第2部 レンスター編

第1章 遠い未来の音色

第30話 城塞都市レンスター(上)

 レムリア大陸には大きく分けて六つの地方がある。私たちの感覚で言うとヨーロッパとかアジアとかそういう規模の区割りなのだと思う。レンスターを目指す私たちがいるこの場所は、レムリア大陸東部に位置しているフェルダートと呼ばれる地方で、温暖な気候と肥沃な土壌に恵まれた比較的人口の多い地域だという。


 二号に別れを告げた入江を出発してから五時間くらい歩き、小高い丘に続く街道を登ったところで、二重の石造りの壁に囲まれた街並みが眼下に姿を現した。街の中心部に大きな石造りの城がある。一番高い見張り塔は、ビル高さでいうと五階か六階くらいありそうな感じだ。また、街の大通りに大勢の人々がおり、とても賑わっているのが遠くからでも良くわかった。


「わぁ……、レンスターの街って意外と大きいんだ……」


「うん! レンスターはフェルダート地方東部で一番の都市国家よ。みんな、城郭都市レンスターへようこそ!」


 アルザルに来て初めて見る街の大きさに、私が見たままの率直な感想を口にすると、アスリンは両手を広げて少し得意気にレンスターを紹介した。


「ボクの予想より遥かに大きな街だよ」


「あぁ、大きな街だしヨーロッパの古都みたいで風情あるな。アスリン、レンスターってどれくらいの人が住んでいるんだ?」


「そうね……。市街地は旅人や行商を入れると二万人前後かしら。城郭外の農村地区など全て含めた国の人口は七万人くらいだと思うわ」


「二万人規模の都市となると、地球の中世時代なら大都市だな」


「レンスターは大きな街だけど、住んでみると衛生面や治安がとても良くて素敵な街よ。きっとみんなもすぐに気に入ってくれると思うわ」


 感心するハルとユッキーに、アスリンが街の紹介を続けた。


「久々に人が住む街に行けるのは嬉しいし何だか楽しみね。でも、私はドラゴニュートだと気付かれないようにしないとだよね……?」


 これまでアスリンから話を聞いた限り、ドラゴニュートは凶悪なモンスターとして見られている感じだ。私の正体がバレたらきっと大騒ぎになると思う。でも、もしライブ活動をするのなら正体を明かさなければならない時が来るだろうし、その時はみんなに迷惑や負担を掛けてしまうことがわかるだけに悔しい気持ちだ。


「ごめんね、イロハ。私のケープで申し訳ないけれど、フードを使ってうまく隠れてね。東区の城門の番兵たちは顔馴染みが多いから大丈夫」


「ありがとう、アスリン」


 私はアスリンに借りたレンスター家の紋章が入ったケープのフードを深く被り、ドラゴニュートの目立つ外見的な特徴である角や頬の鱗を隠している。また、首筋や手首の鱗は、ヴァイマル帝国の救急箱に入っていた包帯を撒いて人目に触れないよう心掛けた。


 幸い、尻尾は剣道着の袴の中に収まっているけど、どちらかの足と一緒に尻尾を袴に通さないといけないので履き心地は良くない。当然、尻尾のせいで下着も履けないので、普段から履き慣れている袴と思えないくらい違和感があった。


「何か変だと思ったら、内側の壁と外側の壁って高さが違うみたいだな。造られた年代が違う感じなのかな?」


「ハル、よく気がついたわね。内側の壁に囲まれた場所は旧市街と呼ばれている地区で、王城やジュダ教の大聖堂、それから貴族たちの住居があるの。旧市街は千年以上の歴史があって、初期のレンスターの形状は旧市街だけだったそうよ。人口の増加に伴って壁外にも建物が建ち始め、やがてそれを覆うように外側の壁が造られたと言われているわ。外側の壁に覆われた地区は、旧市街に対して新市街と呼ばれているの」


「へぇ……。千年の歴史を持つ城郭都市かぁ。でも、壁で守られているって言うことは、争いが多いって言うことだよね?」


「そうね、ユッキーの言うことはだいたい正解ね。城郭の目的は、トロルやゴブリンなどの妖魔族からの防衛目的と、やっぱり一番の目的は人間同士の争いから街を守ることね。かつてこの地方は一つの国家が統治していたけれど、度重なる内乱で分裂してしまったの。今はレンスターのような中枢都市と、それに従属する村から形成される都市国家が群立して、最近まで争いの絶えない時代が続いていたわ」


「どこの世界も、人類の歴史は戦争の繰り返しなのね……」


 アスリンが語るレンスターの歴史に思わずため息が漏れる。


「ボクも彩葉と同じこと思ったよ……」


「たしかに人間はエルフ族と相反して、肉体的な寿命があるためなのか、貪欲で競争心が強いと思う。人間社会から争いがなくならないのは、そういう人間の性質なのだと思うわ。私の個人的意見としては、進化や競うことを避けて平穏であり続けようとするエルフ族より、『生きてる』って感じがして好きだけどね……」


「何だか難しい話ね……」


 アスリンの言い分もわかる気がするけど、互いを傷つけ合うより平穏である方が良いような気がする。


「今でもレンスターはどこかの国と戦争状態だったりするのか?」


 戦国時代のように小さな国が群立して争いが絶えない状況なら、戦争に巻き込まれてしまう可能性もある。ハルがレンスターの情勢を気にしてアスリンに尋ねたのは、きっとそれを確認したかったのだと思う。私も戦争に巻き込まれたりするのは本気で避けたい。


「ううん、今は大丈夫。七年前にレンスター公王を盟主としたフェルダート同盟が締結されてから、大きな動乱や争いはなくなったわ。都市国家同士で争っていれば、西の大国アリゼオに敗れてしまうからと陛下が各国を巡って諸侯を説得したの」


「へぇ……。レンスター公王ってやり手なんだね」


「もちろんよ、ユッキー。陛下は温厚で思いやりがある御方だから民衆からの支持も厚いの。もちろん、小さな争いは未だに絶えないし、絶対というわけじゃない。一時的な見せ掛けの平和だとしても、それでも価値があることだと思うわ」


 アスリンからレンスターの話を聞きながら街道を進んでいると、私たちはあっという間にレンスターの城郭の門に到着した。近くで見ると城郭は遠くから見た時よりも大きく感じる。市街へと続く城門の前には、入口を挟むように二人の検問の兵士が立っている。また、門の上部は回廊になっているようで、弓を所持した兵士が数名いるのがわかった。


 アスリンの先導で城門へ向かっている中、兵士たちの視線が私に集まっているのを感じた。フードを深く被った異国の民族衣装の旅の女を警戒しない方がおかしい。私の心の奥に、また例のワクワクするような高揚感が湧いてくる。


「やぁ、アトカ。鋼鉄竜の調査の帰りですか? お帰りなさい」


 本当に顔馴染みの兵士が多いようで、検問の兵士の一人がアスリンに声を掛ける。


「えぇ。何とか無事に戻ることができてホッとしているところ。この人たちは、アシハラから来た旅の一座を兼ねた傭兵なの。まだ若いけど歌謡も剣技も共に超一流よ。彼らは私がトロルの群れに襲われていたところを助けてくれた命の恩人なの」


「アシハラ?! そりゃ珍しい。それより、キルシュティ半島にトロルの棲息地があるなら危険な任務でしたね、アトカ……」


 人間で言うなら少女にしか見えないアスリンに対して、兵士たちは敬語で話している。彼女の地位が兵士たちより高いことがわかる。


「旅の疲れもあるし、今日はお礼を含めて西風亭で彼らをもてなす予定なの。通してもらってもいいかしら?」


「あぁ、もちろんです。ようこそ、レンスターへ。旅の方々、アトカを救っていただきまして感謝申し上げます。それにしても、あのトロルを撃退とは素晴らしい腕をお持ちだ」


「あ、いえ。偶然とは言えトロルに襲われていた彼女を助けることができて良かったです。逆にその後は我々が助けられてばかりで……。むしろこちらの方が感謝していますよ」


「見た目は少女ですが、アトカは腕の立つ精霊使いで公王陛下の従士です。我ら兵士もいつも彼女に助けられております。それでは、ゆっくりと旅の疲れを癒してください」


 兵士に掛けられた言葉に対して、ハルが咄嗟にアドリブを利かせて兵士に答えた。機転が利くハルは本当に頼りになる。検問の兵士たちと軽い会話をした後、私たちは通行料の徴収やボディチェックを受けることなくレンスターの街に入ることができた。

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