61 一族を上げて5

 その時、ムクッとルルーが起きて頭を上げる。フレアも何かに気付いて窓の外に顔を向ける。

「フレア様、いかがいたしましたか?」

「この気配は、まさか……」

 フレアは少し驚いた様に体を起こそうとする。オリガはそんな様子の彼女をいぶかしみながらもあわてて彼女に手を貸し、その背中に枕を当てる。やがて外から複数の飛竜の羽ばたきと、ガヤガヤとにぎやかな話し声が聞こえてくる。

「うわー、飛竜がいっぱい来た」

 先ほどの窓辺へ走っていったコリンシアは外の光景を見て感嘆の声を上げる。続けてオリガも外を見ると、10頭余りの飛竜が村の外でくつろいでいるのが見える。その他にも3頭の飛竜が離れの向こう側に降りている。これだけの数の飛竜を見たのはいつ以来だろうか、ふと、恋人のルークを思い出して涙があふれてくる。

「オリガ?」

 それに気づいたコリンシアが心配げに彼女を見上げる。

「だ、大丈夫です、姫様」

 声を詰まらせながら、彼女はコリンシアを抱きしめた。小さな姫君は父親の安否すらわからない状態で会えない寂しさをこらえているのだ。自分がくじけていてはいけない。彼女は泣きたいのをグッと堪えた。

 そこへ扉を叩く音がする。オリガは涙を拭いて立ち上がり、戸口に近づきそっと扉を開ける。そこにはマルトがきれいな女性を伴って立っていた。

「はい」

「フレア様、アリシア様がお見えでございます」

 オリガは慎み深く頭を下げると脇に下がり、2人を中に通す。マルトはオリガが涙を流した様子に気づいたが、すぐには何も言わずに客を室内へ案内する。

「フレア」

「……お母様」

 アリシアが声をかけるとフレアは声がした方へ手を差し伸べる。彼女はその差し延ばされた手を握り、そっと寝台に横たわるフレアを抱きしめた。

「本当によかった……」

 養母の腕の中で思わずフレアも涙ぐむ。オリガは親子の再会を邪魔しない為に、部屋を退室しようと頭を下げた。

「ああ、ちょっと待ってちょうだい」

 すぐにアリシアは出て行こうとするオリガに気付き、呼び止めて彼女に近づいてくる

「あなたがオリガさんね。フレアの養母、アリシアです。アレスの話を聞いてあなたに会いたいと思っていたのよ」

 優しく微笑みかけてくるアリシアの姿を改めて見て、オリガはほう……と思わず嘆息する。ダークブロンドの長い髪をきっちりとまとめ、所属を示す記章は外されているものの、品のいい騎竜服をまとっている。見たところ30代でも通用するような外見をしているが、フレアの養母ならばもう少し年齢は上なのかもしれない。身のこなしも優雅で、フォルビアやロベリアで見かけたどの上流階級の女性達よりも洗練されている。ふと、エドワルドやグロリアが口にしていた言葉を思い出す。

『フロリエはきっと大公家に匹敵する上流の家庭で育ったに違いない』

 そんな事を思い出していると、アリシアにふんわりと抱きしめられた。

「本当に、娘を助けてくれてありがとう。何とお礼を言っていいか分からないわ」

「そ…そんなこと……」

 突然の事に動揺し、オリガはこらえていた涙があふれてきた。アリシアはそんな彼女を優しく包み込むように抱きしめる。

「誰が何と言おうとも、決してあなた方を悪いようにはしないから。これだけは約束させてちょうだい。だけど、今は少しだけ待っていてほしいの。焦る気持ちはあると思うけど、時期が来るまで……」

「…ヒック……」

 いつの間にかオリガはアリシアの胸で泣きじゃくっていた。辛かった逃避行や恋人のルーク、親しくしていた人達を思い出し、責任感だけで堪えていた涙がとめどなくあふれてくる。

「オリガ、泣いている……」

 コリンシアがフレアの側に来て呟く。

「オリガはずっと我慢していたの。辛い旅の間も私達の為にずっと我慢していてくれたのよ」

 そっと娘の頭を撫でながらフレアは言い聞かせると、彼女はコクンと小さくうなずいた。小さな姫君にもオリガやティムがどれだけ自分達の為に働いてくれていたかはっきりと理解していたのだ。静かな部屋にオリガの嗚咽おえつが響いていた。





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