ノロイノロイ 始動
「……言っておくけど、私、年下がタイプなの。ワンチャンあるかも、とか期待しないでね」
「自意識過剰だ」
二ノ瀬の着替えを待って、俺たちはある場所へ向かうため学校を出た。2人共自転車を押して歩く。
怪しい場所に連れ込む気じゃなかろうなと訝しむ二ノ瀬を説得するのは骨が折れ、学校から目的地への中間地点、跳ね橋へ差し掛かる頃には陽は暮れかけていた。
和歌等における修辞法のひとつ。ひとつの言葉に複数の意味を持たせる技法。
表沙汰にはなっていないが、この町では最近、掛詞を用いた呪いを体に刻まれるという事例が数例確認されている。
「……なるほどね」
「どんな呪いか、自分で分かるか? 二ノ瀬」
「……二ノ瀬だなんて水臭いわ。名前で呼んで」
「距離の詰め方が急だな」
「……同じ呪いを身に持つ仲でしょ。ほら、準って呼んで。私も衛って呼ぶ」
どうも変わった価値観をお持ちらしい。
準はうちの学年で5人しかいない特待生のひとりだ。本来なら全国で名前の通っているような進学校に入れたはずなのに、わざわざウチに来たと聞く。
彼女のプロフィールは噂でしか聞かない。というか噂が全てだ。彼女は誰とも関わりを持たず、友達もいない。誰かと会話していることなど見たことも無い。
「……話す度に2秒遅れるんだもの。できる限り会話なんてしたくないわ」
とのことだ。至極真っ当な理由。
彼女の呪い、『ノロイ』は、『鈍い』。
体感時間が2秒遅れるという、地味ながらとんでもなく生活に支障をきたす呪いである。ここまで歩く中で聞いた話によると、5月末頃から悩まされているとか。
「……元々人と話すこともなかったから怪しまれなかったのは不幸中の幸かしら」
「その割には、こうして話してても、あまり話し下手とか、そういう印象受けないけどな」
「……当然。私は社交的な方よ。ただ、私より5段階くらい馬鹿な連中と面倒な関係を持ちたくないというだけ」
「呼び方苗字に戻していい?」
「……いやだわ、衛くんは同レベルじゃない」
人をランク付けしているような奴と親しげにしたくない、という意味で言ったんだけど。準の言う通り、俺もその5人の特待生の中のひとりである。
そんな会話をしているうちに目的地に着いた。
神社。正確には、もともとあった神社の跡地である。社も鳥居も取り壊され、3年ほど前からずっと工事中の札がたっている。
その男は、いつも入口を守るように立派に
「
「よう」
ぶっきらぼうな返事。
八田は、霊媒師である。もっとも、本人に職業を聞いたらそう答えただけで、俺がここに立ち寄ると絶対に定位置に座って読書しているので、怪しいところではあるが。
赤黒いスーツを着て髪を七三分けにしているので清潔な印象を受けるが、滲み出る怪しい雰囲気は消せていない。二ノ瀬も、横目でチラチラ俺を見てくるあたり、同じ第一印象を抱いたらしい。
「……初めまして。二ノ瀬準です。準とお呼びください」
「また君は変な奴を連れてくるな、結城くん」
「変かどうかはともかく。八田さん、彼女も掛詞の被害者みたいなんです。前みたいにアドバイスをくれませんか」
前みたいに、とは、俺の掛詞事例のこと。俺も彼に助けられた1人だ。掛詞こそ消えていないが、恩人といっていいだろう。
八田は俺の言葉を聞き、おもむろに立ち上がると、準に向き直った。
「掛詞の多くは、後悔や悩みを拗らせたものだ」
「……後悔や、悩み。ですか」
「ようは本人の心の問題だ。私は助言や除霊は出来るが、心には干渉できん」
言い終わるなり、八田は、「失礼」と一声かけて、準を頭のてっぺんから足の先まで見回した。
俺の時もされたが……女子高生相手にやると、犯罪臭がとんでもないな。準も、肩を縮こまらせている。
「『ノロイ』ねぇ。症状は体感時間の2秒のズレと」
「……今ので分かったんですか?」
「霊媒師だからな」
関係あるのか?
「準くん。君のこれまでの人生で、『2秒』『遅れる』というキーワードにまつわる後悔や悩みがあるはずだ」
「……っ!」
彼女の目が一瞬、潤むように光ったのは、気のせいだろうか。
「それを断つ。それ以外に解呪の方法はない」
「……それだけ、ですか」
「それだけだ。さっきも言った通り、こちらからは助言以外できることは無い。君が己の心と向き合い、後悔を、悩みを克服するのだ」
背広を翻して、八田は神社の奥へ消えていく。
「それが思い当たらないならまた来るといい、カウンセリングくらいはしてやる。兎も角、今夜自分でゆっくり考えてみるんだな」
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