71 フォルビアの暴君5

 深夜、ロベリアの騎士団長執務室でヒースが書類と格闘していると、密やかな合図の後に壁の一部が開いて顔を隠したルークが入ってきた。総督府の外へ繋がるこの隠し通路は、息抜きしたい時に便利だぞと、前任者から教えてもらったものだ。今現在はグスタフに通じ、総督府を我が物顔で闊歩しているトロストの目を盗んで新たな情報を届ける為に利用されていた。

「どうした?」

「リューグナーを捕らえました」

「本当か?」

 ルークは頷くと、ディアナ親子を保護した経緯と合わせ、リューグナーから聞きだした情報を報告する。

「あのバカが来るのは墓参りだけかと思ったら、認証式と婚礼に参列するためだったのか」

 リューグナーが白状した内情は思った以上に役に立った。10日後にゲオルグが来る予定になっているのは知っていたが、彼がフォルビアに滞在中にラグラスの大公位の認証式とマリーリアとの婚礼を同時に行うのは初耳だった。認証式はともかく婚礼は神殿で行う。エドワルドが捕らえられている場所も判明したので、この時を狙って行動を起こす事も可能だ。

「隊長殿はこの日に行動してもいいのではないかと言っておられました」

「そうだな」

 ヒースはあごに手をあててしばし考え込む。そして考えがまとまったのか、顔を上げた。

「先日、トビアス神官が皇都の情報を持ち帰って下さった。あちらもいよいよ行動を開始するらしい」

「本当ですか?」

「お前、パルトラム砦まで行ってくれ。ついでに向こうを手伝い、結果を教えてくれ」

「はい」

 ルークを皇都方面へ向かわせるのは危険を伴うのだが、それでも今回のこの情報は貴重で緊急を要する。ヒースの要請に彼は躊躇いなく頷いた。

「手紙をすぐ書く。リーガスに報告したらすぐに向かってくれ」

「分かりました」

 ヒースは急いでリーガス宛とブランドル公宛の手紙を書き上げると、それをルークに託した。

「頼むぞ」

「はい」

 ルークはヒースから手紙を預かると、隠し通路へ戻っていった。

「よしっ」

 相手に綻びが生じ、状況が少しずつ好転してきた。ヒースは手ごたえを感じ、1人拳を握りしめた。




 前夜のリューグナー暗殺に続き、フォルビアの城は血生臭い夜を迎えていた。ラグラスを出し抜こうと、勝手にグスタフに近づこうとしたヘデラ夫妻とヘザーが捕らえられたのだ。

 縛り上げられた3人を目の前にして上機嫌なラグラスを尻目にダドリーは深くため息をついた。両親が何やら画策しているのは方々からの報告で知っていた。自分がラグラスの補佐をしているのだから、余計な事はしないでくれとほんの数日前に釘を刺しておいたのだが、それは徒労に終わってしまったようだ。

「がっはっはっはっ。俺様を出し抜こうなんて無理なんだよ」

 ラグラスが私室にしている部屋の前の廊下。先程まで夜伽に呼んだ女と床を共にしていた彼はガウンを羽織っただけの姿で余裕の表情で3人を見下ろしている。

 ヤーコブは抵抗したのか相当殴られたようで、顔は腫れてあちこちから血がにじんでいる。一応女性陣には手を上げなかったらしく、彼女達はかすり傷一つないが、ヘザーは川に落ちた服のまま着替えさせてもらっておらず、寒さでガタガタ震えている。

「ダドリー! 助けておくれ」

 母親のカトリーヌは息子の姿を目にすると、助けを求める。一方の父親は傷が痛むのか、観念したのか、息子を一瞥しただけで黙り込んだ。

「私はラグラス様の側近です。主の決定に従うのみです」

「お、親を見捨てるのか?」

「余計なことはするなと行ったはずです」

 なおも言い募ってくる母親からダドリーは視線を逸らした。

「姉の私は助けてくれるのじゃろう?」

 蒼白な顔でヘザーは弟のラグラスを見上げる。

「俺様を追い落とそうとしたあんたがそれを言う?」

 楽しげに3人を観察していたラグラスだったが、ふと、ある事に気付いてダドリーを呼ぶ。

「おい、女とガキはどうした?」

「ヘザー様とご一緒だったようですが、車の残骸と共に川に流された模様です。付近を捜索しておりますが、発見に至っておりません」

「ふん、放っておけ。どこでのたれ死のうがもう俺様には関係のない話だ」

「か……仮にもお前の子供じゃろうが……」

「はっ、俺様の子かどうかも怪しいのに、あのくそばばぁに無理やり認めさせられただけだ。手を煩わす必要もねぇ」

 縋ろうとするヘザーを足蹴にすると、ラグラスはダドリーに3人を連れて行く様身振りで命じる。

「ど、どうしようと言うのじゃ?」

「俺様の就任式と一連の行事が済むまで大人しくしてもらうだけだ。なぁに、ちょっとばかり隙間風が入り込んだり、ネズミがうろちょろしたりするが、個室を用意してやるよ」

「ね、ねずみ?」

 ネズミと聞いて女性陣は大いに狼狽える。そんな彼女達にもお構いなしに、ダドリーに命じられた兵士達は4人を引きずるようにしてその場から連れて行く。

「は、ははは……。これでようやく……。くっ、くくく……」

 自分の明るい未来を信じて疑わないラグラスは笑いが止まらなかった。




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次話は12時に更新します。


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