77 想いは1つ2

「祈りをささげる神殿を皇都の大神殿ではなく、霊廟神殿となったのもお母様が交渉してくださったからなのですか?」

 監視下にあっては母親との会話もままならず、最後にもらった手紙にも逃げ出す手順と指示しか書かれていなかった。アルメリアは母親のこの尽力に胸が熱くなる。

「左様でございます。ワールウェイド公も皇都の外に出すのを渋っていたようですが、自分達に有利な状況なのに安心したのでしょう。一つくらいは皇家の希望を聞いてもいいだろうと判断したようです。

 フォルビア正神殿のロイス神官長が、真実を記した親書を大神殿に送られたことでご協力いただけたのも大きかったようです。かの神殿の神官長も快くご協力して下さりました」

 おそらくこの交渉も並大抵のものでは無かったのだろう。それをおくびにも出さずにさらりと報告するブランドル公にアルメリアは感謝した。

「皇女様は急病のため、かの神殿で静養中となっております。当面はそれで脱出された事実をごまかせるでしょう」

「ですが……ドロテーアと兵士達は私が自由となった事を知っているはず……」

 アルメリアはドロテーアが自分達にではなく、あくまでグスタフに忠実な事を身を以て知っていた。彼女から受けた心無い言葉と仕打ちの数々を思い出し、思わず身震いをする。それを机の下で手を握ってくれているユリウスが力づけた。

「既に拘束する手筈を整えております。ご心配なく」

「そうですか……」

 ユリウスの返答にアルメリアは少しほっとする。もし、自分が逃げた事が分かれば、グスタフは彼女の母親に危害を加える事に躊躇ちゅうちょしないだろう。もしかしたら祖父にも……そう思うとここにこうしている事の方が罪に思えてしまうのだ。

「とにかく、フォルビアへ視察に行ったゲオルグ殿下が戻ってきたら、ワールウェイド公は何が何でも国主選定会議を開こうとするだろう。それだけは全力で阻止するつもりだ」

「左様。出来るだけ時間稼ぎをするつもりだ。一刻も早くエドワルド殿下の救出を……といいたいのだが、フォルビアの状況はどうなっているのか、改めて教えて頂けるだろうか、ルーク卿」

 ブランドル公の言葉にオスカーが同意し、末席に陣取っていたルークに一同の注目が集まる。今まで黙って話を聞いていたルークは居住まいを正すと、フォルビアの状況を簡潔に説明する。

「叔父上が生きておられるのは本当なのですね?」

「はい。つい先日、リューグナーを捕えました。彼はラグラスに囚われた殿下の治療をしたと証言しております」

 ルークは捕えたリューグナーを尋問した内容に加え、エヴィルから帰還したエルフレートの証言と盗賊捜索を理由にフォルビア南部へ兵を集結させている事を報告する。

 一同はエドワルドがまだ生きているという事実に色めき立ち、更にはフロリエもコリンシアもまだ生きている可能性が有ることに安堵する。

 一方で息子の帰還にブランドル公は少し複雑な表情を浮かべている。エルフレートの帰還は嬉しいはずだ。だが、ハルベルトを筆頭に多くの同胞を失った事実に喜びを表に出すのは躊躇ためらわれたのだろう。

「ラグラスは5日後にゲオルグ殿下を招いて認証式を行い、大々的な宴を開く予定です。エドワルド殿下が捕らわれているという具体的な場所も判明いたしましたので、その日を狙って城に潜入し、救出する計画です。2日後には具体的な打ち合わせを西砦で開く予定です」

 皇都にも新しく判明した事実を早く伝えようと、ヒースの頼みでルークがエアリアルを駆ってこちらまでやってきたのは4日前。この砦に着いた時にちょうどアルメリア救出作戦の会議中だったので、ルークも助力を申し出たのだ。

 あの森の中に張り巡らされた罠は、野外活動に手慣れたルークが監修していた。行きだけでなく、帰り道にも地味に体力を消耗する仕掛けが施されており、足止め以上の効果はあるはずだ。

「そうですか。それでこちらに……。本当に感謝します」

「いえ……当然の事です」

 アルメリアが謝意を示すと、ルークは淡々と答える。

「リューグナーが母に使用した薬物と海賊共が使用した薬は同じものなのでしょうか?」

 オスカーが呟く。それはこの場に集まった人達のみならず、ロベリアの竜騎士達の疑惑でもあった。

「この件でリューグナーを随分問い詰めたのですが、海賊達への関与までは分からない様です。奴をかくまった黒服の男達が怪しいのですが、はっきりとした繋がりを断定できるまでの情報は得られていません」

「そうですか……」

 オスカーは落胆して項垂れる。ソフィアはリューグナーが偽名を使い、精神安定剤と偽って思考を鈍らせる薬を使われていた。なかなか会ってくれようとはしない母親に不審を抱き、彼は父親の了承を得て彼女がこもる部屋へ力ずくで押し入ったのだ。

 ソフィアはオスカーの事もわからず、薬の禁断症状による幻覚で意味不明な言葉を口走っていた。早急に信頼できる医者を呼び、適切な治療を受けたおかげですぐに正気を取り戻した。使用した期間が短く、量もそれほど多く使用していなかったのでこの程度で済んだのだろう。エルフレートほど酷くはないが、それでも未だに眩暈めまい等の後遺症に苦しめられている。

「リューグナーへの尋問はまだ続けられております。新しい情報があれば追って報告させていただきます」

 現時点で分かっているのはここまでだ。ルークはそう言って報告を締めくくった。後はグスタフの主張を怪しみながらも、権力に逆らえずにいる地方の様子が各地に左遷された竜騎士から報告される。

 グスタフやゲオルグに忠誠を誓っているのは一握りにすぎない。エドワルドを救出……いや、現状でもアルメリアが真実を明かせば、情勢は大きく変わってくるにちがいない。

 粗方の報告が終わり、アルメリアは最後に何かの書状を取り出した。

「これは、祖父の書状です。ゲオルグに与えている国主代行の任を解き、叔父上が存命なら叔父上に、そうで無ければ私にその任を与えると書かれています」

 アルメリアは書状を広げて一同に公開する。それは弱弱しいながらもアロン直筆のサインがあり、公式の文書として効力のある書状だった。

 持ち出すのが不可能だと思われたそれをセシーリアは国主付きの女官から預かり、ハルベルトの遺品である竜騎士正装の上着の裏地の中に縫い込んで隠していた。本宮出立の直前に立ち寄ったアロンの部屋で読んだ手紙にそのことが記されており、先ほど部屋でくつろいでいる間に取り出していたのだった。

「どうか、これが叔父上の手に届く様にご助力ください」

 アルメリアが頭を下げると、その場に集まった全員が力強くそれに応じたのだった。


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