第54話 サプライズパーティー

 今日は地球時間で言う六月十七日。彩葉の十七歳になる誕生日だ。例年通りの彼女であれば、俺の目に付くところに意味深な雑誌の切り抜きを置いたり、会話の中で遠まわしに欲しい物を言ってくるなど、何かしらのアピールがあるはずだ。


 しかし、彩葉なりに気を遣っているのだと思う。アルザルに来てから、彼女から自分の誕生日について触れることは一切なかった。


 実は、そんな彩葉の誕生日を祝うために、今夜はサプライズパーティーを準備している。俺が幸村やアスリンに話を持ち掛けたところ、西風亭のスタッフを含めた皆が快く賛同してくれた。


 特にアスリンは、誕生日プレゼント選びの時から俺以上に乗り気だった。彩葉に今夜の企画がバレないよう、伝達の精霊術を巧みに使って皆に指示を出し、現在は司令塔的な存在だ。そんなアスリンは、一度眠ると自分から起きることができない彩葉を起こしてから、幸村を連れて隣の都市国家であるアルスターまで馬車で出かけている。


 アスリンたちがアルスターへ向かった理由は、祝い事に使う珍しいオーブを購入するためだ。魔法による美しい光のアート的なオーブらしく、そのオーブの話を聞く限り、俺たちの世界でいうところのプロジェクトマッピングや花火に似ているように受け取れた。


 レンスターと隣接するアルスターは、古くからレンスターと同盟関係にある姉妹都市国家で、歴史を遡るとそれぞれの王家は遠い親戚筋なのだという。また、アルスターは百年ほど前から国を挙げて錬金術を研究してきたため、今では大陸でも有数のオーブ産業が盛んな都市国家となっている。


 当時、オーブ産業というジャンルは確立されていなかったというのだから、アルスター家の当主に先見の明があったのだろう。特に近年、魔法火器類の需要が大きく、軍事的な目的で使用されるオーブの売り上げが国家を著しく成長させたそうだ。


 産業技術の発展が兵器の開発ということは、皮肉なことに地球に限らずアルザルも同じらしい。


 アスリンと幸村の出発を見送った後、西風亭のレストランで少し遅めの朝食を済ませた俺と彩葉は、朝食後のセレン茶を飲みながら団欒していた。まだ昼食の時間には少し早いため、店内は俺たちの他に掃除をしているフロルしかいない。


「ねぇ、ハル。アスリンとユッキーが馬車に乗って向かったアルスターって遠いの?」


 彩葉は俺に質問しながら、カップのセレン茶にフゥーッと息を吹き掛け、中身を冷ましてからそっとセレン茶をすすった。


「アルスターは馬車で二時間くらいのところらしいよ」


 俺もセレン茶を飲みながら彩葉に答える。アーリャが淹れてくれるセレン茶は、母さんが淹れてくれる食後のアールグレイの味によく似ていて本当に落ち着く味だ。もう彼これ俺たちがこの世界へ来てから二週間になる。故郷の家族が、ずっと俺たちのことを探しているかと思うと胸が締め付けられる思いだ。


「ハルは公王陛下からアスリンの護衛を任されて喜んでいたクセに、ユッキーにそれを任せちゃっていいんだ?」


「何だか言葉に棘があるな……。俺は別に変な意味で喜んだりしてないぜ? 幸村だけじゃ色々な意味で心配だけど、今日はバッセル卿と数名の騎士も一緒だって言ってたぜ」


「騎士長たちが一緒なの? 私も今日は何も予定なかったし、声かけてくれても良かったのになぁ」


 彩葉はアスリンに誘われなかったことが少し不満のようだ。この三日間、彩葉はレンスター城に呼ばれ、従士の公務として衛兵や若手騎士の剣術の指南役をしていた。一方公王陛下からアスリンの護衛の命令を受けている俺は、幸村と一緒にアスリンの買い物に付き合ったり、彼女からシュメル語を教えてもらったりのんびりと過ごしていた。


「騎士長たちは、公王陛下からの使者としてアルスター公王宛の外交的な書簡を預かってるみたいでさ。レンスター家専用の馬車で向かったんだよ。それなら安心だろう?」


「うん、そうね。先日あんなことがあったばかりだし……」


 彩葉が言うあんなこととは、もちろんアスリンを襲撃した容疑者逮捕に至る五日前の騒動のことだ。


「そうだな……。彼らがアスリンを襲った背景に家族を人質に取られていただなんて……。やらなければやられる。わかってはいるけど、何とかならなかったのかと思うと悔しいよ」


「真犯人は卑怯者よね。最後は口封じにファルランさんの家族まで手に掛けるなんて、絶対に許せない」


「まったくだ。俺が言うのもアレだけど、彼らを弔うためにも真犯人を暴いてやりたい」


 俺がとどめを刺しただけに余計に責任を感じる。


「私も同じ気持ち。竜の血を飲む時のファルランさんの思い詰めた顔が忘れられない……。それにしてもドラゴニュートって……、命が尽きると消えちゃうんだね……」


「あ、あぁ……。ヴリトラの時も同じだったから、竜の性質なのかもしれない。そのことはヴリトラに聞かなかったのか?」


「うん、唐突過ぎて質問がまとまらなかったのよ……」


 彩葉はマグカップのセレン茶を見つめながら呟いた。そしてまた一口それを啜る。


「今の彩葉はどんな敵でもかなわないだろうけどさ。でも、いざとなったら、頼ってくれよな」


「知っていると思うけど、私は凄く弱いよ? ハルが側で応援してくれるおかげ。いつも、ハルを頼りにしてる。ありがとね」


 彩葉は笑って頷いてくれた。灰色のドラゴニュートの話になると、どうしても明るい雰囲気になれないので、俺はアルスターの話題に戻した。


「あ、そうそう。アルスターで売っているオーブのことなんだけどさ。レンスターと違って変わったオーブがたくさん売っているんだって」


「へぇー。何だか面白そうな街ね。今度、私たちも行ってみようよ?」


 アルスター産のオーブに興味を持ったのか、彼女は嬉しそうに俺を誘って来た。


「そうだな。どんなところか俺も見てみたいよ」


「じゃあ、デートの場所は決定ね。約束だぞ?」


 彩葉はテーブルに両肘をつき、組んだ手の上に自身の顎を載せて上目遣いで俺に言う。妙に可愛らしい仕草をする彼女に、俺は思わず笑みがこぼれた。良く考えてみると彼女と一緒にいる時間は増えたけど、告白したあの日から、まだ二人で出掛けたことがなかった。


「オッケー。雨季が来る前に俺たちも二人でアルスターへ行ってみようぜ」


「うん、楽しみだなぁ。あ、そうだハル。また今夜もオーディオプレイヤーの充電お願いしていい? ハルの電気は便利で本当に助かるよ」


 俺が彩葉のオーディオプレイヤーの充電器の差込みプラグを握り、呪法で軽く電気を流すことでオーディオプレイヤーと幸村のスマートフォンの充電が可能だった。


 当然、アルザルは電波がないため、カメラとしての機能しか利用できないけれど、幸村もスマホの復活に喜んでいた。俺と彩葉の携帯電話は、旧式な機種でカメラの性能も悪いことから充電せずにしまってある。


「オッケー。前にも言ったけど、携帯の充電は地球にいた頃もできたんだけどな……」


「ハルは昔から静電気が凄かったから何かあるんだろうとは思っていたけど、本当にまさかって感じ。フフッ」


 彩葉は声に出して笑いながら俺をからかう。


「悪かったな……。アルザルに来て俺からの静電気は飛ばなくなっているみたいだけど……。彩葉の黒鋼の鱗って一応金属なんだろう? 静電気とはいえ、もし静電気が飛んだら痛いんじゃないかって心配してるんだぜ?」


 アルザルに来て俺の体から静電気が飛ばなくなったとはいえ、いつどのタイミングで静電気が飛ぶかわからない。それに静電気の電圧だってバカにできない。三千から一万ボルト以上になると言われている。


 電気抵抗が少なければ少ないほど電流は上がる。その量によっては激しい痛みだって伴うはずだ。彩葉の鱗が金属質なら人体より電気抵抗が少ないように思える。


「ハルって何だかずっと心配してるね。意外だなぁ。昔からこんなに心配性だったっけ?」


 そう言いながら、彩葉は俺に向かって悪戯っぽくニコッと笑って見せた。


「意外とか言うなよ……。一応、これでも真面目に考えて言ってるんだぜ?」


 彩葉のこういう表情はアルザルに来る前から変わっていない。そして、俺はこの笑顔がずっと大好きだった。思わず俺は彼女に苦笑いした。


「ありがとう。でも私、理系じゃないから電気とか説明されても無理よ? 私もドラゴニュートについて気付いたことがあったらちゃんと伝える。だから、ハルも自分の魔法のこととか私に教えてね。大切な人が心配なのは、私だって一緒だから」


 照れているのか、ほんのりと顔を赤らめながら彩葉はそう言った。はっきりと言われると恥ずかしさもあるけど、彼女の気持ちがとても嬉しかった。


「約束するよ。ありがとう」


 俺は目を逸らさずに彩葉を見つめたまま約束する。もし、俺一人でアルザルへ来ていたら、しっかりと前を向くことができたか自信はない。身勝手かもしれないけど、彩葉がいてくれて本当に良かった。


「あのさ、朝から凄くお熱いところ悪いんだけど……」


 先程まで掃除をしていたフロルが、唐突に嫌味たっぷりな笑みを浮かべて話に入ってきた。


「なっ! ちょっと、フロル?! からかわないでよねっ?!」


 テーブルに両手をついて席を立ち、フロルに文句を言う彩葉の頬は真っ赤だ。不意を突かれた俺も焦りと恥ずかしさで顔が熱い。


「そうだぜ? 大人をからかうんじゃないぞ、フロル?」


「へー、ハル。イロハねぇちゃんと大人なことしてるんだ?」


「な……」


 このエロガキめ……。しかもなぜコイツは俺にだけタメグチなんだ……。


「こら、フロル?! イロハさんもハルさんも困ってるじゃない? ダメでしょう! 旦那様にまた叱られるわよ?」


「わ、悪かったよ……」


 厨房から現れたアーリャが、フロルを注意してくれたおかげで何とかこの場をやり過ごすことができた。アーリャが手に持つバスケットには、焼きたてのベリーパイが入れられている。


「イロハ姉ちゃん、今日は暇だって言ってたよね? 俺と一緒にこのベリーパイをモルフォ修道院まで届けるのを手伝ってもらってもいいかな?」


「うん、いいわよ。今日は特に何もないし」


「ありがとうございます、イロハさん。きっと修道院の孤児たちも喜んでくれると思います。さぁ、フロルも準備して。イロハさんに迷惑を掛けないようにね」


 隣にいるアーリャもフロルを捕捉するように彩葉に礼を言った。


 バースデーパーティーは、サプライズだけに彩葉に気づかれないように内緒で進められている。会場を準備するためには、彩葉を一時的に西風亭から連れ出さなければならない。その役目をフロルが担当することになっていた。


 届け物に向かうフロルに彩葉が付き添うことで時間を作り、その間にアルスターから戻った幸村とアスリンと俺の三人で会場を準備する。そしてミハエルさんとアーリャがケーキや夕食を支度するという段取りだ。フロルの嫌味は余計だけと、アーリャとフロルは演技が上手い。


「えぇと、私はフロルと修道院へ一緒に行けばいいのね? ハルは……どうするの?」


「俺はアーリャから頼まれた煙突の掃除があるからそっちを澄ませる予定だ。修道院まで歩いて一時間くらいみたいだし、折角だしゆっくりしてくるといいよ」


「申し訳ありません、イロハさん。ハルさんには私から別のお仕事をお願いしてまして……」


「じゃあ、フロルと私はデートだねー。よろしくね、フロル」


 彩葉は少し不貞腐れ気味なのか、言葉のアクセントに若干棘があるように感じた。だけど、これもサプライズのための辛抱だ。


「よろしくな、イロハ姉ちゃん。悪いなハル、へへへ」


「へへへ、じゃないぞ、このマセガキめ……」


「こら、フロル! ハルに失礼だろう!」


 フロルはタイミング悪く厨房から出てきたミハエルさんに叱責された。


「やべ……。ご、ごめん、ハル……」


 フロルは気まずそうに硬直した。これまで特にバイトもせずに過ごしていた俺にとって、西風亭内の上下関係は割と厳しく感じられる。ミハエルさんに叱られて項垂れるフロルに少し同情してしまう。


「あー、気にしないでください、ミハエルさん。いつもの挨拶みたいなものですから。な、フロル」


「甘やかすとすぐ調子に乗るから気をつけてくれよ、ハル」


 やっぱりミハエルさんは厳しい。彩葉は項垂れるフロルの頭に手を乗せて優しくポンポンと慰めている。


「ところで修道院にドラゴニュートの私が行っても大丈夫なのかな?」


「その心配なら大丈夫だ。修道士のエーフィと駐屯している憲兵のクラウスは、俺の幼馴染でイロハのことはもう知っているさ。他の修道士や司祭様にもイロハのことは伝えてあるから安心してくれ。クラウスは初めて演奏した時にいたあの憲兵だよ、覚えているかい?」


「あ、覚えています。彼とは西風亭で何度か一緒にお酒も同席したことがありますから大丈夫です」


 彩葉はモルフォ修道院に、顔見知りになった憲兵がいることを知ると安心したようだ。


「モルフォ修道院までの道のりは、レンスターから目と鼻の先だから心配はいらないと思うけれど、絶対安全だと言う保証はない。本当は俺が付き添うべきなんだろうけど、すまないがイロハ。フロルのことをよろしくお願いします」


「そんな、ミハエルさん。改まらなくても大丈夫ですよ。私がちゃんとついて行きますから」


 彩葉が動揺してミハエルさんに返事をすると、ミハエルさんは俺を見てニッと笑う。ミハエルさんの演技力もかなりのものだ。


「あ、イロハさん。これはイロハさんとフロルの分の昼食のパンよ。途中でお腹がすいたら召し上がってね」


 ナターシャさんが小柄なバスケットにパンを入れて見送りに厨房から出て来る。


「ナターシャさん、ありがとうございます。それでは準備ができているようなので行ってきますね。それから、アーリャ。食後のセレン茶ごちそうさま」


「どういたしまして。道中お気をつけて」


 ベリーパイが入れられたバスケットを持ったフロルが彩葉の脇に立つと、彩葉はレンスター家のケープのフードを被り、テーブルに立て掛けていた聖剣を帯刀した。


「彩葉、気をつけてな」


「うん、行ってきます。行こう、フロル」


 俺の言葉に彩葉は頷いて返事をし、いつものようにハイタッチを交わした。そして、フロルと一緒にモルフォ修道院を目指して西風亭を出発した。レストランが面している西風亭の前の大通りは、いつも以上に賑わっているように感じた。振り返って俺に手を振る彩葉とフロルに俺も手を振り返す。


「ここまでは順調だな」


 ミハエルさんが彩葉とフロルを見送りながら呟いた。


「はい。色々ありがとうございます、ミハエルさん」


「気にしないでくれ。俺たちも楽しませてもらってるぜ」


「旦那様、早速私はケーキの準備を始めますね」


「あぁ、アーリャ。そっちは頼んだよ。母さんもシチューの段取り手伝ってくれ」


「えぇ、わかったわ。夜が楽しみね」


 ミハエルさんが言うように、西風亭の皆も楽しみながら彩葉の誕生日パーティの準備してくれているのが伝わる。本当に嬉しい限りだ。


 サプライズに重要なことは段取りが九割。


 今のところ彩葉にサプライズがバレている様子はない。


 彩葉が戻った時の驚く顔を想像すると、今から楽しみで仕方がない。まだ彩葉は出かけたばかりだけど、俺は彼女の帰りが待ち遠しくてたまらなかった。

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