33 後味の悪い1日2

 2人の懸念をよそに、大きなトラブルもなく試合は進行し、午前の試合は終了した。リーガスは順当に勝ち上がり、決勝で対峙するのは、ユリウスの兄で第1騎士団の第2隊長を務めているブランドル家の次男エルフレートだった。近衛の役割も果たしているので、第1騎士団の層が厚いのは当然かもしれない。

 一時休憩となり、貴賓席に隣接する広間では軽食がふるまわれている。集まった貴人達のもっぱらの話題は決勝に進んだどちらの竜騎士が勝つかだろう。彼らの予想では若干エルフレートが有利なようだ。

「お前は賭けているのか?」

「公にはできませんが」

 ハルベルトの問いにエドワルドは苦笑する。ふと広間の一角を見ると、護衛として広間の隅に立っているルークが人々に取り囲まれていた。昨夜の夜会で話題をさらった雷光の騎士に、取り入ろうとでもしているのかもしれない。彼は少々困った様な表情を浮かべている。

「すっかり人気者だな」

「今まで見向きもされなかったのにな……」

「彼が増長したらどうする?」

「ありえないな。……もし、それで他者を蔑にする輩に成り下がったら、切り捨てる。私の目の前から消えてもらう」

「厳しいな」

「当然だ」

 彼らの話内容を知らないルークは、年かさの貴族に差し出されたワインの杯を困った様に断っている。他にも数人、面白半分で彼に飲ませようとしている貴族の若者がいる。そろそろ止めた方がいいだろうかとエドワルドが思い始めたころ、ユリウスが間に割って入り、やんわりと彼らをたしなめた。彼の登場にルークは心底ほっとした表情を浮かべ、周囲の人だかりが無くなると、昨日のライバルに謝意を伝えている。

「いい若者ですね、彼は」

「ああ。だから安心して娘を託せる」

 エドワルドも少しほっとして会話を交わしている2人の若者の様子を眺める。きっと2人はいい友情を結べるに違いない。

 午後の試合開始を予告する鐘が鳴り、広間に集う人々も貴賓席のあるテラスへと移動を開始する。全員が着席した頃合いを見計らい、昨日同様に輿に乗って国主がアルメリアを伴ってテラスに姿を現す。ハルベルトとエドワルドが手を貸してアロンが席に着くまで、ずっと会場からは拍手が鳴り響いている。席に着いた国主が片手を上げ、再び鐘が鳴ると午後の試合が始まった。




 リーガスは控え室で鐘が鳴るのを聞いていた。決勝に備えて昼食をとるのは止め、1人瞑目して休憩時間を過ごした。もうすぐ自分の出番である。一つ深呼吸をして再び精神統一を図る。

「リーガス卿、出番です」

「わかった」

 リーガスはもう一度深呼吸をすると長剣を手に立ち上がる。控室の反対側でも同様に立ち上がった人物がいた。決勝の対戦相手となるエルフレートだろう。リーガス同様、竜騎士の修練着に胸当てをつけた彼は伸ばした金髪を皮ひもで束ねている。優しげな風貌をしているが、その内にある強い竜気をリーガスはすぐに読みとった。

「よろしく頼む」

「こちらこそ」

 広場へ通じる扉の前で2人は短く言葉を交わし、名前を読み上げられた順に表に出た。歓声が2人を包み込む中、彼らは広場の中央に進み出た。審判役はリーガスの記憶だと確か第2騎士団の団長補佐だったはずだ。公正を期すために、その試合に出る竜騎士とは異なる所属の審判役が選ばれる。アスターとヒースは審判の控え席でこの試合を観戦し、難しい判定の場合は他の待機中の審判を交えて意見を交換することになっている。

「決勝、初め!」

 2人が向かい合って礼をすると、審判から試合開始の声がかかる。2人が試合用の長剣を構えて対峙すると、場内は先ほどまでの歓声が嘘のように、しーんと静まり返った。


 ガキン!


 リーガスが仕掛けて刃が交差する。2人が繰り出す長剣が交わる音だけが辺りに響いていた。エドワルドだけでなく、貴賓席の一同も集まった民衆も固唾をのんで勝負の行方を見守る。


 ガチッ!


 やがてリーガスの手から長剣が弾き飛ばされ、喉元に剣を突き付けられていた。

「参った」

 リーガスは降参し、彼は負けを認めた。

「そこまで! 勝者、エルフレート卿」

 審判役の声と共に大きな歓声が沸き起こる。エルフレートがそれに応えて観客に片手を上げ、リーガスと握手を交わすと一層その歓声は大きくなった。




 正式な褒賞の授与は今夜行われる舞踏会の冒頭に行われるので、その場は簡単な式典が行われて上位5名に剣が交差する意匠があしらわれた記章が贈られた。そしてハルベルトが選手達にねぎらいの言葉をかけて、一応武術試合は終了する。この後は模範試合が予定されていた。

「エルフレート卿、試合したい相手はいるか?」

 これは武術試合の優勝者に尋ねるお決まりの文句だった。こういった場合、ここ何年かは指名される人物は決まっていた。

「エドワルド殿下、是非ともお手合わせ願いたい」

 エルフレートが貴賓席のエドワルドに向かって膝をつく。お決まりのパターンに指名されたエドワルドは苦笑する。現在、彼はタランテラで最強の竜騎士とうたわれている。対峙したいと思うのは当然かもしれない。

「やはり来たか……。わかった、お相手致そう」

 エドワルドは上着を脱ぎ、特設の階段を使って広場へと降りる。場内は歓声に沸き、エドワルドはそれに応えると試合用の長剣を受け取り、エルフレートと共に広場の中央に進み出る。審判役は決勝でもした第2騎士団の団長補佐が行い、2人は作法にのっとって礼をして長剣を構えた。




 結果的にエドワルドはリーガスを除く上位入賞者全員と刃を交えた。エルフレートに数合打ち合った後に剣を弾き飛ばして勝利した後、我も我もと名乗り出て来たのだ。しかも4位と5位の竜騎士は2人がかりだったにも関わらず、勝負はあっけなく終わり、エドワルドの強さが際立たせる結果となった。

「もういいだろうか?」

 審判役のベテラン竜騎士達も手を上げてきそうな雰囲気を察すると、エドワルドは早々に長剣を返して自分の席に戻ろうとする。

「お待ちください、叔父上。我々にもお相手願います」

 不意に声をかけられる。振り向くと、選手の控室に続く扉からゲオルグが取り巻きの若者2人を伴って現れた。

 その若者達にも見覚えがある。一昨日、マルクの酒屋でゲオルグと共に狼藉ろうぜきを働いた若者達だった。1人足りないのは骨折で加療中だからだろう。

「そなたたちは謹慎中だ。手合せを願える立場ではない」

 ハルベルトが貴賓席から立ち上がり、控える兵士たちに彼らを連れ出せと命じる。

「叔父上は黙ってください。お爺様、お願いでございます。エドワルド叔父と試合させて下さい」

「……」

 もちろん、国主にもゲオルグの狼藉は伝えられていた。アロンは考えこんですぐには答えを出そうとしない。

「時間の無駄だ。すぐに部屋に戻れ」

 エドワルドはそう言い捨てるとすたすたと自分の席に戻っていく。

「逃げるのですか、叔父上」

「話にならん」

「我々に負けるのが嫌なだけでしょう?」

 ゲオルグがエドワルドを挑発しているのは明らかだった。場内はざわつき、このまま終われば収拾がつかなくなるだろう。



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