第14話  商人の手癖

ロックレアを抜け出したオレたちは、人目を忍ぶように森の中を進んだ。

単純に食材が見つかりやすいって理由もあるが、追っ手を警戒してのことだった。

撃退するのは訳無いのだが、面倒ごとの最小値を選択したかった。

その道中で「第2回 レイラさんの扱いナンタラ討論会」が催されたが、クソどうでもいいな。



そんな旅を3日も続けると次の街のエリアに差し掛かった。

コモゾークと呼ばれる地方都市で、グレンシル地方に最も近い場所だそうだ。

もうしばらく進むと目的地に辿り着くわけだ。

人間の手で廃墟にされてしまった故郷をアイリスに見せて良いものかどうか、少し悩ましい。

かといって人間の世界で生きる場所なんかないしな、お尋ね者になっただろうオレも、魔人のアイリスも。


ちなみに女神からはあの日以来音信不通だった。

散々に煽ってみたのだが、まさに音沙汰なしだ。

「母さんも心配している、連絡くらい寄越しなさい」と情に訴えてもみたが、ダメだった。

あの女神が何を考えてるか気になるが、こうなっては知る術もない。

考えないようにするしかなかった。



森を進んでいると、街道に近づいたのか周囲が開けてきた。

道に目をやりながらレイラが言った。



「このまま森を進むと山道なっちゃうから、街道を進んで山を迂回しましょう」

「確かに向こうに大きめの山が見えるな。登山は厳しいか?」

「聞いた話になっちゃうけど、道は険しく敵性生物も多いらしいわ」

「あ、それめんどい。街道を進むか」



労力の最低値を手早く比較した結果、森から出ることにした。

左右に木々の茂っている下り坂の道を進む。

こちらが高台になっているのか、遠くにコモゾークらしき街が霞んで見えた。

あの街も入らないほうが安全なんだろうな、追っ手がいないとも限らない。



「タクミ様、気をつけて下さい。どこかで戦闘が起きているようです」

「そうか、近いのか?」

「たぶんですが、この道を進んだ先だと思います」



アイリスは目と耳がオレたちよりも優れている。

道理で狩りが図抜けて上手いはずだ。

オレも真似して動物を狩ってみたが、なかなか獲物を見つける事ができなかったもんだ。


しばらく歩いていると、荷馬車を囲んでいる集団に出くわした。

どうやらその集団は賊徒か何かで、荷馬車は商人のものだろう。

賊徒はおよそ30人くらいで、商人側は護衛らしき5人が居て必死の防戦をしていた。

あの様子では荷物を奪われるのも時間の問題だろうな。



「タクミ、大変よ! 人が襲われてる」

「ふーん、そう」

「え、助けないの?」

「なんで助けなきゃいけないの?」

「……可哀想じゃないの?」

「なんとも思わないの」

「あぁ、そうだったわね。アンタってそういうヤツだったわ」



そう、オレは面倒が大嫌い。

困ってる人がいても平気で見捨てちゃう。

オレが手を出さなくても、どっかのヒーロー気質なヤツが助けるっしょ、へーきへーき。


ちょっと通りますよーってノリで脇をすり抜けようとしたが、数人が目の前を塞いだ。

なんだお前ら、そこ邪魔なんですけど。

そいつらの右側も左側にも避けようとしたが、その度に剣先を突きつけて阻もうとする。

あーー、これは介入させられる流れだ。



「てめぇ、随分良い女を連れてると思ったら魔人のガキまで連れてるじゃねえか! 黙ってソイツらを置いていけ、死にたくなけりゃな!」

「ね、ね、タクミ! 良い女だってイイオンナ!」

「黙ってろウザ女。本当に良い女はちょっと褒められたくらいじゃ喜ばねえよ」

「賊徒ごときに褒められて喜ぶなんて有りえないわね。良識を疑うわ」



オレはお前の良識を疑いたいよ、レイラ。

その風切り音がしそうな程の手のひら返しはなんなんだ。



「なめやがって……オレたちは天下無敵のギゾク、最強無敵団だ! 甘く見た事を後悔させてやるからな」

「すごい組織名ですね。高い高熱みたいな」

「つうか義賊の意味知らないだろ。義賊先輩が聞いたらブチキレるぞ」

「ねぇ、コイツらやっちゃうんでしょ? 私にやらせてよ」



おいレイラ、怖い事サラッと言うなよ、アマゾネスかお前は。

冗談を言ったわけじゃないらしく、魔法の詠唱に入っている。

もう問答無用ってやつだ。



「後悔しても遅いからね! フリーズキャスケット!」



レイラが魔法を唱えると、目の前にいた男たちの足元が凍りついた。

四角い箱型の氷塊で両足を固められ、バランスを崩した男たちがその場に倒れた。

荷馬車を囲んでいた連中にも魔法をかけて、大半が同じ様に転がった。

難を逃れた数人も、商人の護衛に斬られている。



「さぁ、降参する? そのままで居ると足が腐って使い物にならなくなるわよ! 降参して武装解除するなら解いてあげるわ」

「なんというか、えげつないですね」

「お前初の魔法戦なら、ズバーッ バリバリーってやれよ」

「あれ、大不評?!」



それから間もなく連中は投降し、魔法を解く代わりに両手足を縛り付けた。

組織名も『微笑みのホワホワ団』に変えさせた。

これで言葉の重複をバカにされることはない、良かったな。


そうしているうちに、護衛に守られる様にして雇い主らしき人間が近寄ってきた。

金色でツヤのある長い金髪の、眼鏡をつけた細身のワンピースを身に纏った女。

歳もオレより多少上なくらいか、20代前半くらいだろう。

商人というよりは、事務方やマネージャーといった印象を受ける。



「もうダメかと思いましたが、助かりました! 私はこの辺りで行商をしているシスティアと申します」

「気にすんな、降りかかった火の粉を払っただけだ」

「それにしてもお強いですね。あの人数を全く歯牙にかけてませんでした」

「あー、たまたまだ。幸運が重なっただけだ」

「フムフム、異様な強さ。フム、お世辞に対しては気を良くしない、フムフム」



システィアと名乗った商人は、ピントの合ってない目線を宙空に漂わせながら独り言を言い始めた。

右手は2本指、5本指、3本指と目まぐるしく形を変えている。

計算をしているのか、それとも記憶術か何かだろうか。

会話中にやられるとうっとおしいな。



「しかも魔人のお嬢さんをお連れですね、コモゾーク周辺に居るなんて聞いたことありませんが」

「おい、あまり詮索をするな。敵対でもしたいのか?」

「とんでもない! 私は根っからの商売人でして、商機に敏感なだけですよ」

「オレたちの邪魔だけはするなよ、今後縁があるかは知らんがな」

「私としては護衛などをお願いしたいんですが、どうでしょう? 今なら恋人枠だって空いてますよ?」

「めんどい、だるい、興味ない」



オレの返答を聞いて、また独り言を呟き始めた。

無関心タイプ、割と冷血、色仕掛けは効かない、とか言ってるようだ。

その癖が商機を遠ざけてるぞ。

教えないけどな。


何かお礼を、と言うので食料を分けてもらった。

その申し出をした時もブツブツ言ってた。

オレはつっこまんからな。



「名残惜しいですが本日はこの辺で。コモゾークのシスティアをお忘れなく!」

「あいよ。覚えておいてやるよ、忘れるまではな」



別れの言葉を背中で聞き流してその場を離れた。

無駄な時間を食ったが、食料が手に入ったのはラッキーだったな。

レイラの喜びようが異様だが、それはシレッとスルー。


それからコモゾークの街は通過して、グレンシルへの道を進んだ。

その時オレたちは新たな出会いをする事となった。


新たに送られてきた転生者と。

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