閑話 首座様の愉快な仲間たち4
4 長女 ルデラック公妃
「はぁ……」
シーナは執務室の惨状を目の当たりにして深いため息をついた。
机に積み上げられた書類は一部が崩れて床に散乱し、中には転がったペンで汚れてしまっているのもある。更にはワインのボトルが転がり、零れた中身で絨毯に染みが出来ていた。
10日ほど前からダーバの先代国主が中央宮に滞在し、なし崩し的にそれらの約束事が破られていったらしい。まだ目で確認してはいないが、女官の話では奥のミハイルの居室の方は服や小物が散乱してそちらもひどい有様と報告を受けていた。
「で、お父様は?」
慌ただしく出立したのは知っているが、傍らにいる次席補佐官ですら明確な行き先を聞いていないらしい。目立ち始めたお腹を気にかけながらシーナが彼を見上げると、次席補佐官は恐縮したように頭を下げる。
「それが……一時ほど前に聖域から使いが来まして、その報告を受けられたとたんに飛び出して行かれました」
「その使いはどちらに?」
「陛下が連れて行かれました」
シーナは再び溜息をついた。聖域がらみならばきっとタランテラの状況が変わったのだろう。だとすると向かったのは北方。ガウラを経由してタランテラを目指したにちがいない。
「こちらに滞在しておられたダーバの先代様と昨日来られた里の賢者様もご一緒で、それから……ご夫君のディエゴ様を道案内に連れて行かれました」
「……間違いなくタランテラに向かったわね」
シーナは三度溜息をついた。出かけてしまったのは仕方ない。それだけ緊急性が高かったのだろう。だが、せめて一言伝言を残していってほしかった。
「陛下付きの侍官の話では、ブレシッドから取り寄せていた年代物のワインも持っていかれたと……」
「全く……。ピクニックに行く子供じゃないんだから……」
エドワルドが無類のワイン付きだと知り、杯を酌み交わすのを楽しみにしていたミハイルはブレシッドから年代物のワインを取り寄せていた。そして暇を見つけては持参する銘柄を吟味していたのだ。
「その……如何致しますか?」
恐る恐る次席補佐官が問うと、シーナはもう一度ため息をつく。
「この中で特に急ぐ物はルデラックの執務室に運んで。それから、各公王方に事情を説明した上で助力を仰いで下さい」
プルメリアのトップとそれを支える首席補佐官、更には次代の首座とも噂されるディエゴも国を空ける異常事態となってしまった。身重のシーナ1人ではとても切り盛りできる状態では無い。ここはやはり経験豊富な他の公王の力を借りるしかないだろう。
「ここは如何致しますか?」
「このまま残しておいて。お母様に見て頂いて、後で叱っていただきます」
「かしこまりました」
おそらく、その説教の矛先は後事を託された自分にも向けられるかもしれない。次席補佐官は徐々に痛み出した胃痛に耐えながら頭を下げると、その場を後にする。
「やっぱり、私じゃお父様のお世話は無理」
あのマイペースな父を御する母はやはり偉大だと実感したシーナだった。
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