*回想‐雨音と参斗

「くーちゃん」

「何?」

 相変わらず彼の言葉には温度がない。俺以外の人間を相手にしている時と違いすぎるこの態度は、はた目から見たら俺が嫌われているように見えるのかもしれない。だけど、それは違う。彼自身も言う通り、本来の玖遠は、妹の神流と相対している時以外にこれといった感情が発生しない。それは彼の今までの人生に由来しているのかもしれないし、生まれつきの性質なのかもしれない。本人さえ分からないのだから、たかだか十年程度の付き合いの自分が分かるはずがなかった。

 しかし、いくつか分かることもある。彼が今、とてもリラックスしているということ。生まれない感情を無理に引きずり出して、優等生を演じなくても済むこの時間を、彼は少なからず好いている。そして、俺自身のことも、妹程ではないにしろ、好いている。

「雨、止まないねえ」

「ああ。……参斗、傘は持っているか」

「忘れちゃった」

「そうだろうね。生徒会室に、一本置き傘がある」

 一本しかないから持つのは君だ、と玖遠は小さく付け足した。そういえば前、傘を持つのは嫌いだと言っていた。彼の表情には、相変わらず変化がない。だけど、きっと彼を知らない他人には感じ取れない程度の、声色に乗った微妙な温度は、俺の心に残り続ける。


 ――玖遠。君は、君が思っているよりは、温かい人間なんだと思うよ。少なくとも、俺に対しては。


 止まない雨音を聞きながら、二人きりの教室で、玖遠は静かに本を読む。俺はそんな雨の日が、大好きだった。

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