4.秘密の写真
「ねえ、お父さん」
「うん?」
友達からもらった地域交流会の写真をアルバムにしまいながら、花梨はお父さんに聞いてみる。
「お母さんの写真て一枚もないの?」
「ああ、うん……」
ダイニングテーブルで何か書きものをしていた父は顔を上げてソファに座った花梨の方を見る。
「撮られるのが嫌いなんだよ。知ってるだろ」
「うん……」
少し寂しい気持ちで花梨はアルバムを閉じる。思いついてもう一度尋ねた。
「子どもの頃の写真はないの?」
近寄ってテーブルに身を乗り出し、おねだりしてみる。
「お父さんと、お母さんの子どもの頃、見てみたいなあ」
そう言われても、とお父さんは少し考えるふうだ。
「おじいちゃんのお家にならあるんじゃないか?」
「ああ、そうか。お父さんは持ってないの?」
「……持ってない」
「山梨のおじいちゃんちは中々行かないもんね、残念。お母さんのは今度行ったらおばあちゃまに訊いてみよう」
ひとりで納得してつぶやいている花梨は、父親が微妙な顔をしていることに気付かなかった。
「というわけで! 今度おじいちゃまのお家に行ったら写真のことを忘れないように」
胸をはって指図する妹に顔をしかめて和樹は鼻を鳴らす。
「自分でお祖母ちゃんに話せばいいだろう」
「忘れてたら困るもん」
偉そうに腕組してえばる花梨の下で本を閉じながら駈が兄を見上げる。
「和樹のお父さんなら持ってるんじゃないの?」
ここは和樹の家。捜そうと思えば出来そうだ。
「うーん……」
唸りながら和樹はリビングの小さな収納棚から小振りのアルバムを取り出す。
「写真て言われても、ほとんどデータのままだろ」
「ああ、そうか。じゃあパソコン覗いてみる?」
隅の小さなデスクには家族供用のノートパソコンが置かれている。
「どうせ僕らの写真しかないと思うよ」
駈とふたりでアルバムをめくりつつ和樹がパソコンの画面に表示するファイルも眺めてみたけど、画像はここにいる三人のものか、さもなければ旅行先の風景ばかりだ。
「ほらな」
「うーん……」
唸る花梨の横で駈が父親の部屋のドアを見つめているのに気付いて和樹は顔色を変える。
「馬鹿。どんだけ怒られるか分かってるか?」
駈は無言で諦めたような顔をする。
「それならお母さんのお部屋に行ってみよう」
花梨が提案するのに和樹は目を剥く。
「なんでそうなるっ」
「お掃除には入ってるんでしょう? 少しくらいもの触ってもバレないよ」
こくこくと頷いた駈がさっそく母親の部屋へと向かう。
「おまえらはホントに怖いもの知らずだなあ」
何だかんだ言いつつ和樹も付いてきて三人は母親の部屋に入った。家具といえばベッドと小さな机だけ。他には何もない。
机の足元の収納ボックスを覗いてみる。書籍類や文房具が無造作に放り込まれている。書籍の背表紙を見ていた駈が小さく声をあげた。
「卒業アルバム」
和樹も気が付いて手をかける。一瞬怯んだ後、箱入りの大型本を取り上げた。高校の卒業アルバムだ。
「うわあ。初めて見た」
「僕も」
「ボクも」
「お母さんのだよね?」
「そりゃあ多分」
和樹は丁寧に箱から重たい綴じ本を出して机の上に広げる。集合写真や行事のスナップ写真が続いた後にクラス別の個人写真が載っていた。
「うわあ、お母さん探して。早く、早く」
「急かすなって」
「えーと、これ氏名順みたいだから……」
程なく駈が見つけた。
「いた。お母さん」
兄弟たちは顔を寄せて覗き込む。
「あんまり変わらないね」
「うん」
「でも髪が短い。かわいい」
目を輝かせて花梨はささやく。お母さんはやっぱり綺麗で可愛い。
「ねえねえ、今日子ちゃんや和美ちゃんは?」
「ていうか、和樹のお父さんは?」
「それは見たいような見たくないような」
ページをめくろうとして気が付いた。2L判の大きな写真が一枚滑り出してくる。
「わ、女の子の写真だよ! もしかしてお母さん?」
写っているのは駈よりも小さな女の子だ。ピンク色のふわふわのドレスに、肩まで伸びた髪にはリボンの付いたカチューシャをしている。
「……お母さんじゃないだろう」
首を傾げる和樹の横から、駈が花梨の顔と並べて写真をかざす。
「似てる」
「え?」
写真の女の子が花梨と似ていると言うが本人にはよくわからない。
「もういいだろう。片付けて出よう」
「そんなにお父さんにバレるのが怖い?」
「あたりまえだ」
花梨は首を竦めて大人しく従う。リビングに戻って三人でおやつを食べた。
「今日ねえ、お母さんの高校のアルバム見ちゃった」
「へえ?」
「ナイショだよ」
「はいはい」
「お父さんのはうちにある?」
「持ってきてたかなあ。覚えてないよ」
「捜してよ」
「そのうちな」
ニュースを見ながら上の空で答える父に花梨は少しムッとする。だが思い出したことに機嫌を直して問いかけてみる。
「アルバムの間に知らない女の子の写真が挟まってて。誰だろう?」
「知らない子?」
「小さな女の子でね、和樹はお母さんじゃないっていうし、駈はわたしに似てるっていうし、ピンクのドレスを着ててね……」
「……っ」
いきなりお父さんがコーヒーを吹き出して花梨はびっくりする。ごほごほむせながら涙目になってお父さんが花梨に訊く。
「見たのか?」
「見たから訊いてるんだけど。お父さん知ってる?」
ぶんぶんとすごい勢いでお父さんは首を振る。
「お父さんは知らない。花梨も早く忘れろ」
なんだそれは。気に入らない気もしたが父があまりにダメージを受けている様子なので花梨は大人しく引き下がってあげた。
入浴の後、花梨が寝入ったのを見計らって彼は電話を取り上げた。
「もしもし?」
電話口に出た相手に話しても大丈夫かと前置きする。了承を貰って彼は幾分声を大きくして問い詰めた。
「ねえ、何であの写真まだ持ってるの? 兄貴に返したんじゃなかったの?」
『何のこと?』
「先輩の卒業アルバムに挟まってたの子どもたちが見つけたって」
『ああ。そうだったかな、覚えてないや』
まったくこの人は。ぐりぐりと彼は自分の眉間を揉む。
「なんでよりによって家に置いとくの? 一ノ瀬さんに見られたらって思うとぞっとする。ちゃんと処分してよ。いい?」
『わかったわかった』
笑いを含んだ声が軽い調子で返事をして、それから訝し気に尋ねてきた。
『あの子たちはどうして私のものを漁ったの?』
「花梨が、お母さんの写真はないのかって」
『ふうん?』
「寂しいんだと思うよ」
沈黙が降りた電話口に彼はそっと囁く。
「おれも寂しい」
『私も』
返ってきたやさしい声音に怒りが霧散していることに気付く。駄目だな、自分。いくつになっても。
『もうすぐ帰れるから』
「うん。待ってる」
愛する人に向かって彼も優しく言葉を返した。
「おじいちゃん、おばあちゃんの言うことちゃんと聞くんだぞ。八時に迎えに来るからな」
「はあい」
「ありがとうございました」
母方の祖父母の家の前で花梨と和樹がクルマを降りていく。最後に残った駈はじっと花梨のお父さんの顔を見つめる。
「えーと、どうしたの?」
「……ボク、誰にも言いませんから」
「……。それはどうもありがとう」
苦く笑った花梨の父親に会釈して、駈もクルマを降りて玄関に向かった。
お母さんは天使で悪魔で女神様。いたずら好きは直らない。
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