第3話 麻衣の友達

 草原に伸びた土の道を麻衣を乗せたユニコーンがかっぽかっぽと歩いていく。俺はその後をついていく。

 周囲の草原ではスライムが跳ねたり、ゴブリンがうろついたりしているが、すぐに襲い掛かってくる様子は無い。低レベルモンスターだからだろう。

 俺はユニコーンに乗る少女を見上げて話しかけた。


「この世界は恐くないのかい?」


 弱いとはいえこの世界にはモンスターがいる。それにここは明らかに現実とは違う異世界だ。

 麻衣は全く警戒していない様子で答えた。


「平気よ。動物達はみんな優しいし、モンスターは弱っちい奴しかいないから。エージェントMさんこそ恐くないの?」

「愚問だな。俺は」


 俺はコートの下のホルスターから銃を抜いて構える。跳ねていたスライム二体を撃ち抜いた。撃ち抜かれたスライムは粒を撒き散らせて消滅した。

 俺は指先で銃を回転させて戻した。


「特級国家不思議調査員だからな」

「すごーい。特級国家不思議調査員ってすごーい」


 麻衣は興奮したように凄い凄いと連呼していた。

 そんな他愛もない会話をしながらたどり着いた場所は。


「ここにあんたのお友達がいるのかい?」

「そうよ。あたしの友達の美結がいるのよ」


 何とも豪勢なお屋敷だった。左右に高い塀がずらっと立ち並び、正面には門がある。その向こうに噴水と大きな屋敷が見えた。

 馬から降りた麻衣がインターホンを押して中の人に話しかけた。


「こんにちは。あたしよ、麻衣よ。門を開けてちょうだい」


 言うとすぐに門が開いた。大きな門が自動的に開く光景に俺はちょっと感動した。


「凄いもんだな」

「当然よ。美結はあたしの子分だからね」

「子分なのか」


 俺は麻衣と一緒に門の向こうへと歩みを進める。

 屋敷に近づくと執事が出迎えてきた。初老の優しそうな人だった。


「ようこそいらっしゃいました。麻衣様と」


 執事の目が俺を見る。鋭い奥深さを持った視線だ。戦場を体感した者の目だと俺は判断した。

 別に争うためにここへ来たわけではない。俺は正直に自分の名を告げることにする。


「俺はエージェントMだ」

「M様は特級国家不思議調査員なのよ」


 隣に立つ麻衣が俺の説明を補足してくれた。その身分には戦場を体感したことのある執事もびっくりしたようだった。


「何と特級! あのA級やB級よりも上の!」

「別に驚くようなことじゃねえさ」

「いえいえ、ご謙遜を。それにしても特級とは。たまげましたな」

「特級じゃねえと異世界の探索にまではいけないからな」


 国家不思議調査員には様々なランクがあり、ランクによって町内のちょっとした不思議から外国の大きな神秘まで調査出来る場所が変わるのだ。

 特級はまさに特別。宇宙や異世界にまで活動の幅を広げることが出来る。


「俺はこの世界の調査に来たんだ。だが、その前に言っておくことがある。ちょいと上がっていいかい?」

「はい、どうぞこちらへ」


 俺と麻衣は執事に案内されるままに屋敷を進む。階段を昇り、廊下を歩き、お嬢様の部屋へ。

 執事がノックし、用件を告げたら返事があって、俺達は部屋へ入室した。

 美結はお嬢様らしい華やかな笑顔で友達を、そしてうさんくさそうな顔で俺を迎えた。


「よく来てくださいました、麻衣お姉様。それと誰?」

「俺はエージェントMだ」

「M様は特級国家不思議調査員なのよ」


 麻衣が律儀に補足してくれる。執事にやった時と同じように。だが、今度の相手は別に驚きはしなかった。

 美結は言葉を呑み込めなかったかのように小首を傾げて呟いた。


「とっきゅう?」

「特級国家不思議調査員だ」

「M様は特級国家不思議調査員なのよ」

「と……特級? こ、こっかふしぎ」


 美結はあまり頭が良くないようだ。すぐに納得した麻衣や執事とは違って。


「知らないならいい。俺は自分の身分を明かすためにここを訪れたわけじゃねえからな。俺はあんたに話があって来たんだ」

「話ですか。伺いましょう」


 美結はソファに座って俺を見つめた。俺と麻衣もソファに座る。

 真っ直ぐな視線に見つめられながら俺は用件を切り出した。


「帰りな。あんたにも家族がいるだろう」

「ここはわたくしの家なんですけど」

「あんたはこの異世界の現地人なのか?」

「違いますわ。ここは別荘みたいなものよ」

「前線基地」


 麻衣が俺の横で小声で告げる。美結は少しびくっとしたように肩を震わせた。


「前線基地でもありますわね。鉄矢君がわたくしにここに前線基地を構えようと言ったんですの」

「鉄矢君?」

「あたし達の友達」

「あんたはそれに従ったわけだ」

「当然でしょう。建てられるのはわたくししかいませんでしたもの」


 何とも金持ちのお嬢様らしい発言だった。麻衣が子分だというこの少女の立ち位置も掴めてきた。いいように財布に使われているようだ。

 だが、今は子供グループの人間関係などどうでもいい。

 俺は話に出てきた気になる名前について訊ねた。


「鉄矢君は今どこに?」

「そう言えば美結。鉄矢君と浩二君は一緒じゃないの?」


 返答を聞く前に麻衣が口を挟んできた。俺は聞き耳を立てる。


「ええ、彼らはさらに探検してくると言って、この世界の奧へと行ってしまいましたわ」

「浩二君というのは誰だ?」


 俺は麻衣に訊ねた。麻衣は快く教えてくれた。


「あたし達の友達よ」

「あんたの友達は何人いるんだ? まさかまだ増えたりはしないだろうな?」

「ここに来ているのはあたし達を含めて4人よ。教室で鉄矢君と浩二君が穴の探検に行こうって話してて、あたしが面白そうだから一緒に行くと混ぜてもらって、車が使えるお金持ちの子分の美結を誘ったのよ」

「あんたの交友関係広いな」


 俺は本気で感心してしまった。


「麻衣お姉様には感謝していますわ。浩二君と同じ車に乗れて同じ世界に来れたんですもの」

「あんたの色恋沙汰には興味は無いが、その二人にも声を掛けないわけにはいかないか。案内してくれるか?」

「はい。望月さん、車を出していただけますか」


 お嬢様の言葉に執事は恭しく返事をした。


「かしこまりました。ですが、今ならもっといい乗り物をご用意できますよ」

「良い乗り物?」


 俺が怪訝に聞き返すと、執事は自慢げに案内してくれた。




 と言うわけで俺達は巨大ロボットに乗り込んで空を飛んでいた。アニメでしか見たことのないようなかっこいいロボットだ。

 俺は運転手の執事に訊ねた。


「何でこんな物がここにあるんだ」

「ここは異世界ですからな。現実では不可能なことが出来る場所なのです」

「わたくしがお金を出しましたのよ」

「そうかい。金持ちの道楽もほどほどにな」


 意気揚々としているお嬢様にケチを付けるほど俺も小者ではない。軽く注意するだけにして、正面のスクリーンに目を向ける。

 ロボは草原の少し上を滑るように飛んでいく。眼下ではスライムやゴブリンがいるが、この高度までは手が出せないだろう。旅はスムーズに流れていく。

 乗っている人数は多かったが、客席はわりと快適だった。


「食べる?」


 麻衣がポテトチップスを出してきたのでみんなで食べた。

 探している二人は間もなく見つかった。草原の中をドラゴンに追われて走っていた。

 俺は助けようかと腰を上げかけたが、運転手の爺さんの方が早かった。さすがは戦場の経験者だ。俺はお手並みを拝見することにする。


「今助けますぞ! 竜覇斬! とう!」


 ハンドルを回す執事。ロボットはヒーローのように剣を抜いて地上へと向かう。客席が揺れたが俺が慌てるほどでは無い。右と左で麻衣と美結がちょっと騒いだぐらいだ。

 執事は巧みにロボットを操作してドラゴンを一刀の元に斬り捨てた。

 消滅するドラゴン。ロボットは着陸した。

 鉄矢と浩二は憧れの少年の眼差しをして見上げてきた。

 周囲に他に危険なモンスターの姿は無い。俺達はロボットから降りた。鉄矢と浩二はお礼を言った。


「ありがとう、助かりました」

「探検してたら急に追いかけられて困っていたのです」

「命に別状が無くて何よりでした」


 執事の言葉に俺は心から同意した。隣に立つ麻衣に小声で訊く。


「ここに来ている奴らはこれで全部か?」

「はい、そうです」


 今こそこいつらに帰ってもらう時だ。俺は用件を切り出すことにした。


「これで分かっただろう。ここは危険な場所なんだ。怪我をしないうちに帰んな」

「M様はお一人で大丈夫なんですか?」


 麻衣は子供のくせに本気で心配しているようだった。俺は大人の笑みで答える。


「当然さ。俺は特級国家不思議調査員だからな」

「特級国家不思議調査員!」


 その名前には鉄矢と浩二も驚いている様子だった。


「まあ、俺より最年少でなれる奴はいないだろうがな」

「あたし、なる! M様より最年少で!」


 麻衣はとても乗り気の様子だった。希望に目を煌めかせていた。

 無理と否定するつもりは俺には無い。俺自身、職場で子ども扱いされるのは好きでは無かった。


「フッ、まあ頑張んな」


 俺は子供のお守を執事に任せて、歩みを進めた。

 この世界の奧にあるさらなる不思議に向かって。




 異世界にも夕暮れは訪れる。


「今日の探索はここまでだな」


 あれからドラゴンほどの危険なモンスターも特に目ぼしい物も見つからなかった。

 俺は定時で仕事を切り上げることにする。

 特級国家不思議調査員などという大それた肩書が付いていても、ただの雇われ会社員である事に変わりはない。サービス残業をするつもりは俺には無かった。

 来た道を戻り、ロープを引っ張って穴を登る。外の田舎町にも夕暮れは訪れていた。

 ここは封鎖されているので人の姿は無い。もう家に帰ったのだろう、麻衣達の姿も無かった。

 それを寂しいと思う必要も無い。元よりここに立ち入ってはいけない者達だったのだ。再会することももう無いだろう。

 帰還することを鈴子に連絡すると、なぜもっとこまめに連絡を入れないのかと怒られた。

 お前は俺のお母さんか、こっちだって忙しいんだよとは思ったが、無駄な反論をするほど俺はお子様では無い。

 素直に言葉を聞き流して通信を終え、俺はその場を後にする。

 今日の調査で分かったことは、その穴はなぜか異世界に繋がっているということぐらいだった。

 何とも不思議な穴だった。

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