座席道はゆずれない

非常口

プロローグ

第1話 これが座席道

 ほどよく混み合った、朝の通学電車。

 俺の隣には、同じクラスの愛菜あいなが立っていた。

 愛菜は校内で1、2を争う美少女だったりするのだが、


 そんな彼女を、俺は観察するようにジッとながめていた。


 長く綺麗な髪、

 物静かで大人びた雰囲気の表情、

 年齢の割に大きな胸……。


「あの……、優樹ゆうき、あまりジロジロ見ないでください。その……恥ずかしいです」


「え……? い、いや、仕方ないだろ! どうしても必要なことなんだし……」


 余計に意識してしまい、俺たちは互いに照れてしまった。

 何かまわりの乗客が、ほほえましそうに俺たちを見てるし。

 ううっ、すごく恥ずかしいな……。


 これが俺――渋谷しぶや優樹と秋葉原あきはばら愛菜の、いつもの通学風景だ。

 きっと通学デートの途中なんだろうって、まわりの人たちは思ってそうだけど。

 たまに俺自身もそうだったらいいなって思っちゃうけど。

 でも違う。これは部活の朝練なんだ。


 俺は改めて周囲を見た。

 座席はすべて埋まっていて、立っている人がまばらにいる程度の混み具合。

 俺たち2人は7人がけロングシートの座席の前に、つり革を握って立っていた。


 電車は次の停車駅へと近づいていく。

 俺はあることを察知し、小声で愛菜に話しかける。


「愛菜、来るぞ」


「ええ」


 俺も愛菜も、サッと真剣な顔つきに変わった。

 電車が減速を始めると、座っていたうちの1人が立ち上がった。

 目の前の座席が、空く。


 俺たちの部活――座席道の開始の合図だ。

 先に動いたのは愛菜だった。


「【不可視擬な霧ミスティックミスト・改】!」


 愛菜が技の名前をひそひそ声で叫ぶ。大声で叫べたら大技って感じでカッコいいのだが、これはちょっと情けない。でも大きな声は他の乗客に迷惑になるので仕方がかったりする。車内マナーを守って戦うのが、座席道のたしなみなのだ。


 技の開始と同時に、愛菜の姿がその場から消え去る。


 ――まさか新技か!? 俺は顔には出さないものの、驚愕していた。


 ただの【不可視擬な霧ミスティックミスト】なら知っている。その名の通り、霧に紛れているかのように敵の視界から姿を消して、いつの間にか席についているという技だ。今までに何度も苦しめられてきた。


 だが――愛菜は今【改】と言った。


不可視擬な霧ミスティックミスト】に【改】があるなんて初耳だ。

 いったい、どんな技なのだろうか。


 空席を狙うルートは2つ。立ち上がった人の右側からか、左側からだ。

 今回の空席の位置から考えれば、今までの【不可視擬な霧ミスティックミスト】であれば右から来るはず。

 

 そして、愛菜の姿が消えた。

 姿の消し方はいつもと一緒だった。もしかして、名前をちょっと変えて新技だと思わせて、裏をかこうとしているのではないだろうか。俺は一瞬そんなことを考えたが、すぐにそれはないと判断した。


 俺の知っている愛菜は、そんな芸当ができるほど器用じゃない。

 絶対に新技で来る。


「【道化師の眼ジョーカーズアイ】!」


 俺は自分の技の名を叫んだ。……とはいえ、これも小声でだが。

 この技は、今までの相手の動き、勝負の流れなど、この【眼】で見たものを詳細に分析することができる。

 その上で俺は愛菜がこの先どのように動くつもりなのかを予測する。

 先ほど愛菜をジッと見ていたのは、このための材料を集めていたからだった。


 ――見えた! 何だこれ、すげえ技じゃねえか!


 愛菜が通る道筋を知った俺は感心しながらも、その方向にシールドを張る。

 シールドとは相手の進行方向に立って、体でさえぎるテクニックだ。

 愛菜の新技が、これでふせげるとは思わなかった。

 でも俺は、ここで負けるわけにはいかない。


 たとえ座席はゆずっても、座席道だけはゆずれないんだ!


 いよいよ勝負の時を迎える。

 果たして、空いた座席に座れたのは――






 これは俺たちの部活、座席道部の活動風景だ。

 座席道とは簡単に言えば、電車の座席を奪い合うスポーツである。

 ちょっと前まで座席道のざの字も知らなかった俺が、なぜここまでハマってしまったのかというと。


 きっかけは高校1年の秋、俺がまだぼっちだった頃にさかのぼる。

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