第25話 始まりの魔法技師《マジックメイカー》4


 ——数日後。


 俺は母の作品に感化されて、自室で試行錯誤をしていた。作品モデルとして、母の設計図を譲り受け、それらを基にいろいろと試していた。


 俺のお抱えの執事に聞いたところによると、母さんは結婚する前にモノづくりを志す技師をしていたらしい。その楽観的な性格も相まって、彼女は今も昔も人々に愛されていたようだが、その技術だけは理解してもらえなかった。なぜなら、魔法があるから。その一言に尽きた。


 高尚な彼女の理論そのものが理解できないということもあったけれど、それ以上に理論を超越した魔法があるから必要とされていなかった。彼女自身も皇帝に求婚されるほどの魔法使用の技術を有していたらしいから、その狭間で苦悩していたと執事は言った。


(まるっきり、今の俺と同じではないか)


 と、心に思う。でも、それは同時に嬉しくもあって、理解してくれる同胞はらからに出会ったという感があった。


「……ここがこうで……あれ、組み合わない? あぁ、難しい!」


 最初に取り掛かったのは母の傑作の一つだという『ライトラ』だった。一見小さな箱のこの魔法具マジックアイテムは中には途轍もなく細かな仕組みが成されていた。エライスオックスと呼ばれる魔獣マギカの油を箱の中に装填し、一回ボタンを押すだけで、小さな火花を起こす難解な機構と組み合わせる。そして、噴出口から一定の大きさの火を言って時間だし続ける。


 言葉で言うのは簡単だが、油の噴出と火の立ち方の割合の調節が至難の業だ。少し出し過ぎれば、手が燃えてしまうほど高く火柱が上がり、逆に出が悪すぎると火はすぐに消えてしまう。


 その調節は今の俺にできる訳もなく、試行錯誤トライアンドエラーというよりもエラーしかしていないが、それでも今は楽しかった。成功しかしてこなかった人生にこれ以上ない良質な失敗のスパイスを挑戦の意志を与えてくれたのだから。


 トントンと扉をノックする音。時間はかなり遅い時間なので、誰かが来ることは稀だ。一体、誰が来たのだろう。……母さんか?


「はいよ。どちら様で?」


 その場で問うと、扉の向こうより声がする。


「お兄様、ちょっとよろしいでしょうか?」


 この声はアナに違いない。妙な疑いを捨てて、続ける。


「……どうした? トイレでも行きたくなったのか?」

「なっ! どうして、わかるのですか?」


 声音からもわかる恥ずかしそうなアナの反応。どうやら、ビンゴらしい。


「……しょうがないな。待っていろ」

 俺は進行中の『ライトラ』の完成を途中で切り上げて、扉へと向かう。開けると、案の定、少し頬を染めたアナがいる。

「……私のことは全てお見通しなのですね。流石はお兄様、わかっておられます」

 褒められているのだろうが、どこかニュアンスが異なる気がしてならないのはただの思い込みだろうか?

「……おや、部屋の中で何かされていたのですか?」


 扉の隙間より、部屋のカーペットの上に並べられた工具や部品の数々を覗き見たアナはそう言う。俺は少し答えるか迷ったが、別に知られて困るわけでもないと思って、答える。


「……あぁ、あれは母さんに教えてもらった魔法具マジックアイテムってのを、自力で作っているんだよ。設計図は母さんのものだけど、それ以外は完全に自分でやってる。今の俺には結構難しいが、な」


 俺の言葉に得心がいった様子のアナは小さく頷く。


「……よい趣味をお見つけになって、よかったです。私が介入するところではありませんね」

「……早く行くぞ。俺もそこまで暇じゃないから」


 微笑を浮かべるアナを引っ張り、トイレへと向かい始めた。


 国の中心たるグラン・テッラのこの建物も夜になればそれなりに暗い。照らすのは間をあけて連続的に立ち並ぶ、天井近くの小さな蝋燭の灯りだけだからだ。怖くなるとは慣れてしまった俺の口からは言えないけど、言わんとしていることはわかる。


「……あれっ? 扉が開いています、お兄様」

「……えっ? 本当だ。……誰かいるのか?」


 三日月の光が少しばかり差し込む廊下の上を渡り歩いていると、食事を摂る部屋の扉が、小さく開いていた。部屋からは普段この時間にはついていないはずの火の灯りの光が零れている。


 気になった俺はその扉の隙間から息を潜めて覗く。中には髪の長い男と向かい合う陰に隠れて見えない人間が見えた。二人は大窓の傍らに佇み、仄暗ほのくらい火の灯りのもと、話をしているようだ。


「……誰なのでしょうか?」


 傍らに立つアナも音を立てないように扉の隙間に顔を入れる。距離の近さは気になるが、バレてしまってはいけないから、無駄なことは言わない。


「……さぁ、陰に隠れて全く見えないし、わからないが、父さんが赤の他人と話すとも思えないし、どこかの知りあいだろう」


 俺の考えにアナも同調して、小さく頷く。別によからぬことをしているわけでもなかろうし、立ち去ろうとすると廊下側からコツコツとハイヒールが奏でる靴の音が響く。


「……あら、メルクとアナじゃない。こんなところで何をしているの?」


 突然の声音に振り返ると、月の明かりを受けて、より綺麗に見える母の姿があった。


「……これはっ、お母様。一体どうされたのですか?」


 俺より先に、アナが答えた。突然のことで、少し声音が大きくなる。


「……どうしたって、あなた達がそこでしゃがんでいるから……」


 ——と、先のアナの声が漏れたのか扉の向こうから、声が響く。


「……誰かいるのかっ! 聞き耳を立てるとは無礼であるぞ。その姿を現せ!」

「…………もしかして、皇帝陛下でありましたか。申し訳ないことでありますが、少しばかり他の使用人と話をしておりまして、すぐに控えますので、お怒りをお鎮めいただけないでしょうか?」


 荒ぶる父親の声を聴いた俺は咄嗟とっさに母さんとアナの口を手で押さえ、声音を変えて、そう返答した。しばらくの沈黙の後に、扉の向こうから声が返る。


「……そうか、娘の声のように聞こえたのだが、それはメイドの一人か?」

「左様でございます。少し、声が大きくなってしまったため、声が漏れてしまったものと。本当に申し訳ないことにございます」


 取り繕って、必死に返答する。何故かはわからないけれど、今顔を見られてはいけない気がする。


「……疑って済まない。こちらも、この時間にここにいたことが悪かった。謝罪しよう。……そちも、早く行くがよい」

「……かしこまりました、陛下。陛下もお早くお休みになるよう、お願いいたします」


 誤魔化すことはできたようだ。自らの鼻に人差し指を立てて、ゆっくりと二人から口から手を放す。二人とも俺のモーションを理解してくれたようで、声を潜める。そして、少し間を開いて、こそこそと会話を再開する。


「……どうして、口をお塞ぎになったのですか? お父様でしたら、大丈夫だと考えたのですが……」


 問うてくるのはアナだ。何も間違ったことは言っていない。


「……いや、なんとなくやばい気がして。言ってしまえば、ただの勘だ」

「メルクの勘か。あまり信用ならないかも、ね」


 少し含んだような言い方で笑みを浮かべて、母が言う。


「……あら、さっきの騒動で場所が少し動いたみたいね。……夫の話し相手が見えるかも……と……。————……何故、あの人が?」


 母はその影の中に垣間見えたその姿に言葉を失い、最後にそう呟いた。血相が悪くなり、青くなったその母の表情を俺は一度とて見たことはない。


「母さん、誰が……見えたんだ?」

「…………行きなさい。早く行きなさい。この場から、早く去りなさい!」


 声を潜め、しかし、怒気を含蓄がんちくしたようなその強い声音は俺とアナを従わせる。皇后としての気迫か母としての威厳か、はたまたその両方か、とにかくそれは反抗する念を一切抱かせることはなかった。


「……アナ、行こう。そも、俺はお前のトイレに付き合って、来たんだ。ここにいる意味なんかない」

「……そうですね。行きましょう。……お母様、お休みなさい」


 アナの少し怯えた声音を聞き流し、母は俺達をその場から無言の圧で追いやった。


 用が済んだ後、もう一度その場に戻り確認したが、母も、父も、謎の人物も、誰としてその場にはいなかった。結局、俺が母さんのあの表情を浮かべた理由はわかることはなかった。

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