漂流者だが、ここでの暮らしも悪くない
おもちさん
漂流1日目
この世に生を受け、流山タイキという名前を与えられてからの25年間、オレは平凡に生きてきた。
周りからは「タイキなのに大器じゃない」とからかわれたが、正にその通りだった。
偏差値50そこそこの高校を出て、大学は勉学よりもサークルや麻雀に明け暮れた。
就職先も滑り込みでようやく一社決まり、社会人三年目を迎えている。
今現在はというと、平凡な暮らしよりもいくらか低めの生活だろう。
それは勤め先が暗黒企業だからだ。
うちの会社は成果主義を謳っている。
だが肝心の評価システムが腐りきっている上に、成果主義特有のギスギス感だけがフルパワーで活躍しているという有り様だ。
本当に優秀で利益を生み出している人間は評価されず、世渡りの上手い人間が甘い汁を啜っていた。
「手柄は上司のお陰、失敗は部下の責任」というクソのような企業体質が環境悪化に拍車をかけている。
真面目で優秀な人間ほど早く退職し、自信の無いものやゴマスリ連中だけが残されていった。
それが作業の負担増につながり、結局離職者が増えるという悪循環。
半壊しかけたうちの部署は、断末魔の叫びをあげながら業務を遂行していた。
そして今、また一本のか細い屋台骨が、ポッキリと折れようとしていた。
「仕事なめてんのかテメエは! そんな日程でモノが届く分けねぇだろ! 脳みそ詰まってんのか!?」
オレはいつものように課長に怒鳴られていた。
これは愛のある怒声だからパワハラではないらしい。
「てめぇのせいで納期狂いまくりなんだよ、カレンダー読めるか? 小学生でもわかってることだぞ?」
「私は受注前に確認しました! 翌月に回そうとしたところ課長に今月組み込むように命令されたんです」
「オレがそんなトチ狂ったこと言うかよ。自分は悪くないって言いてえのか? そんな無責任なやつは要らねえ! 辞めちまえ!」
毎日こんな調子なので、指示や変更がある度にキチンとメモを取っていた。
それには、オレが口答えした内容そのままが書かれている。
こいつは忘れているのか、それともミスを擦り付けようとしているのか。
どちらにせよ、オレにとってはロクな事にならない。
「もうお前には頼まない。表でビラでも配ってこい。あとお前の席の私物も片付けておけよ」
暗にクビの宣告を受けてしまった。
ひとしきり怒鳴られたあと、席に着こうとしたらまた怒鳴られた。
比喩じゃなくて本当にビラ配りに出されるらしい。
同僚の冷ややかな目線に堪えながら大通りへと向かった。
「お願いしまーす! お願いしまーす!」
街を歩く人々はビラなど簡単には受け取ってくれない。
それくらいならまだ良いほうで、手を払われたり、わざとぶつかられる事もしばしばだ。
ーー人はなんのために生まれて来るんだろう。
そんな自問を繰り返しながら、終わりの無い業務に就いていた。
「よーし、今日は裏手の森をボーケンするぞー!」
「タイちゃん早いって、待ってよー!」
近所の小学生だろうか。
あっちのタイちゃんは楽しそうだ。
こっちのタイちゃんはというと、人生の荒波に揉まれている所だ。
暗黒組織の末端として。
そして近々、その肩書きすら喪いそうである。
ーーもういいんじゃないか?
心の声だ。
いいんじゃないって何がだろう。
ーーそんな真面目にやらんでも、もうおしまいなんだから好きにやれよ。
おしまいって、オレの人生の事か。
だからいっそ好きにしろって?
そんな勝手なことが、社会人に許されるはずが……。
ーー許す。
許されたぞオラァー!
ふざっけんなクソどもがぁー!
やってられっか、くたばれ!
オレは翼が生えたような猛ダッシュでデスクに戻り、バッグだけとって逃げた。
フロア中がザワついてたみたいだが知らん。
なんせオレはもう戻らないからな。
日本にはな!
勢いで南国へ行くことにした。
飛行機ではなく、のんびりとした船旅で。
薄給ながらも金を使う時間がなかったので、それなりに貯金できていた。
とりあえずこの金で食っていこう。
物価の安い地域へ行けばなんとかなるかもしれない。
それにオレはこの3年近くの間、散々苦労をさせられたんだ。
神様はきっと幸運をもたらしてくれるに違いない。
この時のオレは知らなかった。
神様ってのは根性が捻くれまくって、腸捻転まで患っているだろう事を。
出航してからわずか3日で、客船は大破し大海原に飲み込まれた。
そこからオレの漂流生活は始まるのだった。
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