生まれる前の君達は
夢渡
早く生まれた君達に
――おや? こいつはツイてる。やぁどうもお客さん、ボクが今日の案内役だよ。体はきっと大柄だと思うけど、驚かないで聞いていって欲しいな。
ここは僕の居る世界。見ての通り何も無いけど居心地は悪くないよ。まぁそもそも他の世界を知らないから、良いか悪いかの判断基準が無いんだけどね。
真っ暗な闇。そう見えるだけで実際は黒かどうかも分からない無限の空間。流れ過ぎるものも無くて、周囲には僕しかない。
あぁでも一人じゃないんだよ? ちゃんと一緒に生きる仲間がいる。頭っぽいところから、何もない中空を踏みしめる足の先まで、彼らがぎっしり詰まってる。ボクの体内では多くの命が育まれ、遊び・働き・食べては眠ってる。
おかしい? お客さんだって体の中に一杯仲間が暮らしてるじゃないか。中の彼らはボクを生かし形取って、ボクは彼らに領土を与える。立派な共生。持ちつ持たれつって奴だよ。彼らがそう思っているかどうかは、聞いたことが無いけどね。
え? さっきから案内になってない。疑問が増えてゆくばっかりだ? ごめんごめん。誰かと話をするのは初めてなんだ。貰った知識で対話は出来ているけれど、適切じゃ無いのは許してほしいな。
それじゃあボクの紹介でもしようか。大体何もない世界で、説明できる事なんてこれしか無い。今になって気付いたよ。
改めて、初めましてお客さん、ボクです。名前は無いかな。お客さんと同じ生き物かと問われると、ちょっと困る。お客さんを基準とする生物としての定義には当てはまらないから――なんて大層な言葉を並べたところで、要は自分自身がよく分かっていないんだ。形も大きさも、どんな姿をしているかだって知りやしない。だってここは何も無い世界。そこに触れているボクだって当然何も無いんだよ。
じゃあどうして大柄だとか、頭っぽいとか足の先とか説明出来るのかというと、内側はあるからだよ。
彼らが生きているボクの体内は確りと形をもっている。彼らが踏みしめる大地への振動は、脈動となってボクの何処にあるかも分からない意識の元へ、ボクがボクである証を届けてくれる。体の内側を覗く事は許されていないけど、ボクはそこに生き甲斐を感じている――あぁまた話が逸れちゃった。説明って難しい。
『――――』
残念。もうあまり時間が無いみたいだから、見かねて色々教えてくれたみたい。ネタバレするからさっさと進めろだって。
ボクはお客さんが言う所の【国】や【卵の殻】なんだって。何も無い世界では生き物はすぐに消えてしまうから、ボクが殻で彼らを覆って、国土として繁栄させている。
ボクの内側は普通の世界と変わらないけど、燃料となる供物を内側から貰えなければ、ボクは消滅してしまう。彼らもボクの事をよくは知らないけれど、ボクと共生して生きなければ、そこで世界が終わるのを知っている――ボクって結構凄いんだね!
あぁでも、沢山供物を貰っても、何れボクにも終わりが来るんだって。死ぬって言うより劣化が近いらしい。だからボクはボク達の体を取り込んで補修しないといけないんだけど――ボクに口ってあるのかな? それにボクって一杯居るの?
『――――』
これ以上は喋っちゃ駄目なんだって、仕方ない。それにそろそろ眠くなってきちゃった。もうすぐ終わりが来るみたい。
さっき色々教えてもらって、ボクの中に居た最後の一人が役目を終えて死んじゃうみたい。だからボクももうすぐダメになる。
怖くないのかだって? どうしてこれが怖いのかボクには分からない。
寂しくないのかだって? 賑やかだったのにどうして寂しいの?
未練はないのかだって? 役目を全う出来たのに、他に何が必要なの?
ボクはこの未熟な未然世界をお客さんに聞いて貰う為に早く生まれた。その為に時間を貰って、そこまでの知識と期限を貰った。
結局一人ではこなせなかったけど、最後まで役目をきちんと果たせたんだから、ボクは嬉しい。嬉しいとか感情があるのはボク達の中ではボクだけなんだって。嬉しい!
ボクの中に居た人はどう思って最後を迎えたのかは分からない。けど彼らも皆老いて生まれて、期限一杯役目を果たせたんだから、きっと嬉しいに違いないよ。
それじゃあお客さんさようなら。最後まで聞いてくれてありがとう。
この世界がこの後どうなるのかだって? そんなのボクが分かる訳ないじゃない。
だってここは未熟な未然世界。いつ出来上がるかも分からないし、生まれるかも分からない。ボクは偶々早く役目を与えられただけ。
だからもしそれが分かるとするなら、それはきっとボクに知識を与えてくれた人や、完成した未然世界に生まれるボク達でもない。
分かるのはただ一人。この続きを書こうとペンを握った人だけさ。
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