第24話「閉じた世界を壊すもの」

 地面に身体を叩きつけられ、強力な力でそのまま胴を押しつぶされる。衝撃で視界が揺れ、一瞬意識が飛びそうになる。圧迫された肺から強制的に息を吐き出さされ、息が詰まる。



「これが力の差だ。人間」



 アーネストを見下ろすようにして竜がそう告げる。『減速スロー』の魔法で遅くなった動きでは、竜の攻撃を避ける事は出来ず、地面へと片手で拘束される形になったのだ。


「ま……ほう……か……」


 圧迫された肺をどうにか動かし、空気を身体に入れようともがきながら、アーネストは呟く。


「魔術が人間だけのものだと思っていたのか? 愚かしい。

 貴様ごとき人間。手を使わずとも殺す事は可能だ」


 見下し、あざ笑うかのように竜は告げる。


「てかげん……した……のか」


「貴様程度に本気を出すわけないだろ」


「そう……だな……ははは」


 肉体能力だけで、すでに圧倒的であるにもかかわらず、魔法さえ扱って見せる。そんな相手に単独で挑み、勝とうと言うのは無理な話だった。少しでも、やれると思った自分に笑えてくる。


「それだけの……ちから……が、あるなら……なんで……おれを……まだ、いかしているんだ?」


 どうにか息をしながら尋ねる。まだ、息が出来ている。それはアーネストの胴を覆う竜の手に、アーネストの身体を潰すのほどの力が込められていない事をしめす。体重をかければ容易に潰せそうであるにも関わらず、竜はそれをしていなかった。


「貴様は俺を怒らせた。簡単に死ねると思うな」


 竜は怒りの籠った黄金色の、鋭い視線をアーネストに向けてくる。その眼からははっきりと殺意が感じられた。


 竜の手に潰され手足が動かない。力を籠め押し返そうにも、まるでその手が床と繋がっているかのようにビクともしなかった。逃げる事は出来ない。そう思えた。


 もう死を待つだけ。そうと言える状況だった。けれど、アーネストは怯むことは無く、命乞いをすることもなく、竜の瞳を睨み返した。


 竜が小さく笑う。


「死を前にして、まだそんな目をするか。死ぬことが怖くないのか?」


「しぬことが……こわくないわけ……ないだろ」


「なら、なぜそんな目ができる」


「いきられるなら……いきたいさ。けど……なにもできず、いきのこったって……たいせつな……まもりたいものをまもれず、いきのこったって……つらいだけだ……だから……」


 強く声を紡ぎながら応える。


 シンシアがいなくなり、アーネスト一人が残されて直ぐの頃が思い出される。空っぽのケージ。空を見上げ、耳を澄ましても、見つけられない姿と声。喪失感と寂しさ。それらが思い出される。


 今、生死に晒されている飛竜達はアーネストとは何の関係もない飛竜達だ。けれど、その飛竜達の事を見て見ぬふりをして、シンシアの事を思い続ける事は出来ない気がした。


 アーネストの為に生涯を費やしてくれた飛竜であるシンシアに報いたい。そう思うから、飛竜達のために生きたいと思う。もしここで飛竜達の事を見過ごしてしまったら、そんな自分を許す事ができず、もう二度とシンシアに顔向けできない。そんな気がした。


 そうなってしまったら、再びシンシアを失った頃の様な空っぽの自分に戻り、今度こそ戻ってこられない気がした。その苦痛への恐怖に比べれば、死ぬことはまだ怖くない。


 アーネストの言葉を聞き、竜の表情が少しだけ険しくなる。


「そこまでして、なぜ飛竜と助けようとする。そこにいったい、何の理がある」


 竜は再び睨みつけ問いかけてくる。問いに答えろと言う様に、アーネストの身体を覆う手の力が少しだけ弱まる。


「そうでもしないと、自分が許せないからだ」


「何をだ?」


「お前は言ったな。人は、飛竜を――竜を愛すると言いながら、結局見て見ぬふりをして、何もしていないって。そうだ、俺はあいつらに何もしてやれていなかった。多くのものをもらいながら、何も返せていない。

 だから、何かをしてやりたい。恩を返してやりたい。そうしないと、そうできないと、自分が許せなくなる。だから、俺は、あいつらを助けたい」


「助けたところで何になる。結局元に戻るだけだ。それがお前の望なのか? それがお前の恩返しなのか?」


「そんなわけないだろ。飛竜の為に――竜の為に何もかもやって見せる。それが、今の俺の望だ」


「それで、貴様は何をするというんだ?」


「なんだってやって見せるさ。必要なら、この世界そのものだって変えて見せる」


「そんな力が、貴様にあるのか? この状況すら改善できない貴様に! 何ができると言うんだ!」


 強く吠える様に竜はそう問いただす。


「そうだな。悔しいけど、俺一人では何もできない。それほどに、人は、俺は弱い。だから……お前に……あなたに頼んでいるんだ。力を……貸してくれ」


「都合がよすぎるな。結局、貴様は何もできないではないか!」


「そうかもな。けど、そうじゃ無い。俺が何もしなかったら、お前は何もしなかった。

 人は一人では弱く、何もできな。けど、誰かに働きかけ、誰かの力を借りて、協力し合えば大きな事ができる。だから――」


「貴様に力を貸せば、それが出来るかもしれないと?」


「かもじゃない。するんだ。してみせる」


 強く言葉を返す。


 アーネストの言葉を聞き、竜は一度口を閉ざす。そしてしばらく待空けてから口を開いた。


「人間。貴様は何故、そこまで飛竜に肩入れする。何をもらったと言うんだ」


 竜の言葉から敵意は消え、単純な興味と言った趣で静かに尋ねてきた。


「俺が今ここに居られるのは、飛竜の助けがあったからだ。俺が、ここまで生きてこれたのは、たぶんあいつが傍に居てくれたからだ。だから、助けたい」


 アーネストの言葉を聞くと、竜は一度目を閉じ、アーネストの身体を覆っていた手を上げ、アーネストを開放する。


 そして、再び目を開け、アーネストに鋭い視線を向ける。


「人間。貴様の気持ちに嘘偽りが無いと言うのなら、力を貸そう。

 俺の言葉は絶対だ。貴様がそれを成すまで、貴様は死すら許されない。

 もう一度聞く、人間、貴様の気持ちと言葉に嘘偽りはないな」


 黄金色の瞳を向け、竜は尋ねてきた。その眼は、シンシアの墓標の前で見たアルミメイアの瞳とよく似ていた。すべてを見透かす様な、一切の言い訳を許さないような瞳。その瞳を向け、問いかけてきた。


 アーネストはそれに「当り前だ」と一言返事を返した。


 竜はそれを聞くとニヤリと笑う。


「人間、名前は?」


「アーネスト。アーネスト・オーウェル」


「俺はハルヴァラスト。灰竜の末裔だ」

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