蛇足の第6話  月下の会合

蛇足の第6話  月下の会合



邪魔にならない程度の雲と、大きな月が見える。

多分今夜は満月なんだろう。

時々吹く風も穏やかで、それが優しくオレの素肌を撫でいていく。

そんな中、原っぱの地面にテーブルクロスだけを敷いて、催されたお茶会。

座り心地はイマイチだが、中々悪くないシチュエーションだ。


こいつらさえ居なけりゃな。



「いやぁ兄さんも人が悪い! あの高名な魔人王だったなら、早く言ってくださいよぉー!」



目の前の骨がキシキシと音を立てた。

さらには両目の穴にある赤い光も、揺れに合わせて点滅した。

どうやら笑っている……らしい。

表情筋がないもんで、感情が今ひとつ読み取りにくかった。



「お茶をどうぞ」

「ああ、こりゃどうも。ベッピンさんのお茶なんて贅沢ですなぁー」



イリアが主要人物の前に紅茶を用意した。

それを軽い動きで、スケルトンロードがグイッと呷る。

まだハッキリと湯気が見えるお茶は、流し込んだ口から背骨を伝わり、骨盤の辺りから地面に滴っていく。

そりゃそうなるよな、骨しかねえんだから。



「ふぃ〜。なんとも風流かつ贅沢! きっとお茶が良いんでしょうなぁ」

「そうか。世辞(せじ)なら別に要らないぞ」

「いやいや、とんでもない! もうほんと、五臓六腑に染み渡りましたわ!」

「親分、ウチらにゃもう内臓はありゃしませんぜ」

「おっといけねえ! うっかりしてたぜ!」



ーードヒャヒャヒャヒャッ!


一斉に何百もの笑い声があがった。

なんだ今のは、スケルトンジョークとでも言えばいいのか?

延々笑い続けやがって、本当に陽気な連中だな!


そんな事よりも、こいつらには聞かなきゃならん事がある。

笑い声を遮るようにしてスケルトンロードに話しかけた。



「さて、そろそろ本題に入らせてくれ。お前たちがやってきた理由は何だ?」

「もちろんお話させていただきやす。うちらはそこの森に暮らしている、名も無きスケルトン軍団でして……」

「それくらい見りゃ解るし、ある程度の情報は知ってる。端的に言え」

「へえすんません。何でもそこのキラッキラの街の領主様、まぁあなた様ですがね。エライ強いお方だっつうじゃないですか。だもんで、遅ればせながらこうしてご挨拶にと」

「じゃあ何か、侵略や要求に来たんじゃないって事か?」

「ああ、勘弁してくだせえ。うちらは清く正しき骸骨ですぜ。絶対者である魔人王様に刃向かおうだなんて突飛な発想、誰も持っちゃあおりませんって」



恐縮したようにスケルトンロードが言葉を連ねた。

その様子とは裏腹に、茶菓子のクッキーを口へと運んでいっている。

言動が一致しないのは緊張してるのか、それともオレをバカにしてるのか、今ひとつ読みきれない。


ちなみにクッキーだが、やはり骸骨は消化吸収が出来ないらしい。

粉々に砕かれた細かい破片が地面に散っただけだった。



「リョーガ、どう思う?」

「掴み所が無いですが、あまり害意を感じません。ひとまずは受け入れてみませんか?」

「うーん。まぁいっか。草原でテリトリーを隔ててるし。今の所は問題ないか」

「いやぁ、気味の悪いあっしらを受け入れていただけるなんて、もう感激ですわ! こんなどこの馬の骨とも分からん連中を……」

「親分、人骨! うちらは人骨ですって」

「あらぁーそうだったーッ!」


ーードヒャヒャヒャ!


またかよ。

このスケルトンジョークに、オレたちはどうにも付いていけてない。

リョーガも苦笑いを浮かべるがやっとだ。



「では……そろそろ自己紹介をさせていただきやす。うちらは遥か昔の大戦で散った、人間や魔人のなれの果て。てめぇの名前も親の顔も思い出せない程に、浮き世をさ迷い続けておりやす」

「つまりは名前がねぇってのか。不便だな。そのうち適当に呼ぶから、察っしろ」

「承知! どうぞお好きなようにお呼びくだせぇ!」



スケルトンロードが頭を下げると、ほんのひと時ばかり無言になった。

この流れではオレらも名乗るべきだろうな。

面倒だが、一人一人丁寧に紹介してやることにした。



「オレはアシュレリタの王様やってる、タクミだ。こっちの熊みてぇなのは何でも屋のリョーガ。さっきのメイドはイリアだ」

「どうも。よろしくお願いしますね」

「以後、お見知りおきを!」

「そんで……あっちで倒れてんのが、レイラだ」

「おおぉッ!」



突然周りの骨たちが、カタカタとどよめく。

紹介されたレイラはというと、今もなお絶賛気絶中だ。

倒れた拍子かは知らんが、スカートが捲れ上がり、パンツがモロ出しになっていだ。


それを見た骨どもは口々に感嘆の声をもらしていく。

そんな姿になっても性欲があんのかよ、おっかねぇ。



「あぁ、たまんねぇな。血が滾(たぎ)るようだぁ……」



そのうわ言を聞いて『お前、血が無いじゃん』と言いかけてしまった。

早くもスケルトンジョークに染まり出したかもしれない。

些細な事だとは思うが、それは負けたような気がして嫌だった。

だから口を挟まずにいた。



「すんげぇ美少女じゃねえですか! 1度くらいあんな娘と肌を重ねてみてぇですよ」



『皮膚無いけどな』って言いたい。

思いっきりツッコミいれたい!

そんな衝動に襲われるが、ここは我慢だ。

あとで後悔をしない為にも。


だがオレの善戦もここまでだった。

このささやかな抵抗も、とうとう終わりを告げたのだ。



「乙女の柔肌を拝めるたぁ……勿体ねぇ。良い冥土の土産になりますわ」

「冥土の土産って、里帰り用か?」



ついに耐えきれなくなって、一言だけ漏れた。

だが小声だ。

きっと聞こえてないはず……。


ーーグリン!


そんな事なかった!

一斉にドクロがオレの方へ向いた。

何百もの赤い光が集まる。

そして……。



「ブッヒャッヒャ、大親分さすがっス! 仰るとおりッスわー!」

「間も完璧だし、変に小声だし! マジ面白ぇッスよぉ!」

「タクミ様、勘弁してくだせぇ! 肋骨が、肋骨がいてぇーー!」



ーーゲラゲラゲラ!


何がそんなに面白いのか知らんが、これまでて一番大きな笑いだった。


まったく、随分と生き生きした死人だな!

せめて近所迷惑にならない程度に、大人しく死んでろっつうの。

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