第29話 始まりの街

 夜が明けて朝食を済ませた俺たちは、岩場に囲まれた入江の高台に二号を移動させた。勿体ない気がするけれど、二号を高台から海に落として処分する作戦だ。パーツを含めて漁師に回収されても困るので、弾詰まりで使えなくなった機関銃の弾薬の火薬と余ったガソリンを二号の座席に撒いてから、俺の雷撃を撃ち込んでなるべく原形を残さないようにする方法だ。


 鹵獲品とはいえ六日間ずっとアルザルを共に旅した二号との別れは少し寂しかった。しかし、これほど目立つ地球の文明の産物をむやみにアルザルの人の前に晒すわけにはいかない。そもそもアルザルの人々は、自動車や戦車のことを竜の亜種だと思っているくらいだ。


 結局、夜遅くまで幸村とアスリンは熱心に銃の射撃練習をしていたため、二人に言おうと思っていた俺と彩葉の関係を伝えそびれてしまった。このことはレンスターに到着してからでも遅くはない。落ち着いてから改めて二人に伝えようと思っている。


 二号の処分の準備が整うと、俺は戦車を破壊した時と同じくらいの大きさの雷の塊を作り出して二号に撃ち込む。雷撃が二号に炸裂すると、二号の車体は大きく変形し、青白い閃光に包まれながら岩場から吹き飛んで海に落ちてゆく。高台から落下する車体に帯びた呪法の電気がガソリンと火薬に引火して、二号は海に落ちる直前に爆発して入江に沈んでいった。


 辺りは早朝から霧に包まれて視界が悪くなっていたため、二号の爆発で立ち上った黒煙は、遠方から発見されることはないはずだ。


「さよなら、二号」


 幸村が少し寂しそうに入江に沈んでゆく二号に別れを告げる。


「私、色々な魔術師の呪法を見てきたけれど、ハル程の威力の雷撃が撃てる人を見るのは初めてよ……」


 アスリンはロック鳥を撃墜した時以上に俺を見つめて驚いている。


「ハルって本当にこんな凄い魔法が使えるんだね……」


「あぁ、何だかビーム兵器みたいだ。Ⅳ号戦車があそこまで大破していたのが納得できるよ」


 彩葉や幸村も驚きを隠せないと言った顔つきで代わるがわるに呟いた。そういえば二人も俺が放つ特大の雷撃を見たのは初めてだった。


「何だかさ、アルザルへ来てから時間が経つに連れて威力が上がってる感じがするんだ。あ、でも今の爆発は、火薬やガソリンが演出して起きた爆発だから派手に見えただけだぞ?」


 俺は驚いている三人に答える。呪法と呼ばれている俺が使えるこの能力は、慣れや熟練次第でどんどん成長するのかもしれない。その証拠に、戦車を破壊した時に伴ったような疲労感が今は全くない。


「バイバイ、二号。ごめんね……。そしてお疲れ様」


 薄っすらと油が漂っている二号が沈んだ海面を見つめながら、彩葉も慣れ親しんだ二号に別れを告げた。


「ここまで割と楽に来れたのは二号のおかげだし感謝しないとだよな……。そして、幸村。今夜はやっと念願の缶詰以外の食事とベッドで眠れるぜ?」


「あぁ、本当にゆっくり横になって眠りたいよ。いい加減座ったまま眠るのは腰も痛いし、エコノミー症候群になっちまいそうだ」


「えこのみー……症候群?」


 アスリンが聞いたことのない病名に首を傾げた。


「ずっと長時間座った姿勢でいると、足の血液の流れが悪くなって血管が詰まったりしてさ。ボクたちの世界では結構有名で、最悪死んでしまうっていう誰でもなり得る怖い病気なんだ」


「テルースって医学も凄く進んでいるのね。レンスターでそんなことを知っている医者なんて誰もいないかも」


 アスリンは幸村の回答に納得したのか感心している。今日の彼女は耳の前に長めの前髪を残して、残りの髪を後ろで一つに束ねている。ロングポニーテールの髪型の彼女もとてもよく似合う。ピンと尖った特徴のある耳がひときわ目立っているけれど、そこがまた可愛らしい。


「ちょっと、ハル? そんなにアスリンをじろじろ見ていたら失礼よ?」


 彩葉が軽蔑するようなジトッとした目で俺を指摘してきたので一瞬ギクッとする。


「あ……。いやぁ、今日のアスリンのその髪型も似合うなって。言っとくけど純粋にだぞ?」


「ふーん……。ああいう髪型……男子は好きなんだ……」


「うんうん、本当だよアスリン! 凄く似合ってる!」


 ナイス幸村!


 彩葉が俺から目を逸らしてブツブツと呟く。面倒臭くなる前に幸村の相槌に助けられたようだ。


「褒めてもらえるとちょっと嬉しいかも! 今日はレンスターに戻れるし少し髪型を変えてみたの。でも私は、イロハの奇麗な黒髪がちょっと羨ましいな」


「そ、そうかな?」


「うん! 凄く似合ってるし、ショートヘアが似合うなんてずるいって思うよ?」


「あはは……。ありがとう、アスリン」


 彩葉はアスリンに照れ笑いをしている。仮にアスリンがショートヘアにしたとても十分似合いそうな気がするけれど、空気を読むのが得意なのかフォローも上手い。


「それより帰ったらお風呂へ行きたいな。トロルのせいで石鹸や香水を入れてあったリュックごとなくしてしまったから、しばらく体も洗えてないし……」


「私も行きたい! ねぇ、アスリン! レンスターへ行けばお風呂って入れるの?!」


 ここ数日水浴びすらできていない風呂好きの彩葉が食いついた。


「もちろんあるけれど……公衆浴場だから……。うん、そうだ。浴場の経営者と交渉して営業時間外にイロハと一緒に入ってもいいか……交渉してみるね」


 アスリンは、凄く喜んでいる彩葉に対して申し訳なさそうに気を遣いながら補足する。


「あ、そうか……。この姿じゃ私……、無理だったね……。ごめん、気を遣わせちゃって……」


「ううん、私こそごめんね。イロハだってお風呂入りたいよね……。少しだけ我慢してね。必ず私の行きつけの経営者を説得するから」


「ありがとう、アスリン」


 たしかに、いきなりドラゴニュートと公衆浴場で鉢合わせするなど、少なくともレンスターではありえないのだろう。


「アスリンが交渉してくれると俺たちも助かるよ。それに服も買いたいしやることはたくさんだ」


「ハル、一つ大事なことを忘れてるぜ?」


「改まって何だよ、幸村?」


「ボクたちは一文なしだ」


「そう言えば……、そうだったな……」


 俺は拝借したヴァイマル帝国の通貨が、レンスターで使えなかったことを忘れていた。


「大丈夫よ! 金銭面のことや住まいのことなら全く心配せずに任せて。私が何とかするわ」


 アスリンは右手の親指を自分の胸に当てて任せろという合図をしている。


「本当に感謝するよ。ありがとう、アスリン」


「いくらお礼をしても足りないくらい」


「ボクたち、アスリンに出会えていなければどうなっていたことかわからないな」


「ううん、何度も言うようだけどお礼を言わなければいけないのは私の方。みんながいなければきっと私はあそこでトロルに……。だから、困っている時はお互い様ってことじゃ……ダメかな?」


「わかった、アスリン。俺たちは仲間だもんな。これからもよろしく」


「うん!」


 仲間と呼んでもらえたことが嬉しかったようで、アスリンは満面の笑みで頷いた。このエルフの少女の笑顔は反則的なほど可愛らしい。


「それじゃ、そろそろ荷物をまとめて出発しようか」


「あぁ、行こう。レンスターへ!」


 俺の言葉に合わせるように幸村が号令を掛ける。彩葉とアスリンも幸村に頷いて準備を始めた。


 この先レンスターへ持ち運べそうなヴァイマル帝国製の文明の産物は、俺が頂いたギターと予備を含めた拳銃が五丁。それに昨日幸村が射撃練習していたライフルが一丁だ。それらの弾薬類は二号に積んであった麻袋や俺と幸村の通学用ショルダーバッグに詰めるだけ詰め込んだ。


 久しぶりに人が住む街へ行けるというのに、俺の気持ちは正直なところ期待よりも不安の方が強い。もちろん、彩葉のこともあるけれどそれだけじゃない。時代背景的に治安の問題や、文化と文明の差に馴染めるかどうか……。


 俺の左隣に立つ彩葉を見ると俺を見つめて微笑んで頷いた。俺との身長差が二十センチメートル以上あるため、俺を見る彼女の視線は自然に上目遣いになる。俺は思わず彩葉の仕草が愛おしく感じ、彼女の頭をポンポンと軽く撫でてから微笑み返した。


「ねぇ、ハル君に彩葉さん? つかぬことをお聞きしますけど。もしかして、ボクの知らない間に、何か二人の関係が進展とか……しているのかな?」


 昨夜伝えられなかったけど、今の行動を見た幸村が俺たちの関係に気づいたようだった。何だか改まって言われると、『抜け駆け』とか言って怒られるのではないかと思ってしまう。彩葉を見ると、彼女はこの際だからしっかり伝えようというように頷いた。数秒の沈黙の後、俺たちは幸村に振り返って経緯を伝える。


「レンスターに到着して落ち着いたら話そうと思っていたんだけどさ。悪い、幸村。さすがに気づく……よな?」


「あぁ、いくら鈍感なボクだって、それだけ普段と違う態度やスキンシップを見せつけられりゃ、さすがに気づくってもんですよ。で、いつからなの?」


 幸村は半分呆れたような不貞腐れたような口調で俺と彩葉を問い詰めてきた。


「アスリンに出会った、その日の夜……からよ。ハルがなかなか寝付けなかったみたいで、見張りをしている私のところへ来てね。色々話しているうちに、その……」


 恥ずかしそうに顔を赤らめながら彩葉も幸村に説明をする。


「彩葉が撃たれた後、ヴリトラと契約した時さ。もう後悔したくないって思ったんだ。それで、俺は自分の気持ちを彩葉に告げた。べ、別にあの夜に告白しようと狙っていたわけじゃないんだけど、流れでそうなったというか……」


 経緯をうまく説明しようとしたけれど、いざとなるとなかなかできないものだ。じっと俺を見つめる幸村の視線に耐えきれず、俺はつい目を逸らす。目を逸らした視線の先に、俺たちの様子を楽しそうに見ていたアスリンと目が合った。普段は子供っぽく見える彼女だけれど、今の彼女の視線は、子供たちを見守る温かな大人の眼差しに感じる。


「何だよ、二人とも。隠さずに言ってくれればボクだってちゃんと祝福するのにさ。水臭いぜ、まったく」


 幸村は俺に近づきながらそう言った。


「報告遅れて悪かったってば」


「ハル、ようやく言えたんだな、おめでとさん」


「あぁ、ありがとな」


 幸村は笑顔で俺に拳を差し出し、俺は幸村とグータッチを交わして幸村に応える。


「彩葉もやっと素直になれたんだね。本当によかったよ、ボクは」


「ありがとう、ユッキー」


 幸村は彩葉とも笑顔でグータッチを交わした。


「この先も全然進展がなければ、ボクがプッシュして二人が結ばれればいいなと思っていたけれど、勝手に結ばれてたらボクの出番がないじゃないか……」


 幸村は俺たちを祝福したかと思うと、そのまま俺たちに背を向けてブツブツと独り言を言いながら荷物を持って歩き始めた。


「私は最初から二人が恋人同士だとばかり思っていたけれど違ったのね。イロハ、よかったね! ハルもおめでとう! イロハのことを大切にしてあげてね」


 アスリンは笑顔で俺たちにそう告げると、一人ですたすたと先を進む幸村を小走りで追いかける。


「待ってよ、ユッキー。ねぇねぇ、ユッキーってもしかしてだけれど、やきもち焼いてるの?」


 アスリンは幸村の横に並ぶと下から覗き込むような体勢で幸村を茶化し始める。


「そ、そんなんじゃないってば! アスリン、からかうのはやめてくれって」


 幸村が不機嫌そうにアスリンに言った。


「でもいいよねぇ、若いって! ね、ユッキー」


「ボクもあの二人と同じ年ですけどっ!」


 幸村とアスリンのやり取りを見て、俺と彩葉は顔を見合わせて思わず笑ってしまう。


 それでも幸村が俺たちのことを素直に祝福してくれたことは嬉しかった。


 本当に最高の親友だよ、お前は。


「ハルー、イロハー。早く行こうーっ!」


 前方でアスリンが振り返って手を振りながら俺たちを呼んでいる。


「何だか置いて行かれちゃいそうだな。俺たちも行こうか」


「うん」


 俺は彩葉に手を差し出してそう言うと、彩葉は俺の手をそっと掴んで笑顔で返事をした。


 海から吹き始めた風によって、辺りを包んでいた霧が流されて徐々に視界が広がってゆく。空にはいつものようにリギルとウルグが姿を現し、明星セレンも南の水平線近くで幻想的に輝いていた。


 俺と彩葉は、気持ちの良い潮風に背中を押され、俺たちの先を歩く二人を追いかけるようにレンスターへ向かって歩き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る