148 彼等の絆5
騎士団を率い、エドワルドが発見された巣の場所に行くと、既に戦闘が始まっていた。地上では青銅狼が群れを成し、樹上では数多くのヒヒが奇声を上げている。それらの巣を守る数多の妖魔に竜騎士達は少々押され気味だった。エドワルドは早速引き連れてきた竜騎士に明らかに突出している小隊を下がらせ、体制を立て直す様に命じた。
「全軍、私の指揮下に入れ」
上空でわざと目立つようにグランシアードを旋回させると、遅ればせながら戦闘に加わっていた竜騎士がようやくエドワルドの存在に気付き、大歓声が沸き起こる。
しかし、妖魔の方も新たな敵に黙っていない。跳躍力に優れたヒヒの妖魔達が大木の枝から旋回するエドワルドめがけて襲ってくる。それを側に居た竜騎士達が次々と矢を射かけて落とし、その間に突出しすぎた小隊を一旦引き揚げさせた。
「女王はいるのか?」
「まだ姿は見せていません。ワールウェイド領と第6騎士団を始め、近隣に応援要請を出しております」
「分かった」
エドワルドの問いに巣を見つけた第3大隊の隊長が応える。せわしく弓を引きながら、向かってくるヒヒを射落としていくのだが、妖魔の拠点となる巣だけあってその数が半端ではない。小柄な妖魔も多く、もしかしたら孵化したての妖魔も混ざっているのかもしれない。
「出て来る前に小物を片付ける。消耗が激しければ、一旦第2、第3大隊は下がれ」
「かしこまりました」
エドワルドの命令はすぐに伝えられた。少し疲れた様子の竜騎士達は下がり、エドワルドが連れて来た第4第5大隊が前線に出る。
「まだ飛竜の背からは降りるな」
立て直しは済んだが、敵の数が圧倒的に多いので囲まれればひとたまりも無い。しかもヒヒの妖魔はその牙に毒を持っている。不測の事態に備え、エドワルドはいつでも離脱可能な状態で戦う様に命じたのだ。弓の腕に覚えがあるものは上空から、槍や鉾に自信が有るものは飛竜の背からそれらを操り妖魔達を浄化していく。
一旦下がって補給していた第2、第3大隊も再び戦闘に加わり、妖魔はその数をみるみる減らしていく。
ギシャァァァ!
突如、辺りに劈くような咆哮が響き渡る。森の奥から現れたのは通常のヒヒよりも数倍、グランシアードよりも一回り以上大きなヒヒの妖魔だった。
「女王のお出ましか……」
更に間の悪いことに日没が迫り、天候が悪化していく。いくら竜騎士の目が良いと言っても限界があり、これではその力を充分に発揮できない。極寒の最中に居ながら、緊張でエドワルドの掌は汗をびっしょりかいていた。
「第2、第3大隊は小物の浄化を! 第4第5大隊は女王の注意を逸らせ! 少しずつ攻撃を加え、弱らせてから仕留める!」
「はっ!」
エドワルドの命令に大隊長達はすぐさま応える。それぞれの部下に命令を伝え、速やかに行動へ移る。
「応援はまだか……」
見渡してみるが、視界が悪くて確認すらできない。エドワルドは諦めて自らも弓を手に取る。正直、基本的な鍛錬を始めたばかりで腕には未だ自身が無い。しかし、それでも今はしなければならなかった。
矢をつがえて放ち、女王の気をこちらに向ける。向こうも彼が指揮官だと認識した様で、執拗に狙ってくる。エドワルドは続けて矢を放ち、十分に引きつけたところでグランシアードの高度を上げる。飛び上がって掴みかかって来るが、強靭な飛竜の尾が鞭の様にしなり、その顔面に強烈な一撃を加える。
怒りを倍増させた女王は更にエドワルドを執拗に狙う。彼はグランシアードを巧みに操り、攻撃をうまく躱しながら小物の群れから引き離す。そこへ他の竜騎士達が攻撃を加え、少しずつ弱らせていく。
作戦が功を奏し、遂には女王の体が地面に倒れる。その頃には小物の浄化も済み、第2、第3大隊も加わって皆で女王に止めを刺した。
「何とか……なったな」
女王が塵となり、竜騎士達から歓声が上がる。エドワルドもほっと息を付き、交代で休憩をとる様に命じる。女王を倒したが、まだ巣を除去する仕事が残っていた。これだけ広いと人手が必要なので、物資と共に援軍が着くのを待つ事にする。
「!」
最初に気付いたのは飛竜達だった。霧と闇の向こうからとてつもなくまがまがしい気配が漂って来る。一様に警戒態勢に入り、竜騎士達にも緊張が走る。
「全員騎乗!」
エドワルドがすかさず命じる。とたんに森からあの
「もう1頭いたのか……」
その気配は間違いなく先ほどの女王を上回る。世代交代が間近だったのか、複数の巣が大きくなる過程でくっついたのか、非常に稀な事だがこの巣には複数の女王がいる事になる。
エドワルドは内心焦っていた。先程の女王との戦いで竜騎士達は既に疲れ切っている。特に第2、第3大隊の消耗は激しく、これ以上の戦闘は命にかかわるだろう。
「どうするか……」
迷ってもここで引く訳にはいかない。第2、第3大隊は後方支援に回し、残る2つの大隊で戦うしかない。エドワルドが覚悟を決めた時、再び女王の咆哮が轟く。彼は手にした長槍を握り直した。
「来るぞ! 距離を保つのを忘れるな!」
ギャッギャッギャッ!
ようやく女王の姿が視界に入った。現れたヒヒの女王に竜騎士達が次々に矢を射かけるが、それらは殆どが振り払われた。その間にエドワルドと他数名の竜騎士が背後に回り込んで女王の背中に気の力を込めた長槍を突き刺す。
ギャァァァァ!
傷を負って怒り狂った女王はその場で無茶苦茶に暴れはじめる。ちょうどエドワルド等を真似て槍を突き刺そうとしていた小隊が乗っていた飛竜ごと吹っ飛ばされた。うまく受け身を取ったようだが、それでも相当なダメージを受けた筈だ。彼等に下がる様に命じ、もう一度攻撃を仕掛けようとするが、女王は巣の方に戻ろうとしている。
「逃がすな!」
疲れた体に鞭打って、動ける竜騎士達は皆追いかける。だが、女王の前に、孵ったばかりらしい小柄な妖魔の群れが立ちはだかる。
「く……」
このままだと逃げられてしまう。矢をつがえながら内心焦っていると、反対方向から女王と妖魔の群れに雨が矢の様に降ってくる。
「遅参して申し訳ありません!」
エドワルドの元に駆けつけたのはワールウェイド領の竜騎士を束ねるエルフレートと第6騎士団の団長だった。
「良く来てくれた。こちらは消耗が激しい、任せていいか?」
「勿論です」
2人は快諾し、すぐにそれぞれの部下と合流する。エドワルドは第4、第5大隊を下がらせ、後方に控える様に命じた。まだ、討伐は終わっていない。彼等も飛竜からは降りずに万が一に備えて待機する。
よく見ると、エルフレートの傘下にいるのはワールウェイド領の竜騎士だけでは無かった。近隣の領主の元にいる竜騎士も混ざっており、彼は彼らを纏めて連れて来たのだろう。その為に少し時間がかかったのかもしれない。
その後は続々と騎馬兵団も到着した。女王と妖魔をエルフレート等に任せ、エドワルドは騎馬兵団の統率に専念する。比較的消耗の少ない第1騎士団の竜騎士達と合わせて一部は小物の浄化の手助けに向かわせ、別の隊には巣の掃討の下準備を始めさせる。負傷した竜騎士は手当てを受けさせ、疲弊した竜騎士達には交代で休息をとる様に通達した。
やがて大きな地響きとともに女王が地面に倒れた。そして最後に竜騎士達が力を合わせて止めを刺し、女王は霧散した。
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