第13話 激戦の荒野

 夢から目覚めた私は、リュックがクッション代わりに頭の下に敷かれた状態で寝かされていた。口の中は血の味でいっぱいだ。制服のブラウスやスカートも血で染まって赤黒くなっているのがわかった。


 私、本当に撃たれたんだ……。この制服もう駄目だなぁ……。


 仰向けの体勢のまま空を見つめると、夕方のようなオレンジ色の陽が二つ輝いていた。


 太陽が……二つある?!


 ここはヴリトラが言っていたように、本当に地球ではなくアルザルという星なのだと実感した。私は右肘を地面について上半身を起こそうとすると陽の光が目に入る。


眩しい……。私は左手をかざして陽射しを遮ろうとすると、夢で見た時と同じように手の甲に鱗があるのがわかった。腰の下あたりの違和感から尻尾があるのもわかる。


 私、本当にドラゴニュートになったんだ……。


 そのままの姿勢で周りを見回すと、膝くらいの高さの草が辺り一面に広がっており、目の前に迷彩色のレトロな車があった。辺りから、乾いた銃声のような音が辺りに響き渡っている。その音がする度にレトロな車の反対側で、金属がぶつかる音がして車体が小刻みに揺れ動く。


 もしかして、もう敵が来ているの?!


 車の下からはガチャガチャと金属が擦れ合う音が聞こえてくる。そこには緊張している様子のユッキーの姿があった。車の前輪に背中を着けて寄り掛かり、息を切らせているハルの姿もあった。二人の様子を見る限り、神社で襲われた時以上の危険が迫っているように直観的に感じた。


 地面に手をついて、一気に起き上がろうとしたところで、私の体があり得ないくらい軽くなっていることに気がついた。


「彩葉っ!」


 ハルが私に気がついて、今にも泣き出しそうな顔で私に近づいてくる。


「ハル? ここは……うわっ!」


 私はいきなり左手をハルに引っ張られて彼に抱き寄せられた。


 ちょっと……、ハル? いきなり……、何を?


 状況が理解できず、とりあえず恥ずかしさで胸がドキドキしてくる。ドラゴニュートになっても、この感情が残っているみたいだ。ただ、今は安堵よりも恥ずかしさが勝り、我に返ってハルから離れた。


「もう! バカ! いきなり何するのよ?!」


「ハル、彩葉が目を覚ましたのか?! ……って、おい!! おまえらイチャつくのは後にしてくれっ!」


 小さな声だけど、ユッキーは明らかに怒った口調で言った。


「あ、ごめん! 俺、彩葉が目を覚ましてくれて嬉しくてつい……。おかえり、彩葉」


 ハルは慌てて私に謝る。


「た、ただいま……」


 とりあえず私も話の流れでそう答えたけれど、今は恥ずかしくてハルを直視できない。銃声音と車に金属がぶつかる音がして再び我に返った。


「まったく! 命のやり取りをしている敵が目の前にいるんだぜ?! 奴らを狙いながら震えているボクがバカみたいじゃないか!」


 ユッキーがガチャガチャ音をさせていたのは、車の下で彼が構えていた銃の音だった。


「敵が……、もうすぐそこまで来ているの?」


「あ……、あぁ。敵の増援がいるんだ。戦車もいたけど俺が雷撃の魔法で破壊した。今は歩兵がこっちに向かって来ている。正確な人数はわからないけど、最低でも五人はいると思う」


 先程から響く銃声と、ガンガンと金属が当たるような鈍い音は、やっぱりこのレトロな車が銃で撃たれていた音なのだとわかった。


 相手の方が多い……。それって凄くマズイ状況じゃない?!


 ハルは魔法使いで敵が近くにいる。ヴリトラの言ってたことは本当だった。ハルは私がドラゴニュートになったことを知っているようで、こんな姿の私を見ても驚いている様子はなかった。


「夢の中でヴリトラに聞かされているから何となく状況はわかっているわ。私もやる! 武器はない?」


「ちょっと、彩葉? 起きたばかりなんだし、本当に危険だから隠れていてくれ!」


 ハルにそう言われたけど、この状況で隠れている訳にはいかないし、隠れられる場所が攻撃されている以上逃げ場なんてない。ヴリトラに言われたように私が二人を守らなくてはダメだ。足元に細身の長剣とライフルがあるのを見つけた。私は迷わず剣を選んだ。


「うん、無茶はしないから大丈夫。二人を守れってヴリトラに言われているの。竜の力の使い方、夢の中でヴリトラに教えてもらったんだ」


 私は全身が硬くなるように念じると、鱗に覆われていない地肌の部分が黒く輝く細かい鱗に覆われた。竜の力を使った私を見たハルは、目を見開いて驚いている様子だ。このことについては知らないらしい。


 硬化を念じた時の感覚は、息を止めているような状態に似ている。だんだん時間が経つに連れて苦しくなる感じだ。私は再び念じて硬化を解く。硬化を解くと、念じた時に覆われた細かい鱗が消えて再び元の肌に戻った。それと共に息苦しさのようなものが解消される。


 なるほど、この使い方はわかった。


「大丈夫、ハル。この黒鋼の鱗は、ヴリトラが言うにはどんな攻撃も弾くらしいの」


 驚くハルに私が竜の力を伝えたその時、ユッキーがレトロな車の下から銃を撃ち始めた。ガガガガガガッと連射されるような音は、私が撃たれた時の機関銃の音と同じだ。


「うぉぉぉっ!」


 ユッキーはさらに叫びながら銃を連射する。二十秒くらい撃ち続けたところでユッキーの声と機関銃の音が止まった。車の向こうから敵の悲鳴が聞こえ、敵が撃っていた銃弾も一旦止まった。まだ遠くから敵の声が聞こえて来るので、全ての敵を倒せたわけではないみたいだ。


『下だ! 下にいるぞ!』


 敵の声を集中して聴いていると、彼らが話す言葉自体はわからないけれど、言っていることの意味が理解できた。


 竜は言葉を持たないため、念じて意思を伝えると言っていたけれど、逆に念じれば言葉を聞くこともできるということなのだろうか。


 車の下にいたユッキーは、体をガタガタと震わせて汗びっしょりだ。顔色が真っ青でハァハァと大きく肩で息をしている。


「幸村、助かった! 反撃が来るかもしれないから早く車の下から出てこっちへ来い!」


 ハルもライフルを手にとってユッキーに伝える。ユッキーはまだ震えていて動けない。あの表情がきっと怖がっている……のだと思う。恐怖がないという竜の心になった私でも、ユッキーを見て何となく人の恐怖を感じた時の表情が理解できた。


「ユッキー、敵が車の下にいるって騒いでる。気付かれているから早くっ!」


 私もユッキーに伝えようとしたけれど、彼は我を見失っていて聞こえていないようだった。


 ダメだ、このままじゃユッキーが危ない!


「彩葉、あいつらの言葉わかるのか?!」


 ハルが私に驚いて尋ねる。


「言葉はわからないんだけど……後で説明するね! 私がユッキーを援護する!」


 私が言い終わらないうちに敵の攻撃が再開された。敵はユッキーに気付いているため、銃弾は車の下を目掛けて飛んで来るようになった。プスプスと地面に弾丸が刺さる音がする。


 私は手に取った剣を抜刀して車の陰から飛び出し、硬化を念じて草むらに伏せている敵を探しながら前に出る。手はガタガタと震えているのにとても楽しい気持ちに似た感情が湧いてくる。


「おい、彩葉! もう絶対死ぬなよっ!」


 飛び出した私にもう死ぬなとハルが言った。普通じゃありえない表現に、こんな状況なのに不謹慎にもおかしな気分になる。


 私がハルに振り向いて返事をしようとした時、敵兵の一人が草むらから立ち上がって私に銃を向けて構えた。私が兵士に向き直るより早く、ハルが車の陰から私を狙う兵士に稲妻を撃ち込んだ。ハルの魔法が炸裂した兵士は、悲鳴を上げて倒れると痙攣して動かなくなった。


 私を助けてくれた?凄い! 今のは本当に魔法だ……!


「ハル、ありがとう!」


 ハルは右手を上げて私に応えるけれど、魔法を使うと凄く疲れるのか、彼の顔色がとても悪い。しかし、彼を心配をする間もなく銃声音が響いて銃弾が私の耳元をかすめる。体がゾクゾクし、手が震えてくる。その反面、凄い勢いで気分が高揚してくるのがわかり思わず笑みがこぼれた。


 残る敵兵が私の声に反応して、死角から私を狙ったようだ。聞こえてくる銃の音は一つだけではない。敵はまだ二人は残っている感じだ。私は硬化を念じたまま、銃の発砲時の閃光を頼りに敵兵を探した。


 いた!


 私は草むらでうつ伏せになって、ユッキーが隠れている車の方へ発砲している兵士を見つけた。私は兵士を目掛けて突き進む。私の体は軽くなっただけではなく、走る速度や跳躍力、それにバランス感覚などの身体能力が、今までと比べて圧倒的に上昇しているのがわかった。


 敵兵が私の気配に気づいたのか、顔を上げてこちらを見た。そして私を見るなり大きな声で叫んだ。


『一人はドラゴニュートだ! 気をつけろ!』


 この人たちはドラゴニュートの存在を知っている?!


 兵士はライフルを私に向けて、間髪いれずに発砲した。弾丸は私の首筋に当たったけれど、カキーンという銃弾が金属に当たって弾かれる音が辺りに響きわたった。私の鱗はヴリトラが言うように弾丸を弾くことができた。しかし、拳で突かれるくらいの衝撃が伴った。ワクワクしている時のような胸の高鳴りが更に湧きあがる。


「彩葉?!」


 ハルが心配して私に向かって叫ぶ。


「大丈夫! こんなの全然効かないんだからっ!」


 疲れているハルが狙われたら危ない。私も敵兵から目を逸らさず、ハルに負けない大声で返事をして敵の注意を自らに向けた。敵兵は、銃弾が直撃したのに少しよろける程度の私を見て、口を開けたまま驚きを隠せていない。私はさらに兵士に近づいて間を詰める。


 近づく私を見て我に返った敵兵は、慌てながら弾を詰め替えて次弾を至近距離から発砲した。弾丸は私の鳩尾に当たったけど、ブラウスに穴が開く程度でそれも弾き返した。兵士は情けない顔つきで叫びながらその場に立ちあがり、ライフルの先端に付けられた銃剣を振り上げて私を斬りかかってきた。


「うわぁぁぁぁっ!」


 叫びながら振るってくる敵兵の銃剣を剣で受け流し、私はそのまま敵兵の胴体を左側から斬りつけた。途中で骨が砕けるような鈍い音と共に、兵士の体は鮮血を飛ばしながら真っ二つになって地面に転がり落ちた。


 この剣、すごい斬れ味……。それとも、これも竜の力なのかな……?!


 大量の返り血を浴びて体がベタベタになった。血液と臓器の匂いだろうか。とても嫌な臭いで吐き気を伴った。ホラーとかグロテスクなものが苦手な私は、普通だったら逃げ出してしまうような光景のはずだ。


 臓器がむき出しになった死体を見ても、私の心はライブが大成功した時のような、充実した感覚で満たされている。何これ、意味わからない……。これが竜の心?! 気持ち悪い……。


 少し息苦しくなったので、私は硬化を一旦解除した。足元には、私が殺めた敵兵の他に、頭や首筋に銃弾を浴びて倒れている兵士が三人いた。先ほどユッキーの撃った弾丸が当たったのだと思う。私は再び硬化を念じて残りの敵兵を探す。


 すると前方の草むらから一人の兵士が飛び出して私に向けて発砲する。ユッキーが撃った機関銃と同じタイプの連射式だ。私の体に何発も銃弾が当たったけれど、それらをすべて弾き返した。しかし、ライフルより威力があったせいか、棒で殴られるような打撃的な痛みを伴った。


 私はバランスを崩しかけたけれど、すぐに敵兵に向き直って全力で突き進んだ。


「さすがにちょっと……痛いよ……」


 私は兵士に向かって言った。兵士は機関銃を分解して弾丸を詰め直そうとしていた。しかし、私が凄い勢いで近づいたためか、弾を詰めるのを諦めて機関銃を放り投げ、大型のナイフを腰から抜いた。


『こいつ、バケモノかっ!?』


 敵兵はそのナイフで私に斬りかかってくる。しかし、腰が引けている兵士は私の敵ではなかった。目の前にいる敵が最後の一人だと何となくわかった。竜の力で五感以外の第六感も敏感になっているのかもしれない。


『バケモノめ! バケモノめ! バケモノめ!』


 連続でブンブンとナイフを振りかざす敵兵の右腕を斬り落とし、彼が悲鳴を上げる前に、私はそのまま喉元に剣を突き刺した。最後の敵兵は、ゴフっと血を吐き出しその場に崩れ落ちて動かなくなった。


 戦いは私たちの勝利で終わった。


 殺意が溢れ、銃声が響き渡っていた激戦の荒野は、今は傾いた夕陽に照らされて風の音だけが聞こえている。


 敵の気配がなくなったので、私は再び硬化を解いた。戦いの中で硬化の力は長くても一分程度しか継続できないことがわかった。それに、ヴリトラは攻撃を弾くと言っていたけれど、痛みは伴うようで、竜の力も完璧というわけではないらしい。


 倒れている兵士たちの死体を横目に、私はハルとユッキーのいる車の方へと戻った。私は殺めた二人の最後の表情を思い出し、悲しみからか涙が溢れて止まらなくなった。体もガクガクと震えている。悲しいと同時に楽しさに似た感情が入り混じる。人を殺めたからなのかな……、本当に気持ち悪い……。


 ユッキーも無事だったようで、車の脇でうずくまって震えていた。彼もまた泣いているようだ。


「ハル、ユッキー……。無事で良かった。怪我はない?」


「一番辛い彩葉に心配されてるんじゃ、ボクはもっとしっかりしないと駄目だな……。ボクは大丈夫だよ、彩葉。おかえり」


 ユッキーは落ち着きを取り戻したのかやっと笑ってくれた。


「彩葉……」


 ハルが泣きながら歩く私に歩み寄ってくる。気が張っていたせいか気付かなかったけれど、よく見るとハルは左肩に怪我をしているようだ。


「ハル、怪我は大丈夫?」


「あぁ、大丈夫。かすり傷さ。それより、彩葉まで戦いに巻き込んじゃってごめん」


 ハルは私に微笑んで答えてくれた。


「謝らないで、ハル。私、ハルやユッキーだけに手を汚させたりしない。私も私たちをこんな目に遭わせたこの人たちが憎いから」


「本当に……。ごめん……」


「何でハルが謝るの? ハルやユッキーに、もしものことがあったら、私はそれこそ後悔するから……。こうしてまた会うことができたのに……。また、お別れするなんて嫌だから!」


 ハルは黙って優しく私を抱きしめてくれた。汗の匂いと血の匂い、それにちょっと男の匂いも加わっているけれど、彼の胸元は居心地が良かった。凄く懐かしくて温かい。私もハルの背中に腕を回して力強く抱きしめた。私は感情を抑えきれず、涙が止まらなくなった。


 再会できた喜びと、人を殺めた悲しみと、三人のこれからの人生と、私自身の運命に、私はハルの懐で彼の温かさに触れながら思い切り泣いた。

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