146 彼等の絆3

 アスターも続いて部屋を出ようとしたところをエドワルドが呼び止めた。

「ちょっと話がある」

「はい」

 エドワルドに呼び止められることは珍しいことでは無い。他の重鎮達が席を外し、控えていた侍官達も下がる様に命じられて執務室には2人だけになる。人払いが済むと、エドワルドは執務机の引き出しから一通の書簡を取りだした。

「お前にだけに知らせておく」

 エドワルドが取りだしたのは、極秘扱いで送られてきたヒースからの報告書だった。ロイスが死に至った詳細な報告にアスターはただ絶句するしかない。

「これは……許される事ではありません」

 グスタフの専横をタランテラでも許してしまっていたが、ベルクの所業は彼とは比べ物にならない程悪辣だった。手紙を持つ手が怒りで震える。

「欲に囚われると、こんな事も躊躇ちゅうちょなくできてしまうものなのだな」

 やりきれない思いはエドワルドも同じだが、逆にそこまで妄執するベルクに憐れみすら感じていた。

「彼等は……里の竜騎士達は以前から調査していたのでしょうか?」

「そうとは思えない。この政変がきっかけで彼等がこちらに来るようになったのは確かだろう」

「例の盗賊ですか?」

「それもきっかけの一つだろう。それだけならこちらがどんな状況だろうとこちらに押し付けて戻れば済む話だ。あちらもわざわざ討伐期に貴重な人員をこちらに残す真似はしない」

「……確かに」

 エドワルドの指摘にアスターは考え込む。

「これはあくまで憶測で何の根拠もない。むしろ、願望かもしれないから聞き流して欲しい。多分、多分だ」

 いつになく長い前置きに、エドワルドの自信の無さがうかがえる。アスターは黙ってそんな上司の言葉の続きを待った。

「フロリエとコリンが……彼等の元にいるのではないかと……。彼女達が神殿に窮状を訴え、それを調査したついでなのではないかと思うのだ。都合のいい願望だとは思う。だが、いくらティムが野営になれていようとも、彼女達を連れてタルカナまで行くのはさすがに無理がある様に思う。都合のいい解釈だが、タルカナに向かう途中で彼等に会ったのではないかと推測している」

 エドワルドの推測にアスターは考え込む。

「笑ってくれていいぞ」

 考え込んだまま反応のない副官に少し自棄になって声をかけると、アスターは首を振る。

「笑いません。そう思える根拠もあると思います」

「そう……思うか?」

「はい。先ずはまだ殿下が捕らわれておられた時に行われた大々的な盗賊探索。あのタイミングで行われたおかげで、ヒースは多くの騎馬兵をフォルビアに送り込むことが出来たから救出作戦が成功したと言っていました。そして先日の傭兵団の一件。あの、迅速な対応と破格な待遇。やはり、陰で何かが働いていたとしか言いようがないです。

 それらがフロリエ様の懇願に神殿側が応えてくれたものであるならば、納得できるのも確かです」

 アスターの返答にエドワルドは大きく息を吐いた。

「お前がそういってくれると、自信を持てる」

「大神殿の神官長のお話では、礎の里も一枚岩ではないと伺っております。確かにベルク準賢者が属する派閥は大きいですが、それに反発する勢力も確かに存在します。だからこそ、表だって動けないのではないかと思います」

「そうなると……全てが終わってからだな」

 冬が過ぎ、不条理な審理が済んで忌々しいラグラスを捕える……今のがんじがらめの状態では、エドワルドは何も出来ないのだ。

「ラグラスにもベルクにもこの国をこれ以上好き勝手にさせない。全てを終えて平和を取り戻せば、きっと彼女達は帰って来る。そう信じている」

 エドワルドの手の中には2人の髪で作ったお守りが握りしめられている。アスターも上司の言葉に頷く。

「微力ながら、お力添えをさせて下さい」

「微力では困るな」

 少し意地悪い視線をアスターに向けると、彼は目を見張って言い直す。

「では、全力で」

「半分でいい。残りはあの子の為に使ってやれ」

 誰の事か指摘されるまでも無い。マリーリアの事だ。それに気づき、少しだけアスターは狼狽うろたえる。

「忙しいのに、付き合わせてすまない。先程の話はすまないがもうしばらく公表はしないで欲しい」

「分かっております。では、私はこれで」

 エドワルドも不安のだ。だが、それを今は表に出せない。抱え込んだ不安をアスターに打ち明けた事で、己の心の整理をつけたかったのだろう。他でもない、自分を選んでくれた事に少しだけ誇らしい気持ちになり、アスターはエドワルドの私室を後にした。


 ドォーン!


 西棟に向かう途中で妖魔の襲撃を知らせる太鼓の音が鳴る。アスターは急いで自分の執務室へと戻って行った。




 今回出現したのはヒヒ型の妖魔で紫尾程強くは無いが毒を持つ。中規模の群れだが、アスターは用心の為に第2と第3大隊の出撃を命じ、自らファルクレインに跨り指揮を執った。場所は皇都の南西。最近、特に妖魔が出没する地域で、もしかしたら近隣に巣があるのではないかと言われている地域だった。

 突出したがる小隊長を大隊長と連携して抑え、数の優位を利用して思ったよりも早く討伐は完了する。しかし、いつも以上に神経を尖らせたためか、眼帯で隠してある左目の奥に鈍い痛みを感じる。被害の実態の調査を命じ、そしてなかなか言う事を聞かない小隊長達に注意を与えていると、その痛みは徐々にひどくなってくる。

「アスター卿」

「……何だ?」

 痛みを堪えながら被害状況の報告を受けていると、2人の大隊長が少しだけ遠慮がちに提案してくる。

「残りの事後処理は我々第2大隊が引き受けます」

「我ら第3大隊はもう少しこの辺りを偵察しようと思いますが、ご許可を頂けますか?」

「……許可する。但し、怪我人は私と共に帰還するように」

「分かりました」

 時折起こるアスターの不調を彼等は知っていた。その為、彼等はこうして気をきかせてくれるのだ。

 アスターの命令通り、怪我人のいる小隊が集まる。帰還する人数を確認し、アスターは相棒の背に跨った。

 本宮に帰還するまでそれ程時間はかからないのだが、今のアスターには随分と長く感じた。やっと本宮にたどり着いたが、周囲に心配かけない為にもいつも通り相棒を労って係員に預け、いつも通り部下に指示を与え、いつも通りに帰還の旨を上司であるブロワディに報告しに行く。

 歩く毎にズクンズクンと痛みが襲う。いつになく激しい頭痛は気を抜けばその場に倒れ込みそうだった。それでもわずかに顔を顰める程度で堪え、いつも通りに帰還の報告をする。

「第2大隊も事後処理が終わり次第、第3大隊は付近を偵察してから帰還します」

「お疲れ様です」

「また、あの付近か。やはり巣がありそうだな」

 ブロワディの執務室には何故かエドワルドがいた。机には地図が広げられ、2人でそれを覗き込んでいたのだ。どうやら執務の合間にグランシアードの様子を見に来て、西棟に来たついでにブロワディの執務室に寄って仕事の話をしていたらしい。

「可能性はあります」

 アスターは痛む頭をさりげなく押さえつつ、エドワルドに同意する。

「今日、第3大隊が何も見つけられなかったら、改めて近隣を探索させた方が良さそうだ」

「そうですね」

 あの辺りはワールウェイド領との境界にかけて、妖魔が巣を作るには絶好の大きな森林が点在している。街道からは大きく外れ、滅多に人が近寄らない場所でもあるので、巣があっても気付きにくいのだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



前年の冬は恋人がおらず手作りの防寒具を貰う事が出来なかったアスター。今年こそはと思ったが、マリーリアは編み物が大の苦手……。

但し、裁縫は出来るので眼帯をいくつも作ってもらっているらしい。

普段用、討伐用、正装用。

特に普段用は生地や色を変えていくつもあり、その日の気分で使い分けている。

ちなみに、最初にもらった眼帯は宝物で大事にしまっているらしい。




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