31 飛竜レース6

「あの場であのような事を言う奴があるか? この愚か者が」

 まずはアスターに小突かれる。後ろでは仁王立ちしたリーガスがうなずき、ジーンは苦笑している。

 ぜいを凝らした晩餐が終わり、列席者は思い思いに宴を楽しんでいる。ルークは上司に呼び出され、先程の対応を責められていた。

「もっと怒っていいぞ。こいつはゴール直前に急降下してきた」

 エドワルドも腕を組んでルークを睨み付けている。上司に怒られ、ルークは小さくなっている。

「アレをしたのか? 無事にゴールできたから良かったものの、失敗したら大事だぞ」

「ですが……」

「なんだ?」

 ルークのささやかな反論に重なった上司の声は冷たい。

「もし、やらずにいたら一生の悔いが残りました」

 ルークは勇気を振り絞って反論し、顔を上げる。上司2人の顔を見ると、難しい表情をしている割に目は笑っている。

「ほぉ……」

「なるほどねぇ」

 なおも2人は腕組みをしてルークを見ている。

「叔父上、アスター卿」

 声をかけられて振り向くと、アルメリアが小さな花束を抱えたコリンシアを伴ってやってくる。2人のレディをユリウスがエスコートしていた。

「もう許して差し上げてくださいませ。ルーク卿のお祝いの席でございますから」

 エドワルドとアスターはため息をつくと、ゴツン、ゴツン、とそれぞれ1発ずつルークの頭に拳骨を入れる。

「仕方ない、今日はこれで許してやろう」

 エドワルドがそう締めくくると、ようやくルークも緊張を解いた。

「ルーク、おめでとう」

 コリンシアがルークに駆け寄って小さな花束を渡す。

「ありがとうございます、コリンシア姫」

 ようやく余裕ができた彼は、笑顔で小さな姫君から花束をもらう。

「また早い飛竜に乗せてね」

「ご要望とあれば、いつでもどうぞ」

「約束よ」

 コリンシアと目線を合わせるためにかがんでいたルークの頬に彼女は軽くキスをする。

「恐れ入ります、姫君」

 ルークは礼儀正しく頭を下げた。

 話が一段落した所でユリウスが前に進み出る。エドワルドに用があると思い込んだルークは立ち上がって一歩下がろうとするが、ユリウスはルークに用があるらしい。

「雷光の騎士殿、父と母が是非ご挨拶をしたいと申しております。ご予定が無ければお付き合いいただけますか?」

 ユリウスが丁寧に頭を下げる。ルークは先ほどの褒賞の授与式で、彼がブランドル家の子息であることを初めて知った。

「わ……私にですか?」

 大公家の当主が会いたがっていることを知り、ルークは狼狽うろたえる。そんな彼を優しい上司は肩を叩いて送り出す。

「行って来い。顔を売っておくのも悪いことではないぞ」

「は……はい」

 先ほどの失態もあるので彼はためらうが、アスターにもリーガスにも背中を押されて思わずよろめく。

仕方なくユリウスの後に続き、一際多くの人だかりができている一角に重い足を向ける。

「アルメリア、そなたはいいのか?」

 コリンシアと共に残った彼女にエドワルドは尋ねる。まだ成人していない彼女達があまり遅くまで居るのは良くないが、内々に決まった婚約者ともう少し一緒に居たいのではないかと気を使う。

「はい。ブランドル公夫妻には挨拶を済ませましたし、彼はルーク卿と話がしたいと言ってましたので、私はそろそろお暇します」

「そうか」

 ブランドル家の3兄弟の末っ子は、自分を負かした相手が気になるらしい。それ程懇意にしてはいないが、彼は相手の身分だけで判断する輩ではなさそうなので、目をかけている部下といい友人になれるだろうとエドワルドは思った。

「それでは、失礼いたします。行きましょう、コリン」

 アルメリアは優雅に頭を下げるが、コリンシアは不服そうに父親の上着を握りしめる。

「コリンも帰らなきゃダメなの?」

「ええ。あの小竜がお部屋で待っていますよ」

「…そうだった。じゃあ、帰る」

 晩餐会にあの小竜を連れて来る事が出来ないので、今は女官の1人に世話をまかせて部屋に残してきたのだ。それをコリンシアは思い出し、父親や彼の部下たちに「おやすみなさい」と言ってアルメリアに手を引かれて広間を出ていく。

 エドワルドはジーンに視線を移すと、彼女は心得たとばかりに2人の姫君に付き添い、当然のようにリーガスも後に続く。このような場所で皇家の姫君に手を出す不届き物はいないはずだが、念のためである。

「さて、私も用事を済ませておこうか」

 エドワルドは伸びをすると、給仕係からワインのグラスを受け取り一杯あおる。ちらりとルークの様子を見ると、たくさんの人に囲まれて次々とお酒を勧められている。国主が褒め称えた竜騎士に、皆、お近づきになりたいらしい。

「適当なところで助けてやってくれ」

 人がいいルークはなかなか相手に断わりを入れる事が出来ない。優秀な副官はそれを心得ているので静かに頭を下げた。

「どちらへ?」

「文句を言ってくる」

 エドワルドの視線の先には、数人の貴族と楽しそうに会話をしているソフィアの姿があった。それだけで彼には通じたようだ。

「かしこまりました」

 歩き始めた上司の後ろ姿にアスターは頭を下げた。




 華やかな宴もお開きとなり、酔い潰れる一歩手前のルークを宿舎に送り届けたアスターは自分に与えられた部屋でくつろいでいた。ルーク達一般の竜騎士の宿舎は数人での相部屋となっているが、アスターに用意された士官用の宿舎は個室となっている。礼装を解き、楽な衣服に着替えて良く冷えた果実水で酔いを醒ます。

 ルークには無茶をしたと怒ったが、アスターは内心彼の優勝をとても喜んでいた。「悔いを残したくなかった」と言う彼を褒めてやりたいとも思っていたが、やはり危険な行為だったのは明白なのであの場では叱らざるを得なかった。

 ほどほどに酔っていることもあって自然と鼻歌が出てくる。さて、寝ようかと思ったところで扉を叩く音がする。

「はい」

 出てみると、そこには礼装を解いていない彼の上司が立っていた。

「殿下?」

「アスター、泊めてくれ」

「はい?」

 切羽詰まった様子のエドワルドは返事を待たずに中に入り込むと、寝台に倒れこむ。

「仕方ないですねぇ」

 ここ2晩ほどエドワルドがろくに寝ていないのを聞いていたので、アスターは渋々寝台を明け渡すことにした。驚いたことにすでに彼は完全に寝入っている。アスターはため息をつくと、上司の上着と靴を脱がして夜具をかけた。そして自分は予備の夜具にくるまって長椅子に体を横たえた。


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