こ、ちょう、らん

梓珠悠茉

美果.1

 セミの鳴き声で目が覚めた。

 今日も一日が始まると思うとほっとする。

 窓の外には大きな木がある。

 毎年、数週間と短い命を次の世代へ繋ぐために一生懸命に生きている。

 時々羨ましい時もある。

 私もセミみたいに、一生懸命に生きれたらな。


 小さい頃から病弱で。

 入院して元気になったら退院して、検査で引っかかったり、体調が悪くなるとまた入院。

 それを何回も繰り返して、まともに学校には行けず。

 だから友達もほとんどいない。

 今、交流があるのは近所に住んでる幼馴染みのさっちゃんぐらいだ。

 病院という小さな世界で、明日の朝にはもしかしたら目が覚めないかもしれない、そんな不安を抱きながら毎日生活するのももう慣れた。


 今日は調子がいいから散歩にでも行こう。

 病院にある中庭だけど。

 さっちゃんから貰った蝶がモチーフのかんざしで腰まで伸びた髪を結わえる。

 小さな頃にこの簪を付けてお祭りに行こうとさっちゃんと約束したけど、私が体調を崩してしまって結局行けなかった。


 久しぶりの外は、太陽な照りつけてきて、額から汗が垂れてきた。

 このままではもたないなと思って、木陰にあったベンチに腰を下ろそうとした時、涼しい 風が吹き抜けた。

 病室にいるとエアコンが効いて涼しいけど、自然の涼しさには勝てないと思う。

 そうすると今度は強い風か吹いた。

 多分普通の人はこれぐらい何ともないかもしれないけど、私はよろめいてしまった。

 カラッと音がして簪が地面に落ちた。

 今日は結うのが少し弱かったのか、風が吹いた時に解けてしまったらしい。

 簪を拾って、付け直そうと立ち上がった時、立ちくらみがした。

 地面に座り込むわけではなく、上手くベンチに座れた。

 少し無理をしてしまったかもしれない。

 病室に戻ろうかと思ったけど、今はもう少し このまま座っていたい。

 優しい風が頬を撫でた。

「大丈夫ですか? 」

 声がした方を見ると同じ歳ぐらいの男の子がいた。

 他の人に言っているのかなと思ったけど、真っ直ぐ私の目を見ているから私に言ったんだろう。

 病院に入ってから家族やさっちゃん、先生方以外の人と話したのは何年ぶりだろうか。

 ましてや、男の子に話しかけられるなんて。

 病室は個室だし、話すと言ってもお父さんか先生ぐらいしか話していない。

「先生か看護師さん連れてきますか?」

 私が反応しなかったからか、男の子の顔には焦りがにじみ出ていた。

「あっ、大丈夫です」

 なんとかそう返すと、男の子はほっとしたようだった。

「さっきふらついていたから、体調悪いのかと思いました」

「今日久しぶりに外に出て、少し疲れてしまったみたいで」

「そうなんですね。無理はしないでください」

「ありがとうございます」

 それから男の子と、少し話した。

 久しぶり人と喋ったと思えないほど自然と会話できた。

 男の子の雰囲気が優しいからだと思う。

「そろそろ病室に戻りますね」

「はい。付いていきましょうか? 」

「大丈夫です。ありがとうございます」

「そうですか。じゃあ、また今度」

 そう言って男の子は歩いて行った。

“また今度”、確かに男の子は最後に言った。

 誰かにまた今度って言われるのも久しぶりだ。

 小さい頃は、また今度って言ってもすぐ体調を崩してしまうから、段々誰にも言われなくなっていった。

 また今度って言われるのが嬉しいけど、そのまた今度が来ないから嫌でもあった。

 でも今は、嬉しい気持ちでいっぱいだ。

 また会えるといいな、そう思っていると病室に帰る足取りが軽くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る