16 選んだ道は3

「アジュガには一泊して今日はこちらに戻ったんだけど、城で君が居なくて寂しそうにしている姫様を見かけて、じゃあ、様子を見てくると言って出て来たんだ。君の実家に行ったけど、着いたら隣村に出かけたと言われたんだ。

あまりにも唐突だったし、あそこの村長の息子はラグラスの傘下にいて身柄を拘束されていると噂されてて、君の御家族が随分心配していてね。代わりに様子を見に来たんだ」

「そうですか……すみません」

 家族にも随分と心配をかけてしまったらしい。自分がとった行動でラウルにも迷惑をかけてしまったのだと思うとなんだか申し訳なかった。

「俺が乱入して奥方はようやく貴女がぐったりしているのに気付いた。長椅子に横にしたらすぐに気が付いて安心したよ。でもね……心臓が止まるかと思った」

「ラウル様……」

 抱きしめられたまま旋毛つむじに口づけられると、うるさいぐらいに鼓動が跳ね上がる。

「イリスさん。俺は貴女の事が好きです。結婚を前提にお付き合いしてもらえませんか?」

 好意を寄せられているのは分かっていた。だが、こうして口に出して言われたのは初めてで、しかも将来を共に歩むことを考えてくれているのが嬉しいのと気恥ずかしいのとですぐに返事が出来ない。

「イリスさん?」

 答えを返せないでいると逆にラウルの方が不安になったらしい。それでもイリスは胸がいっぱいで応えられず、頷くのがやっとだった。

「受けて頂けますか?」

「……はい」

 ようやく返事を絞り出すと、またしても力強く抱きしめられる。そしてその力が緩むと、そっと唇が重なった。

 しばし夜空の旅を満喫し、イリスの実家に帰りついた時には随分と夜が更けていた。飛竜が村はずれに降り立つと、慌てた様子で両親が駆け寄ってきた。

「イリス!」

 母親に力一杯抱きしめられる。一方の父親は安堵した様子でラウルに頭を下げた。

「ありがとうございます」

「私は彼女を送って来ただけです」

「それで、その……」

「詳細はまたご報告いたします。今日はゆっくり休ませてあげて下さい」

 ラウルはこの後、城に戻って一連の報告をしなければならない。どんな処罰が下るかまだ分からないが、村長夫婦はそれまで自警団の監視の元、謹慎を命じている。

「では、私はこれで」

 ラウルは一同に頭を下げると再び飛竜にまたがり、相棒を飛び立たせた。暗い中でもイリスが手を振っているのが分かる。向こうは気付かないかもしれないが、彼も手を振り返すと城へ向けて速度を上げた。




 案の定、ラウルの報告を聞いたエドワルドは激怒した。直ちに村長夫婦の拘束と、被害者となったイリスへの賠償金の支払いを命じた。また、村は当面の間は役人を派遣して管理することに決まった。実のところ、フォルビア内ではラグラスに関わったいくつかの村が既に直接役人を派遣して管理していたので、また一つ増えたかといった感覚で手続きは進められていた。

 翌朝、ラウルはそれらの決定事項を携えてイリスの実家に向かった。昨夜同様、飛竜を村はずれに降ろすと目ざとい子供達が集まってくるのはどこの村でもおなじみの光景だ。手を振ってくる子供達に挨拶を返すと、何人かはイリスの実家へ駆けていく。ラウルは苦笑してその後を追った。

「ラウル様、おはようございます」

「おはよう」

 子供達から到着を聞いたらしい、イリスが出迎えてくれる。少しまだ顔色が良くないのは眠れなかったのか、怒られたのか……。気にはなったがあえて触れずに朝の挨拶を交わした。

 畑仕事は始まっている時刻だが、イリスの両親は出かけずに待っていてくれたらしい。挨拶をしてから勧められた席に着くと、早速、決定事項を伝えていく。

「村長夫婦は拘束して現在取り調べをしております。彼等の息子がラグラスに賛同してその傘下に入り、暴動が起こった折に砦で拘束されています。労役が課せられているのですが、処分を軽くしてもらうつもりで殿下に取り入ろうと考えたようです。

その手掛かりを得るために、先ずは立ち寄った商人に話を聞こうとしたところ、イリスの帰郷を聞いて彼女から聞き出そうと決めて彼女を呼び出したそうです。話を聞きたかっただけで、傷つけるつもりは一切なかったと弁明しております」

「そうですか……」

 ラウルの報告を聞くとイリスの父親は深くため息をついた。

「ラウル卿、殿下にこの度のイリスへのお話を御断りして頂けないだろうか?」

「父さん、それは……」

「あなたは黙っていなさい」

 イリスが慌てて口を挟むが、母親にたしなめられる。どうやら盛大な親子喧嘩を繰り広げ、まだ決着がついていないらしい。

「……姫様のお付きの件でしょうか?」

「そうです。わしらも娘がかわいい。今まで本人の好きなようにさせてきたが、このような目に会うのなら反対するしかない」

「イリス本人だけでなく、殿下も奥方様も望んでおられてもですか?」

「そうです。このような田舎者には分不相応なお話です。幸い、あの子には多くの縁談が来ております。家庭を築いて子を成す……人並みの幸せがこの子の為です」

 縁談という言葉を聞いてラウルに闘争心が沸き起こる。呼吸を整えると、反撃にかかった。

「イリス本人の為と仰っていますが、それは押し付けになっていませんか? 先程の様子ではご両親の考えにはまだ同意なされていない様子。彼女自身の意思を無視して、それが果たして本人の幸せと言い切れますか?

彼女は自身の努力と才覚によって現在の地位を手に入れました。そしてその努力が実って殿下や奥方様に望まれて姫様付きの侍女に決まったのです。お2人が仰ることは、彼女自身の今までの努力を全て否定するに等しいのではありませんか?」

 まさかラウルから反論されると思ってもいなかった2人は面食らう。だが、父親はすぐに立ち直ると、不快そうに顔を顰める。

「ラウル卿。これは我が家の問題です。口を挟まないでいただきたい」

「いえ、他人事ではありません」

 ラウルはそうキッパリと言い切ると、立ち上がってイリスの前に跪き、騎士の礼を取る。

「イリス、愛しています。結婚してください」

「はい……」

 イリスは半泣きで差し出されたラウルの手を取った。彼女の両親は唖然としてそれを眺めていたが、我に返ると慌ててその申し出を却下する。

「とんでもない! うちの様な田舎者に竜騎士の奥方など勤まりません」

「そうです。この子が苦労するのが目に見えております」

 ラウルは立ち上がると、イリスの肩を抱いて2人の反論を身振りで制した。

「お忘れではありませんか? 彼女はフォルビア正神殿で修行を積んだ正神官です。その地位は竜騎士と同等。新たな神官長になられたトビアス殿の話では、高神官も夢ではないそうです。これは彼女自身で掴んだ地位です。いくらご両親でもそれを蔑む権利はありません」

 そう言い切ると2人はぐうの音も出ないらしく押し黙る。

「さらに申し上げるなら、このまま彼女をここに残していく方がはるかに危険です。彼女が殿下や奥方様と親しいのは知られているわけですから、同じようなことを考える者が出ないとも限らないからです。もちろん、取り締まりは強化しますし、対策は立てます。ですが、我々が始終張り付いていない限り、完全に封じることは出来ないでしょう」

 父親は力を失くしたように座っていた椅子に座り込む。母親も顔色を失って立ち尽くしていた。

「父さん、母さん、あのね、私、あの方々にお仕えできることになって本当に嬉しいの。大変な思いをされた姫様を少しでも支えたいの」

「……結婚したら続けられないだろう」

「結婚したからと言って辞めることは無いでしょう。本宮の女官や北棟の侍女の中にも続ける人はいますよ」

 おそらく、田舎では考えられなかったのだろう。色々と衝撃を受けたイリスの両親はそれ以上何も言わず、渋々と言った感じで皇都行きは認め、城に帰る2人を家族みんなで見送ってくれたのだった。

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