さぁ、楽しませてもらうわ

 青く冷たい世界の中で、彼女は静かに眠っていた。自らの中に、彼との愛の結晶たる命を感じながら、深い深い眠りについていた。

 異世界へと飛ばされて、その世界での戦いに身を投げられている彼の現状など、彼女は知らない。知っていれば、彼女は我が子を身籠ろうが異世界だろうが、駆けつけて殺し合いに行っただろう。

 理由はそう、面白いから。

 彼女の中で眠るのは、強欲な女神イシュタル。その本質を思えば、例えそれが自分のことであろうと、彼が関わることならすべて面白そうで片付けてそこへ行くだろう。

 女神様は我儘で、貪欲で、自己敬愛が強いのだ。その性質が彼女にどれだけ影響しているのかは、彼女を含めて知らないところではあるが。

 子を身籠り、この冷たく真っ青な世界に浸り続けてどれだけの時が流れただろうか。まったくわからない。

 時々浮上しては捧げられた神の心臓を喰らって力を蓄えるが、そのとき時間までは聞きはしない。とにかく腹が減っているからだ。そんなことは、そのときどうでもいい。

 仕方ない、また寝よう。回遊魚でもあるまいし、わざわざずっと起きて泳いでいる意味はない。ただ沈んでいるだけでも、苦しくはない。

 そう言えば、なんで水中でも呼吸が可能なのだろうか。

 まぁ取り込んだ神の中に、そういうのがいたのだろう。また、どうでもいい。

 脱力感に体を奪われて、眠りへと誘われる。そのときふと何かを感じた気もしたが、そんなのはどうでもいい。ただ、眠るだけだ。

 

 ▽ ▽ ▽


 夢だと気付くのに、そう時間はかからなかった。何せ今自分のいる場所が、あまりにも違いすぎるからである。思わず、異世界にでも転移してしまったのではないかとすら思った。

 しかしここは夢だ。腹の中に、我が子の存在を感じない。それは今あり得ないことである。故にこれは、自己満足のために生み出された一種の夢なのだろうと理解した。

 しかしこれはなんの夢だろうか。

 自分がいるのは、巨大なドーム施設。三六〇度を囲う観客席からは絶えず雷鳴のような歓声が轟き渡り、風船やら紙吹雪が舞い踊り散っていた。

 そして広大なフィールドには自身を含めた幾人かがそれぞれの面持ちで立ち尽くしており、坊主に侍にメイドに猫と、なんともバラエティー豊かな品揃えとなっていた。その中に、自身が含まれていることになんだか微笑を隠せない。

「これは……なんの夢かしら。私は一体、何を……」

 ふと、手にしている物に気付く。

 それは一枚の小さな紙切れ。すでに参加申し込みの部分は切られていて小さくなっているが、チケットだと察した。そこに書いてある文字を見て、ユキナの笑みは止まらなくなる。

「バトル大会? バトル、大会? 大会?!」

 嬉しかったなんてものじゃない。このところお腹の子を思って戦いなどできなかった。一方的殲滅しかなかった。戦いを楽しむなんて余裕はなかった。全然暇潰しにならなかった。

 何か娯楽を求めていたこのときに、なんとまぁおあつらえ向きなイベントを夢見たことだろう。ナイス自分と自画自賛したくて溜らない。無論、するが。

「いいわ! いいわ! いいわ! いいわ! すっごくいいわ! 久々の運動ね! 久々の戦いね! 久々に踏み潰せる! 久々に蹴り飛ばせる! 私のこと舐めてかかって来てる奴を一蹴するその快感……! それはもう、あの日あの時の興奮に、今だけ勝るわ!」

 夢の中だからだろうか。なんだか自分ではありえないほど興奮している気もするが、そんなこともまたどうでもいい。娯楽を求めていたら向こうから来たのだ。乗らない手はないだろう。

 ユキナ・イス・リースフィルトにとって、彼とあいし合う時間に勝る娯楽はないのだが、しかし今娯楽に飢えてるこの瞬間だけ、狂戦士のように戦いを欲することができた。

 その場で片脚を軸にクルリと回り、風を起こす。風船は跡形もなくすべて破裂し、紙吹雪はさらに激しく舞い散る。

 しかしそれでも、ここは夢の中。今のユキナを満たすための会場。彼らの轟く歓声は止むことはなく、ずっと続いていた。

「さて、と……じゃあ楽しませてもらおうかしら……だってここにいる誰にも、私は殺せない。私を殺せるのはミーリだけ。私を殺していいのは、ミーリだけなんだから!」


「さぁ戦ってちょうだい、私が厭きるまで、ね」

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