第1章 群青の騎士団と謎の佳人
1 不可解な遭難者1
雪をかぶった木々上に、傾きかけた日の光がキラキラと降り注いでいる。その森の上を5騎の飛竜が低空で飛んでいく。
群青に染め上げられた皮の胴着に金属製の胸当て、
特に先頭の一回り大きな飛竜を操る騎手は、他の4人よりも装具に美しい装飾が施され、外套にも毛皮や
「どうやら異常は無いようだな」
飛竜は首の付け根にある
「そのようですね。しかし、わざわざ総督閣下自らが偵察に出られなくてもよろしかったのではないですか?」
先頭の大きな飛竜のすぐ後ろに続く、緑がかった飛竜にまたがる騎手がすぐに応じる。身分が高い相手にもかかわらず、そういった意見をはっきりと言えるということは、総督とはかなり親しい間柄のようだ。
「そう言うな、アスター。珍しく晴れたのだ、いい気分転換になる」
春分が近いとはいえ、大陸の最北の国タランテラでは、この時期にこれほど穏やかに晴れる日は稀な事だった。
冬の妖魔討伐期もそろそろ終わりを迎えるが、地表にまとわりつくような霧が完全に晴れるまではまだまだ油断は出来ない。こういった視界のいい日に上空から偵察をし、妖魔の巣を見つける事ができれば、今季だけでなく来季の討伐が楽になるのは確かだった。
誰からともなく始めた偵察だが、総督閣下は執務の息抜きと称して無理やりついて来ていた。他の3人は既に何を言っても無駄だとあきらめているらしい。
「この先の湖から南に回って戻ろう」
総督の提案に他の4人も応じる。しかし、森林地帯を過ぎ、凍てついた湖まで来たところで和やかな雰囲気は一転する。
「この気配は…」
先に気付いたのは先頭の総督だった。すぐに他の4人も気付く。
「あそこです!」
一番若い騎手が霧に包まれた湖のほとりを指す。数頭の狼が今まさに人に襲いかかろうとしていた。それもただの狼ではない。飛竜に匹敵する大きさのそれは間違いなく妖魔の一種、青銅狼だった。
「アスター、ルーク、先に行け!」
総督の命令に2人はいち早く反応し、飛竜の速度をグンと上げると、真っ先に狼の群れに立ち向かっていく。その間に他の3人は、神殿で聖別された特殊な香油を塗り込めた矢を弓につがえ、突然現れた竜騎士に慌てふためく狼の群れに放つ。矢が刺さった狼は苦しそうにもがき始め、先行した2人が飛竜の背から長槍で止めをさすと、狼は炎に包まれ跡形もなく消え去った。竜騎士の力を込めた武器で倒されると、妖魔はこうして霧散するのだ。
「グランシアード、頼むぞ!」
総督は襲われかけていた人物と青銅狼達の間に飛竜を着地させると、長剣を手に地面に降り立つ。彼の言葉に飛竜は、心得たと言わんばかりに背後の人物を守るように身構える。こうしておけば、乱戦の最中に狼が襲ってきても、飛竜が背後の人物を守ってくれる。総督は抜身の長剣に力を込め、淡い燐光で包まれた刃をかざして狼に立ち向かった。
10頭にも満たない青銅狼は、5人の竜騎士にとってそれ程苦戦する相手ではなかった。狼達は瞬く間に数を減らしていき、矢を受けてもがいていた最後の1頭を総督が自ら止めを刺して浄化した。
「もう大丈夫だ」
総督は長剣を鞘に納め、飛竜が背後にかくまうようにして守っていた人物に近寄る。大木を背に、何かを腕に抱えて立ち
ここは第一種警戒区域に定められ、妖魔が現れる期間は一般人の立ち入りを禁止されている区域だった。しかもこの辺りには村も無く、夏場に放牧地として利用される地域。
その為、妖魔に襲われる危険を犯してこの地に足を踏み入れるのは、密輸など、法に触れる行為を生業にする輩に限られてくる。当然、そういった輩は竜騎士達の姿を見れば警戒するか、戦闘のどさくさに紛れて逃げてしまうのだが、目の前の女性は立ち竦んで動こうともしない。そういった輩に敏感な飛竜達も警戒するそぶりを見せないので、違法行為に手を染める人間ではなさそうだった。
「……」
長い間逃げ回っていたのか、身に着けている皮の
総督は冑と防寒用のマスクを外した。まばゆい程のプラチナブロンドの髪が肩にかかり、秀麗な顔立ちが露わになる。女性を安心させるために声をかけたのだが、彼女はなおも動こうともしない。
「妖魔は全て倒した。安心してほしい」
バチッ!
彼が女性に手を差し出そうとしたところで、目に見えない何かに
「防御結界!」
後ろに控えていた竜騎士達が驚きの声を上げる。向き、不向きもあるが、竜騎士の力……竜気で結界を作るのは訓練を受けた竜騎士でも難しいとされる高等技術だ。一般の村娘ができる技では無かった。
「もう心配いらない」
それでも動じずに彼は女性に声をかけ、手甲を受けた手を結界の外側にかざして意識を集中する。竜気の流れを変えて強引に結界を解くと、彼女は力尽きたようにその場に
「力が暴走したか。それにしても……」
総督は気を失った女性を抱き留めると、大木を背に一度地面に座らせる。そして彼女に着せ掛けようと、自分の毛皮がついた豪奢な外套を脱いだ。すると、彼女の腕の中から何かが飛び出してくる。
クッ……クワァァァ!
そこには人の腕に抱えられるほどの小さな竜が、まるで主を守るかのように翼を広げ口を開けて威嚇していた。だが、その翼はボロボロで、体中に傷を負っている。
「小竜?」
馴らして伝文を運ばせる事も出来る小型の飛竜は、小竜と呼ばれて広く利用されている。愛玩として飼われることもあるのだが、この小竜の行動から推察すると、この女性とは強い絆で結ばれているのがうかがい知れた。
「殿下」
総督は近づいて来ようとする4人を手で制し、その小竜の前に片膝をつく。そして、静かに諭すように語りかける。
「そなた、主を守ろうとしているのか? 私はタランテラ皇国第3皇子にてロベリア総督、エドワルド・クラウス・ディ・タランテイル。このままではそなたもそなたの主も危うい。決して危害は加えぬと約束する。安全なところへ運ばせてほしい」
どうやら彼の誠意が通じたらしく、小竜は威嚇をやめて大人しくなる。エドワルドは改めて女性に外套を着せ掛けて抱き上げた。
「そなたも治療しよう。おいで」
彼は小竜に手を差し伸べたが、傷ついた小竜はその場にパタリと倒れる。控えていたアスターが小竜を抱き上げたが、すでに息絶えていた。彼が首を振ると、竜騎士達はその場で瞑目する。忠誠心が
「主が助かって安心したのだろうか? アスター、その小さな勇者は竜塚で
「かしこまりました」
アスターは懐から手巾を取り出すと、小竜の亡骸を包んでやった。
「私はこの女性を叔母上の館に連れて行く。アスター、お前達はもう少しこの辺りを探索してくれ。他にも妖魔がいたら厄介だ」
エドワルドは女性を抱えたまま、自分の愛竜にまたがる。状況からして総督府へ連れて行くのが筋ではあるが、防御結界を張れるほどの力を持つ、この若い女性を連れて行くのは何となく
エドワルドの大叔母、グロリアの館ならば医者が常駐している。ついでに預けっぱなしになっている娘に会える。例え、お小言が漏れなくついてきたとしてもその方が良さそうに思えた。
「了解。ルーク、殿下にお供しろ」
エドワルドの副官であるアスターは一番若い竜騎士に同行を命じる。矛を抱えた彼は頭を下げると自分の小柄な飛竜にまたがり、早くも大叔母の住む館へ向かうために飛竜を上昇させたエドワルドに続く。
日は既に大きく傾きかけている。上空からの目視による探索は暗くなってしまうと難しくなる。アスターは他の2人と協力し、辺りが暗くなるまで近辺の探索を続けた。
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