79 想いは1つ4

 フォルビア正神殿に着いたウォルフは、神官長を始め、神殿関係者が勢ぞろいして仰々しく出迎えられて実に気分が良かった。形通りにグロリアの霊廟に花を供えて役目を終えると、神官長に「お疲れでしょうからこちらでご休憩なさって下さい」と言われれば何の疑問も抱かずにそれに応じた。

 広々とした応接間は最も高貴な客を迎える為の部屋で、お茶も茶菓子も最上級の物を用意されていた。しばらくの間神官長が応対してくれていたが、若い神官が彼に何かを伝えに来ると、用事が出来たと彼は席を外した。

 広い部屋に1人でいるとなんだか落ち着かないが、自分は国主代行ゲオルグの補佐官である。堂々としていればいいと自分に言い聞かせながら、冷めたお茶を飲み干した。


トントン……。


 神官長がなかなか戻ってこないので、そろそろお暇しようと思った所で扉が叩かれる。鷹揚に返事をすると、神殿の警備兵らしい男が2人と、フードを目深にかぶった若い女神官がお茶を持って現れる。

「失礼いたします」

 静々と入室した女神官はウォルフに一礼すると手にしたお盆をテーブルに置く。兵士の1人は扉の前に立ち、もう1人は女神官の隣に立った。

「随分と偉くなったな、ウォルフ」

「な……」

 目の前にいるのがユリウスだと気付き、ウォルフの目が大きく見開かれる。更には女神官がフードを外し、類まれなるプラチナブロンドの輝きがさらされると、腰が抜けたようにソファから転げ落ちる、

「な、何故、アルメリア様が……」

 ゲオルグとの婚礼の為に神殿に籠っているはずのアルメリアが目の前に現れ、ウォルフは言葉が続かない。その間にアルメリアはウォルフの向かいに座り、彼女を守る様にユリウスがその後ろに立つ。

「お母様とお祖父様が手配して下さったおかげで逃げる事が出来ました」

「に、逃げるって……何故?」

 アルメリアはその問いには答えず、狼狽ろうばいするウォルフの目をじっと見つめる。耐え切れずに目を逸らすと、徐にユリウスが声をかける。

「ウォルフ、君の手が借りたい」

「何を……」

「エドワルド殿下がラグラスによって囚われている。フォルビア城内にある北の塔の地下室だ。救い出すのに力を貸してほしい」

 エドワルドは死んだと思い込んでいるウォルフには彼が何を言っているのか理解できなかった。その言葉の意味を理解するのにしばらく時間がかかる。

「あの方は……財産目当てだった奥方に毒を盛られて亡くなられたと……」

「デタラメだ。フロリエ様はそんな事はなさらない」

 扉の前に立っている兵士が横から口を挟み、驚いてその顔を見たウォルフは更に驚愕する。本宮の地下牢に囚われているはずの人間だからだ。

「何故、ルーク卿が……」

「俺の事はどうでもいい。一刻を争うんだ。あの方を助け出す手伝いをしてほしい」

「……宰相閣下はそう仰せになったんだ。ラグラス様が嘘をついていると?」

「ああ」

「そんな……馬鹿な……」

「本当だ。我々は先日、リューグナーの身柄を確保した。皇都でフロリエ様を貶める噂を故意に流し、更には囚われたエドワルド殿下の治療をしたと証言した」

「……」

「北の塔の地下室に軟禁されているらしいが、俺達では近づけない。あの方を救出するには君の協力が必要なんだ」

 ウォルフは混乱して言葉に詰まる。それに追い打ちをかけるようにユリウスが言葉を添える。

「おそらくワールウェイド公も関わっている。ラグラス1人ではあの方を出し抜く事なんて出来なかっただろう」

「嘘だ……」

 自分を重用してくれたグスタフを尊敬し、信じているウォルフには信じられなかった。

「ワールウェイド公はラグラスに自分が雇った傭兵を貸している。ラグラスはその兵で神殿からお館に戻る途中のご一家を襲わせた。それだけじゃない。退路を断つ目的で小さな漁村も壊滅させている」

「いや、でも……」

「あのワールウェイド公が何の目的で使われるか分からずにわざわざ雇った傭兵を貸す事は無いだろう。それどころかワールウェイド公の方から持ちかけた可能性もある」

「ユリウス、いくらお前でも言っていいことと悪い事があるぞ。私を重用してくれた恩人をそこまで言う資格がお前にあるのか? そんなに竜騎士はえらいのかよ! それとも、そんなに私が出世したのがねたましいのか?」

 ウォルフは立ち上がると、ユリウスに詰め寄る。そんな幼馴染の態度に彼はため息をつく。

「お前こそ目を覚ませ。彼は自分に都合のいい政治を行っているだけだ」

「そんな事は無い!」

 激昂するウォルフをアルメリアが制して落ち着かせる。そして彼を向かいの席に座らせると、静かに問いかける。

「あなたが仕えているのはタランテラ皇国ですか? それともグスタフ個人にですか?」

「え……私はもちろん国に……」

 ウォルフは戸惑いながら答えるが、アルメリアは悲しげに目を伏せる。

「今、国政には皇家の意向は一切反映されていません」

「そ……そんな事は……」

「本当です。ユリウス様との婚約解消もゲオルグとの婚姻もワールウェイド公から一方的に告げられました。彼に反対する勢力の動きを封じる為です。暗に祖父と母の命を握っている事をほのめかされれば、私は拒否する事もできませんでした。

 更には人事も法令も自分の都合のいいように変えています。あなたは頻繁に法令が書き換えられている事に疑問を抱かなかったのですか?」

 アルメリアの指摘にウォルフはすぐに答えられなかった。確かに法令の改正が頻繁に行われていて、彼自身もその書類の整理に携わっているのは確かだ。しかし、一呼吸おいてグスタフとのやり取りを思い出すと、アルメリアの指摘に反論する。

「いや、あの方はいい国にしようと改革なさっているだけだ。その過程でどうしても人事も法の改正も必要だから行われているに過ぎない」

「本当にそれだけでしょうか?」

「当然です。ユリウス、お前、アルメリア様に何て事を吹き込んでいるんだ? 自分から婚約を解消しておいて、姫様の相手がゲオルグ様になったのがそんなに気に入らないのか?」

 頭に血が上ったウォルフはユリウスを睨みつけるが、彼は冷静に応える。

「私から婚約の解消を申し出てはいない。ハルベルト殿下の護衛の指揮官が兄上だったと言うだけで、一方的に婚約破棄を宣告されたんだ」

「嘘だ!」

「少し頭を冷やせ」

 再び立ち上がりかけたウォルフをユリウスは強引に座らせる。アルメリアはすっかり冷めてしまったお茶を入れ替え、彼に一息つく様に促した。

「宰相閣下は素晴らしい方だ。竜騎士の資質を持つ者ばかりに偏りすぎる今の制度を改革なさろうとしているんだ。ユリウスは今までの身分を失うのが怖いんだろう? そうだよな、私に負けるのが悔しいんだ」

 ブツブツと呟くウォルフにユリウスもアルメリアもため息をついた。逆に彼のその態度に怒りを表したのはルークだった。一気に間を詰めると、彼の胸ぐらをつかみ上げる。

「さっきから聞いていれば自分勝手な事を……。今の立場を失うのが怖いのはお前の方だろう!」

「ら、乱暴だなお前は……。これだから平民は……」

「だからどうした? 敬称が許される身分に必死にすがりついている貴様の方がよっぽど無様だぞ!」

「な……無礼な!」

「自分を認めてくれたのがワールウェイド公だけだって言うが、じゃあ、今まで他の人間に自分を認めさせるような努力をしたのか? 敬称のある身分にただ胡坐あぐらをかいていたって誰も認めてはくれないぞ」

 ルークの剣幕にウォルフだけでなくユリウスもアルメリアも呆気にとられる。

「資質が有ろうと無かろうと、周囲に認められている人は皆、何かしらの努力をしている。殿下やアスター卿だって執務の合間に自己鍛錬を惜しまれなかった。ユリウスやアルメリア姫だってそうだ。だから彼等の元には人が集まるんだ。これは口に出して言う事じゃない。だから上辺しか見ようとしないお前には分からないんだ!」

 一気に言い放つと、ルークはウォルフの胸ぐらをつかんでいた手を乱暴に話す。彼はその場に尻餅をついて座り込み、ルークはもう興味が無いといった様子で元の扉の前に戻った。


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