48 打開の糸口2

 鍛錬でかいた汗を流し、用意された朝食が済む頃に侍官がエルフレートを迎えに来た。案内されたのは国主の私的な来客に使われる応接間の1つ。半月前に現状の説明を受けた折に同じ部屋に通され、その後でブランカからそう教えてもらっていた。

「失礼いたします」

 部屋に入ると既に5人の人物が待っていた。前回にも顔を合わせたこの国の宰相とブランカの祖父である外相は右手に座り、手前の席にはブランカと初めて顔を合わせる若い竜騎士が座っていた。エルフレートは左手の席に座るように指示されるが、ふと正面に座る人物の顔を見て固まる。

「遅れて申し訳ありません、陛下」

 エヴィルの国主、その人だった。まさかこの場に出てくるとは思わず、恐れ多くて頭が下がる。

「気にせず楽にしなさい。体の方はどうかね?」

「おかげさまで鍛錬を再開できるほど回復いたしました。部下の事も合わせ、エヴィルの皆様には本当に感謝しております」

「そうか。だが、無理はいかんぞ」

「肝に銘じます」

 エルフレートは再度頭を下げると指定された席につく。そこでようやく同席している竜騎士を紹介してもらう。

「今回傭兵として雇った竜騎士のレイド卿だ」

 紹介された若い竜騎士はエルフレートに短く名乗ると頭を下げた。伝わってくる強い竜気からただの傭兵ではないと気付く。色々と聞きたい気もするが、大人しく宰相からの説明を待つ。

「先日、盗賊団を壊滅させたのだが、頭目を含む数名はまだ逃走中だ。北方へ逃げたとの情報があり、タルカナとタランテラへ注意をうながす使者を送ることにした。君は彼と共にその使者の護衛としてタランテラ入りしてもらうことになった」

「分かりました」

 エヴィル側の申し出に断る理由などない。エルフレートは感謝して頭を下げた。

「正直に言うと、タランテラへ向かわせた諜報員がまだ戻ってきておらず、かの国の詳しい状況は分かっていない。ただ、貴公が以前に言った通り、ロベリアならば大丈夫だろう」

「そうですね。駐留する第3騎士団の団長とは旧知の中です。彼ならば偽りの情報に惑わされることは無いですし、私の話にも耳を傾けて頂けると思います」

「貴公がそこまで言うのであれば、信じてもいいだろう」

 エヴィル側が納得してうなずいてくれたので、エルフレートは安堵する。ふと、ロベリアを出港したおりの光景を思い出す。港には多くの人が見送りに来てくれていた。エドワルドは一家でわざわざフォルビアから来てくれたのだ。仲睦まじい様子にハルベルトが弟をからかっていた。ふと脳裏をよぎった幸せな記憶に熱いものがこみ上げて来そうになるが、今はそんな感慨にふけっている場合ではない。

「出立は何時になりますか?」

「使者は先行していますので、できればすぐにでも」

 返答は今まで黙って話を聞いていたレイドがする。早い方がいいのは確かなので、エルフレートにも異存はない。

「分かりました。すぐに支度します」

 話はこれで終わりとなり、エルフレートはすぐに部屋に戻ると荷物をまとめた。もっとも、現在の所持品はエヴィル側が用意してくれた必要最低限の物しかない。荷物はすぐにまとまり、侍官の案内で城の着場に向かう。そこには既にレイドが彼の相棒と待っており、ブランカが見送りに来ていた。

「道中気をつけて」

「ありがとう、世話になった」

 エルフレートは恩人と握手を交わすと、レイドに促されてその後ろに乗せてもらう。そして感傷に浸る間もなく、世話になったエヴィルの王城を飛び立った。




 ヒースは机の上に重ねられた書類に囲まれてまたもや頭を抱えていた。新人を訓練するための演習を終え、今はロベリアの総督府に彼は戻ってきていた。ここでは皇都から執政官を拝命されたトロストが目を光らせている手前、あからさまな行動が出来ない。時期的にはまだ早いのだが、東と西の砦へ竜騎士を振り分け、地道に情報収集とフォルビアにラグラスが不利となる噂を流す程度の事しか出来ていなかった。

 しかしながら日々、彼の元に届く知らせは悪くなる一方で、有能な彼でも全てを投げ出したい衝動に駆られていた。一番の原因は先日彼の元に届いた親友の死だった。半ば諦めていたとはいえ、ルーク同様に心のどこかで彼の生存を願っていたのだが、それが全て打ち砕かれてしまった。ここまで状況が悪くなると、もはやどうでもいいとすら思ってしまう。

「団長、皇都から新たな知らせです」

 機嫌が悪い彼をおそれながら、今年ロベリアへ配属になったばかりの若い竜騎士が遠慮がちに声をかける。

 皇都にいる同志が飛竜を使わずにもたらしてくれる最新の情報は、最速でも数日かかってしまう。それでもその同志を経由してブランドル家とサントリナ家に連絡が取れるのがありがたかった。不機嫌ながらもヒースはびくびくしている竜騎士から知らせを受け取り、目を通し始める。

「……あのバカが来てもあの方は喜ばないだろうに……」

 皇都からもたらされたのは、来月早々に国主の名代でゲオルグがグロリアの墓参に来るというものだった。更にはワールウェイド公がアルメリアとユリウスの婚約を破棄したこと、ラグラスとマリーリアの婚約が発表されたことも書かれている。極めつけは、近々国主選定の会議も開かれるという。こうなればワールウェイドのゴリ押しでゲオルグが選ばれてしまうのは明白だった。

「悪くなる一方だな」

 婚約破棄はユリウスとアルメリアの2人が望んだ訳ではない事を知っているヒースはいたたまれない気持ちになる。更にはマリーリアの事も気がかりだった。口に出しては言ってなかったが、親友はどうやら彼女の事を憎からず思っていたようだ。彼女自身もそうだったらしく、この知らせを聞けば二重の悲しみに暮れている事だろう。どうにかしてやりたいところだが、今の彼にはその余裕が無かった。

「団長、お客様がお見えでございます」

 仕事が手に着かずに、積み上げられた書類をただ眺めていると、若い侍官が彼を呼びに来た。

「客? どなただ?」

「エヴィルから使者が来られ、騎士団を束ねられているお方にお会いしたいと仰せになっています」

「エヴィルから?」

 思わぬ客にヒースは首をかしげる。他国からの使者を待たせるわけにもいかず、彼はすぐに机の上の書類を片付けると、立ち上がって衣服を整える。

「分かった、お会いしよう」

 侍官の案内で客間に行くと、使者らしい中年の文官と護衛2人が待っていた。使者は椅子に座っていたが、帽子を目深にかぶった護衛はその背後に立って控えている。

「お待たせしました、ロベリア駐留の第3騎士団団長を務めております、ヒース・ディ・フロックスと申します」

 見知った気配を感じ取り、ヒースは護衛の1人に鋭い視線を向ける。そして勤めて丁寧に挨拶をすると、使者も立ち上がって頭を下げる。ヒースは改めて席を進め、お茶を用意した侍官が下がると口を開いた。

「早速本題に入らせていただきたいのですが、ロベリアにどういった御用でしょうか?」

 他国の使者であれば皇都へ向かうのが普通である。自分を指名して会いに来たという事は、使者の背後に控えている護衛も関係しているのだろうと見当を付け、単刀直入にヒースは話を切り出した。

「突然の訪問でお騒がせして申し訳ありません」

 使者は急な来訪の詫びを言い、回りくどい前置き無しで本題に入った。彼らの話ではエヴィルから逃れてきた盗賊がタルカナを経てタランテラへ入った可能性が有ると言う。手下の大半は捕えたものの、頭目と取り巻きに逃げられたので用心してほしいというものだった。

「本題はそれだけですか?」

 ジロリともう一度護衛に鋭い視線を向けると、観念したように1人がかぶっていた帽子を外した。彼は春まで共に第1騎士団で大隊長を務め、礎の里に向かったハルベルトと共に他界したと伝えられていたエルフレートだった。


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