不思議ホールに挑む者

けろよん

第1話 いつの間にか空いていた

 その穴はいつの間にか空いていた。

 山のふもとの田舎道。田畑に囲まれた人気のない一本道。

 車が一台通るのがやっとのその細い道の中央にぽっかりと黒い穴が空いている。

 なんともミステリーな穴だったので国は誰も近づけないようにその道路を封鎖、調査のために凄腕のエージェントを派遣することにした。


 そうして派遣されたのがこの俺、高校生にして最年少で特級国家不思議調査員に合格した凄井手勝だ。


「こちらエージェントM。現場に到着したぜ」


 国家不思議調査員とは国に雇われて世界の不思議を調査する組織である。特級とは文字通り特別な級、とても常識とは思えない最上級の不思議を調査する権限を持った級である。

 つまりこの穴はそれだけ常識から外れたミステリーと目されているわけだ。

 俺は田舎の生ぬるい風に黒いコートをなびかせながら、穴の縁に立って中を見下した。


「何とも不思議な穴だ。中まで真っ暗で底が知れないぜ」

『気を付けて。その穴のことは何も分かっていないのよ』


 通信で俺の声に答えるのは美人オペレーターの鈴野鈴子だ。組織の中では若い方だが高校生の俺よりは年上の社会人のお姉さんだ。みんなからはすずすずの愛称で親しまれている。


「分かっているぜ。そのために特級国家不思議調査員の俺が派遣されたんだしな」

『いざとなったらカワウソロボを使って。カワウソロボはあなたの身代わりになってくれるわ』

「オーケー、では調査を開始する」


 通信を終えた俺は鞄から一台の茶色い小動物のような物体を取り出す。

 これこそがカワウソロボだ。研究所の所長の娘が夏休みに動物園で買ってきたお土産のぬいぐるみがモデルになっているらしい。

 まあ、形などはどうでもいい。使える物なら使うだけだ。俺は計算高い冷静なエージェントなのだ。


「行け! カワウソロボ! ゴーだ!」


 俺はカワウソロボを穴の中に目がけて投げ込んだ。何か反応があれば返ってくるはずだが、カワウソロボは戻ってこなかった。

 俺は通信を鈴子に送った。


「すずすず、困ったことになった」

『何があったの? エージェントM』

「カワウソロボが戻ってこなくなった」

『もう使ったの? あなたとしたことが随分と早まった真似をしたわね』

「それほどこの穴が危険だと判断したんだ。あんた達もそう判断したから特級である俺に任せる仕事だと認定したんだろう」

『そうよ』

「カワウソロボが戻ってこない場合、俺はどうなる?」

『弁償することになるでしょうね。カワウソロボの値段をあなたは知っているはずよ』

「まじかよ。行くっきゃないか」


 冗談交じりに会社の備品の値段を聞いたことがあったが、それが真実なら俺に選択権は無かった。


『気を付けて。穴の中は未知の世界よ。誰もその奥がどうなっているか知らないミステリーワールドよ』

「分かってるぜ。行ってくるぜ」


 俺はこんなことならロボ使わなくて良かったなと思いながらロープを垂らし、穴の奧へと降りていったのだった。

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