69 フォルビアの暴君3
助けた2人は親子だった。ディアナと名乗った女性はどうやら訳ありの様子で身寄りがない事と盗賊に襲われた事以外は自分達の事を話したがらない。ただ、オルティスはその名前に心当たりがあった。
「昔、ラグラスが認知した子供とその母親ではないかと……」
赤子を連れた女性が城へ押しかけてきたのをグロリアが知り、彼女が口添えした事でラグラスが不承不承認知したのはエドワルドがロベリア総督に就任して間もないころの事だった。オルティスはグロリアの命令でその場に立ち会った為にその名まで記憶していたのだ。
「状況から判断して、ヘデラ達に担ぎ出された……といった所か」
「その様ですね」
リーガスの呟きにキリアンも同意して頷く。
明け方に拠点へ戻ったキリアンとルークが一通りの報告を終えた後に仮眠をしようとしたところでディアナが目を覚ました。続けて子供も目を覚ましたので、ジーンが彼等に食事を用意し、話を聞き終えるまで待っていたら完全に日が昇っていた。結局仮眠する暇もなく、2人は朝食を摂りながらの情報交換に加わっていた。
「行く当てもなさそうだから、またロイス神官長に保護を頼むようになるわね」
「仕方ないな。だが、少しでも話をしてくれるといいのだが……」
ディアナを介抱したジーンも、濡れた服を着替えさせたキリアンも彼女の体の至る所に傷跡が有るのに気付いた。ラグラスの性癖を聞いたことがある2人は、オルティスの話を聞いて彼に付けられたものだと確信していた。
「恨んでいるのかしら? ラグラスの事を」
「可能性はあるだろう。金を貰ったとはいえ、子供が出来たのに捨てられたんだ。ヘデラ達の誘いに乗ったのも復讐出来ると踏んだんじゃないのかな」
「状況からすると、ヘデラ夫妻だけでなくヘザーも既に囚われている可能性は高いな。川に投げ出されたのは逆に運が良かったのかもしれない」
用意されていた食事も殆ど空になり、一同はオルティスが淹れたお茶を味わいながら飲む。ビルケ商会やジーンの実家を始めとするエドワルドと懇意にしていたロベリアの有力者数名から彼等は支援を受けているが、正直に言うと財政状況はあまり良くない。各竜騎士が自分の貯蓄を切り崩したりしているが、活動資金に提供したルークの実家から預かったお金もそろそろ底を尽きかけている。今の彼等にはオルティスが淹れたこのお茶が最高の贅沢となっていた。
「そうだな」
リーガスがふと視線を移すと、ルークが壁にもたれて眠っていた。実家で療養したものの、彼はまだ完全に復調してはいない。5日間、情報収集で出かけていた間も殆ど休まずにいたので、相当疲れているのだろう。
「おい、ルーク。奥で……」
キリアンが声をかけるが、完全に寝入っているようだ。オルティスがそっと彼に上掛けをかけてやる。
「仕方ない、ここで眠らせてやろう。キリアン、お前も休んでおけ」
「はい」
キリアンも一つ伸びをすると、席を立って寝室になっている奥の部屋へ向かう。彼等は明朝、フォルビアの街へ情報収集に出直す事になっていた。特にあの街では素性がばれないように神経を使うため、出来るだけ体を休めて疲れをとっておきたいところだ。
リーガスとハンスが音をたてないように静かに部屋を出て行くと、ジーンとオルティスは眠っているルークに気を遣いながら静かに空いた食器を片づけ始めた。
翌日の未明、キリアンとルークが出かけようとしたところでトーマスがエルフレートを伴い南部での盗賊探索の情報を持って来た。
「エルフレート卿!」
その姿を認めたリーガスが真っ先に駆け寄る。武術試合の決勝で戦い、お互いに認め合った仲だ。彼はエルフレートの帰還を第3騎士団の中で最も喜んでいた。
「リーガス卿」
「体の方は大丈夫か?」
「まだ完調には程遠いな。すまん。私が不甲斐ないばかりに……」
第3騎士団の苦労を聞き及んでいたエルフレートは頭を下げる。敵の姦計にはまり、ハルベルトを守りきれなかった悔しさは生涯拭い去ることは出来ないだろう。それでも今はその後悔に捕われている場合ではない。しなければならないことが山の様にある。互いにそれ以上は言わずに握手を交わした。
「そういえば、噂の助人は一緒じゃないのか?」
レイドの事である。傭兵出身のリーガスとしては気になる存在なのだろう。
「情報は早い方がいいだろうからと言って先に城下へ向かった。警備の配置を確認したらここにも顔を出すと言っていた」
「そうか」
「とりあえず神殿に届いていたビルケ商会からの荷物を持って来ました。先に降ろしましょう」
情報交換も気になるが、先に荷車から荷物を降ろしてからだ。いつまでも立ち話している場合ではないので、トーマスが横から口を挟んだ。
「そうだな。運び込んでしまおう」
出立を見合わせたルークとキリアンも手伝い、荷台に山の様に積まれた荷物を手分けして運んでいく。有り難いことにそのほとんどが食糧品で、これでまたしばらくこちらで活動していける。
「この箱、やけに重いな」
最後に大きな木箱が残っていた。ルークが持ちあげようとするが、案外重くて1人では持ち上げられない。そこでキリアンが手を貸して2人で持ち上げたのだが、箱の角が荷台にぶつかる。
「ぐつ……」
中かくぐもったうめき声が聞こえる。2人は顔を見合わせると、その場にそっと箱を降ろす。そして他の竜騎士達に声をかけ、集まってもらう。
「どうした?」
「中に人が」
ルークの端的な答えに竜騎士達の間に緊張が走る。一同が身構える中、ルークが用心しながら木箱の蓋を開けると、強い酒精が鼻孔をくすぐる。
「……」
中を確認したルークの動きが止まる。
「どうした?」
不審に思ったリーガスが箱に近づき中を覗き込む。彼の目に飛び込んで来たのは、酒瓶を大事そうに抱え込んだまま眠っているリューグナーだった。
「どうしますか? こいつ」
全員、木箱から転がし出してもまだ眠っているリューグナーを呆れる様に見下ろす。
「とりあえず起こすか」
「了解」
キリアンとルークは嬉々として桶に水を汲んで来た。
「おい、起きろ」
一応リーガスはリューグナーの体を揺すって起こしてみる。
「う……ん……酒、くれぇ……」
「甘えるな」
キリアンは冷たい答えと共に、桶いっぱいの水を容赦なくかける。ようやく酔いがさめたらしくリューグナーは飛び起きた。
「何しやがる!」
勢いよく体を起こすが、竜騎士達に囲まれているのに気付いて動きが固まる。
「目が覚めたか?」
「あ……な……に」
「まだちゃんと目が覚めていないみたいね」
リーガスの隣で腕組みしたジーンがルークに目配せをする。
「もう一杯かけましょうか?」
「やってくれ」
「了解」
リーガスの許可も得て、ルークは遠慮なく桶の水をリューグナーにかけた。
「うわっ」
季節は既に秋。水をかけられた彼はガタガタ震えているが、それは寒さから来るものだけでは無さそうだった。
「さて、目が覚めた様だから話を聞かせてもらおうか」
リーガスが意地の悪い笑みを浮かべると、リューグナーは一層顔をひきつらせた。
「ひぃぃぃぃ!」
余程やましいことが有るのだろう、リューグナーは情けない声を上げながら後ずさっていく。それを余裕の表情で竜騎士達はその間を詰めていく。
「何の騒ぎでしょう……」
そこへ女性用の部屋として割り当てられている建物の戸が開いてディアナが顔をのぞかせる。彼女は体格のいい男達が一人の男に詰め寄っている状況に驚くが、リューグナーの顔を見てハッとした表情となる。そして部屋に引き返すと、果物の皮をむくのに置いていた小ぶりなナイフを手に、リューグナーに斬りかかろうとする。
「殺してやる!」
「ひぃっ」
「止めろ!」
その行動にいち早く気付いたキリアンがディアナを押さえる。彼女は抵抗するが、ナイフは簡単に取りあげられてしまう。
「何か理由があるんだろうが、まだこいつから聞き出さなきゃならない事がある。死なせるわけにはいかないんだ」
「わぁぁぁ」
ディアナはその場で泣き崩れた。
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