者は知らない様ですが、八王子城の構造に詳しい平井無辺なる者が既に身柄を捕縛されているはずとのことです」

阿弥陀曲輪前面で指揮を執る景勝に馬廻衆の1人が報告に来た。

「そうか、でかした!その平井無辺なる者を早急に探し出せ!負傷者は11、投降者は38しかいないのだから簡単に見つかるだろう!力攻めで攻撃している以上、攻撃から外れた箇所の防御が手薄になるは当然。おそらく搦手口も手薄になっているだろう」


「殿、平井無辺殿をお連れしました」

「平井殿、本陣まで御同行願おう。山城守、攻撃の指揮を任せる」

「御意!」

無辺は縄で縛られ、3人の馬廻に囲まれて景勝と共に本陣に向かった。

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