第15話 確定的帰結


「はっ、お前何を言っているんだ! 俺に付いてくる? 意味が分からんのだが?」


 アナの衝撃発言に思わず声を荒らげてしまった。動揺が否応なく伝わってしまっている。


「ですから、お兄様に付き従うと言っているのです。兄弟の関係であるならば、何も疾しいことなどありませんし、お兄様に集る頭の悪い害虫除けにもなります」


 語尾は敬語でつくろわれているが、内容は人様にとっても、俺にとってもかなり失礼な物言いだ。


「アナ……さん? そんな言い方、らしくないですよ……?」


 優しく問いかけてみるが、アナの様子は変わらない。


「……お兄様、私はいつもこの通りですよ。何も変わってなどおりません。……それよりも、私も一つ問いかけたいことがあります」


 アナの声のトーンはとても低い。俺の背筋に冷たい汗が走る。


「何でしょうか?」


 恐る恐る問いかけてみれば、少し狂気を感じるような微笑で答える。


「……あの女は誰ですか? 私が知り得る記憶の中ではお兄様は女とたわれるような野暮な真似はされないはずですが……、どこか楽しそうに話されておりました。もう一度聞きます。あの黒いローブを纏った人は誰ですか?」


 ただでさえ近い距離をさらに距離を詰めて、俺を脅迫するように質問する。


「……あれは、俺の弟子みたいなもので……そんな色恋沙汰みたいなものはないと思うけど」

「そうですかね……。お兄様は一見すればかなり容姿に恵まれておりますし、その薄ぼけた装束を正装に変えれば、いやでも害虫が集ってくると思います」


 いつからアナはこんなに口が悪くなってしまったのだろう。親父にこんな言葉を使えばひと月は徹底的なしつけが施されるに違いない。


「ですから、私自らお兄様の身の回りの世話をしばらくさせてもらおうと思います。不都合なことはないですよねっ? お兄様?」


 語尾を強調して、さらに迫りくる。俺にノーの選択肢はどうもさせてくれないらしい。


「……はっ……はぁ、お願いする」

「はい! よろしくお願いします、お兄様!」


 さきほどまでの剣呑とした態度は一変、明るい顔に戻ったアナはルンルンとステップを踏んで、喜びを表現した。全く末恐ろしい我が妹だ。


「……で、結局あのローブを纏っていた方は誰なのですか? お名前は?」


 口調は元通り、いつものアナへと戻る。言ってしまうか、少し悩んだが、これから付き合っていくかもしれないから、教えることにした。


「驚くかもしれないが、サン・カレッド王国第一王女クレア・レティアその人なんだよ。全く、不思議な縁もあるもんだ」


 しみじみとふけりながらそう正直に答えると、アナは目を眇めて、少し不機嫌な面持ちになる。


「お兄様にはこんなにも愛らしい妹がいるというのに、よりにもよって、王女様ですか。流石お兄様ですね。隅に置けませんね」


 猛烈に勘違いをされている気がしてならないのだが、説明するのも面倒くさい。長い月日、妹と会うことがなかった弊害がこんな形で表出するとは……。妹に愛されているというのはいいことかもしれないけれど、度が過ぎているというのはまたしんどいものかもしれない。


「……俺はさっきまで、寝ずに教え込んでいたから疲れているんだ。アイテムを売り出す昼までどっかで眠りに就くつもりだけど、アナもついて来るか?」


 提案するとアナは喜色を浮かべて、当然だというように答える。


「もちろんです。お兄様に付き従うと決めたばかりなのですから。まだ、本国より持ってきたお金は沢山あります。どこかの宿で一緒に休みましょう」

「それは助かる。ここ最近、風呂にも入れず、屋根なしの野宿ばかりだったからな。男としても、兄としても悪いが、少しばかり工面を頼む」

「はい、よろこんで。兄に尽くすのが妹としての務めですから」


 アナの提案に乗っかり、宿探しを始める。石畳の地面をアナのブーツがこつこつと音を響かせながら歩き、他愛無い会話をしながら、探し回った。


 たどり着いた一軒のレンガ造りの宿場。サン・カレッドらしいそこに朝早くから特別にチェックインさせてもらい、ツインベッドの一部屋を借りた。宿の店主がにやにやとした笑みを口元に手を添えながら浮かべていたので、よからぬ勘違いをされていたとは思うが、どうあろうとも絶対にそんなことにはならないので、無視しておいた。


 部屋は小綺麗にされていて、野宿とは訳が違う。ベッドはふかふかとしていて、地面に雑魚寝して体中が痛くなるようなことは、このベッドの上では決して起きないだろうし、布団もあるから凍えるなんてこともないだろう。


 俺は久しぶりのベッドに倒れこむように横になって、そのままの格好で眠りに就く。

 俺の近くを浮遊しながらついて来ていたピッドは俺の隣に羽を下ろして、俺と同じようにベッドに横になった。


「マスター、いい妹さんがいたね~。いっそ、妹さんに永遠に厄介になったら?」


 脳内にささやくピッドの声。なかなかひどいことを言っている。


「そんなわけにはいかない。一応兄だからな。……まぁ、今だけは妹に甘えることにするけど」

「そう言っているうちに、ずぶずぶと沼のようにはままっていくものだよ。人間は」


 案外、正論を言っている気がする。事実、俺はもう意識を一度オフにしようとしているし。


 脳内会話はいつの間にか続かなくなり、両の瞼を徐々に閉じていく。そんな俺らを、微笑を浮かべて、隣のベッドからアナが覗いていたことなど、俺が知る由もなかった。

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