第15話「傷ついた者達」

 ラドセンス砦を囲う城壁の外に、ありあわせの木材でつくられた、簡易的な竜舎が建てられていた。


 その竜舎のケージの中には、傷付いた飛竜が二体、敷かれた干し草の上に身体をおろし、静かに寝息をたてていた。


 一方はくすんだ赤茶色の鱗に覆われた飛竜で、もう一方は真っ白な鱗に覆われた飛竜。どちらも深い傷を負い、まともに動くことは難しそうであった。白い鱗に覆われた飛竜は、その鱗の色のためか、傷付いたその体と血で赤く染まった包帯は、より生々しく見えた。


 木箱を抱えながらアルミメイアが、竜舎の中へと入りケージの傍へと歩み寄る。小箱の中には、替えの包帯や、分けてもらった傷薬などが入っていた。


 アルミメイアが飛竜達に近付くと、その足音に気付いたのか、飛竜達が目を開きアルミメイアの方へと視線を向けてくる。


 傷付いた飛竜は警戒心が非常に強くなる。そうなった飛竜は、ほとんど人を寄せ付ける事が無くなり、場合によっては主である竜騎士にさえ襲い掛かる事がある。それだけ危険なものとなる。


 それゆえ、先日の戦闘で傷付いて飛竜達は、こうして即席で作られた竜舎のケージに隔離され、アルミメイアが治療にあたっていた。


 竜騎学舎の竜舎で飛竜の飼育に関わっていた経験と、傷付いた飛竜でもアルミメイアになら警戒心が薄くなるという理由から、アルミメイアに任せられるようになったのだ。


 傷付いた飛竜達は、最初こそ傷がひどく危ない状況であったが、治療が上手くいき今はだいぶ安定している。その事に安堵はするが、それでも戦場で命を落とした飛竜達がいる事には変わりなく。その事実が、助かった飛竜達の事を素直に喜べないでいた。


 「クルルルゥ~」と、弱々しく白い飛竜が喉鳴らす。


 弱った飛竜達には、本来なら回復に努めさせるため、食事を多く取らせるのだが、今のアルミメイア達には、飛竜達に満足な食事をとらせられるだけの物資がなく、必要最低限の食事しか与える事ができないでいた。


 傷付き、食事も満足に取れない。それでは、飛竜でなくても弱くになる。弱々しく鳴き声をあげる飛竜を見て、アルミメイアはまた心が痛む。


 そっと手を伸ばし、弱々しく鳴く飛竜の頭を撫でる。そうすると、飛竜は嬉しそうにクルクルと鳴く。これで、少しばかりかは気がまぎれるだろう。


 優しく飛竜の頭を撫で、気持ちよさそうにされるがままになっている飛竜を眺めていると、小さな足音が耳に届く。そして、その音を聞いたのか、飛竜達が唐突に警戒心をあらわにする。


 誰か人が来たのだ。


 確認のため、背後の足音がした方へ目を向ける。そこには、初老の一人の男が立っていた。


 見慣れないその男の姿にアルミメイアも警戒心を強くし、睨みつける。


「悪い。驚かせるつもりはなかったんだ。許してくれ」


 アルミメイアが睨みつけると、男は両手を上げ、自分は何もしないという事を示す。


「誰だ?」


「ああ。まあ、そうだよな。俺はエルバート。ちょっと、騎竜達の様子を見に来たんだ。見させてくれるか?」


 エルバートと名乗った初老の男性は、警戒心を解かせるように、軽く笑顔を返してきた。


「竜騎士か?」


「ああ、そうだ。ダメか?」


「噛みつかれるかもしれないが、それでいいなら」


「ありがとう」


 アルミメイアがそう返事を返すと、エルバートは苦笑いで感謝の言葉を返し、両手を降ろすと共にケージの傍に近寄った。


 エルバートがケージの傍に近寄ると、ゲージの一つ赤茶色の飛竜はより一層警戒心を強くし、威嚇する様に喉を鳴らす。一方で、白い鱗の竜は警戒心を解き、甘える様に小さく鳴いた。そんな、白竜の反応にアルミメイアは小さく驚く。


「悪いな。しばらく顔を出せずに居て……つらい思いをさせただろう」


 そう言ってエルバートは白竜の頭を撫でる。


「怪我は……だいぶ良くなっているみたいだな。安心したよ。君がやってくれたのか?」


 飛竜達の怪我の具合を確認すると、エルバートがそう尋ねて来る。


「大した事はしていない。簡単な応急手当てをした程度だ。それしかできなかった」


「それでも、助かるよ。歳で、もうそれほど長くは戦えないとはいっても、後遺症を残したりするのは嫌だからな。ありがとう」


 エルバートが感謝の言葉を述べる。アルミメイアはその言葉に気恥ずかしさを覚え、視線を逸らす。


「にしても、お前、すごいな。こいつ――フェリーシアは殆ど人に懐かないのに、よく手当できたな。飛竜にはなれてるのか?」


「たまたまだよ。たまたま、大人しくしてくれたから、手当できた。それだけだ」


「そっか……。まあ、こいつは、変に人を知っているところが有るから、人を良く見て判断しやがる。トおかげで、俺やアーネス――ああ、俺の倅くらいにしか心を許さなくてな。困ったやつだぜ、全く」


 エルバートの言葉に、小さく反論するかのように白竜が鳴き声をあげる。


「アーネスト……」


「なんだ、知ってるのか?」


「一応……」


 唐突に上がった名前に、アルミメイアは小さな苛立ちを思いだし、ぶっきら棒に返事を返す。


「なるほど、道理で……。あいつ、変わってるだろ。飛竜の事になると周りが見えなくなって、困ったやつだよ。あいつほど飛竜が好きな奴を俺は見た事が無い」


 アーネストの名前が上がると、それが嬉しかったのかエルバートはつらつらとアーネストに付いて語り始めた。けれど、それとは対照的に、アルミメイアは燻っていた怒りを思いだし、どんどんと不機嫌になっていく。


「……あいつと、何かあったのか?」


 不機嫌になり始めたアルミメイアに気付き、エルバートが尋ねて来る。


「別に……」


「そう頑なに成るな。あいつは人付き合いが得意な方ではないからな。きっとあいつが何かやらかしたんだろう。これでも一応あいつの親だからな。言いにくい事があるのなら、聞かせてくれ。俺からあいつに言っといてやる」


 エルバートがそう告げると、アルミメイアは一度エルバートに視線を向け、顔色を伺う。エルバートはそれにまた、笑顔を返してきた。


「……お前は、アーネストの父親……なんだよな」


「まあ、そうだな」


「……それが許せない。あいつは、父親が向こうに居たのを知っていて戦った。その事を、私には何も言ってくれなかった。それが、許せない」


「なるほどな。あいつは、俺と同じで、結構抱え込むことが多いからな。そういった所も変わってないんだな……。けど、それは、あいつなりに気負使って、考えての行動だ。少しくらいは、許してやってくれないか?」


「そんなの、出来るわけない。私は別に何も出来ない存在ってわけじゃ無い。相談してくれれば、何かできたはずだ。戦う事だって出来る。止める事だって、できたかもしれない。それなのに……」


 整理出来ない感情が、口から零れ落ちる。


「なるほど。お前は、あいつが好きなんだな」


「別に……そう言う訳じゃ……ない」


「隠す事は無いだろ。変な意味で言ったわけじゃ無い。大切に思うからこそ、そいつが抱えている事を知り、助けてあげたいって思う。けど、同時にな、相手を大切に思うが故に、相手を危ない事から遠ざけたいと思い、隠す事もある。多分あいつも、そうだったと思う。

 すべてを話したら、君はきっとこちらの静止を聞かず、突っ走るだろう。そんな雰囲気がある。多分、あいつもそう思って、それで取り返しのつかない結果を招きたくなくて、話さなかったんだろう。そう、思う」


「けど、それでも……話してほしかった」


「まあ、何も言われずっていうのは、やっぱり寂しいよな」


 そっとエルバートがアルミメイアの頭に手を乗せ、そう告げる。アルミメイアはそれに、コクリト頷く。


「じゃあ、今度それを伝えておいてやるよ。男なら、君みたいな女の子を泣かせるんじゃねえってな」


「別に泣いてなど――」


「いいんだよ。それぐらい盛って。でないと、心に響かねえ。だろ?」


 そう言ってエルバートはカラカラと笑った。楽しそうに笑い始めたエルバートに釣られ、アルミメイアも小さく笑顔を浮かべた。


 そして、少し笑った後、アルミメイアは小さく迷ってから、口を開いた。


「なあ」


「なんだ?」


「昔の事……教えてくれない?」


「昔の事? 歴史の話か?」


「いや、そうじゃ無い。あいつの……アーネストの昔の話だ。あいつ、自分からは、自分の事を話さないから。だから……ちょっと、気になってる。だめ、か?」


 そう迷いながら尋ねると、エルバートは酷く驚いたような表情を浮かべた。そして、その直ぐ後に大きく声を上げて笑った。


「なぜ、笑う」


「いや。気にするな。まさか、こんな所で、自分の息子の話を誰かにせがまれるとは思ってなくてな。それで、ちょっと嬉しくなっちまっただけだ気にするな」


「そ、そうか……」


「まあ。ちっとばかし親バカが入るが、それでもいいなら教えてやるよ」

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