第7話「見えない真意」
林間学習の為の移動は問題なく行われ、予定通り開始される事となった。
竜騎学舎のある王都とは異なり標高が高いこの場所では、夏の昼間で有るにもかかわらず薄着では肌寒く、マイクリクス王国の直ぐ西の方角に広がる海洋から運ばれてくる、湿った風が気高い山にぶつかり雲を作り、それが時折薄く日を隠していた。
この地で作られた雲は山の斜面を滑り、霧の様にこの地の所々を包んでいく。
南の空に日が昇り始めた時刻、山の斜面を滑る雲と雲の間を縫うように複数の飛竜が、竜騎学舎の林間学習の為に作られた、木造の宿舎と竜舎の真上を掠め飛んで行く。
王都周辺とは異なり、目印が少なく、高地特有の空気の薄さから高い高度での飛行に危険を伴うこの地では、安全のため人を乗せた騎竜は皆、通常より低く飛行していた。
そんな地上すれすれを飛んで行く、学生達を載せた騎竜達を、地上から眺めていたアーネストは、小さく息を付いた。
林間学習の為の宿舎の出入り口の近くに止めた、荷馬車荷台に腰を降ろし、アーネストは飛び去って行った飛竜達の姿を目で追った。
頭な中で、抱え込んだ問題についての思案を巡らせていく。けれど、一向に回答など出てくる事は無かった。
「人と竜のあり方」それは何が正しい形で、理想的なのか、今まで考えた事も無ければ、想像する事すらできなかった。
シンシアが繋いでくれた命、シンシアが尽くしてくれた人生。それを、彼ら竜族の為に使いたいという思いが有るけれど、何をすればよくて、どう形作って行けばいいかは全くわからなかった。
再び溜め息を付く。
「人と竜のあり方」その大きな命題と同時に、身近な問題もまた、アーネスト悩ませていた。
ふと視線を空から竜舎の放牧場の方へと目を向ける。放牧場の直ぐ傍の草むらには、一人の少女が膝を抱えながら座り、放牧場の方で飛ぶ準備や、待機をする他の学生達を騎竜の姿を眺めている姿あった。
竜騎士を目指していながら、騎竜から距離を置く少女の姿。それは、どうしてもかつての自分が重なって見えてしまった。
そんな少女を立ち直させるにはどうしたらいいか、また思案する。
「すまない。オーウェル、待たせたな」
ゆっくりと思案し始めると、宿舎の方から一人の男性職員が駆け足でアーネストの傍まで歩み寄り、そう言ってアーネストの考えを中断させた。
「これ、必要な物をリストにしておいたから、頼むよ」
そう言うと男性職員は文字の描かれた一枚の羊皮紙を取り出しアーネストに渡すと、直ぐに宿舎へと引き返していった。
林間学習の地への移動は飛竜によって行われる。いくら飛竜に力が有ると言っても、一度に運べる物資の数は限られてしまう。そのため、必然的に林間学習の宿舎での生活で必要な物の一部は、現地で調達しなければならなくなる。その買い出し、運搬の仕事を、今、アーネストが任されたのだ。
立ち去って行く男性職員を見送ると、アーネストは買い物リストなどが書かれた羊皮紙を一読し、買い出しへと向かうため、荷馬車の荷台から飛び降りる。
もう一度、竜舎の放牧場の傍の草むらに座るリディアへと目を向ける。
(何をどうするか。それを考えるより、まずは話をすることからだよな)
アーネストはそう結論付けると、一旦その場を離れ、リディアの座る放牧場の傍へと向かった。
「見ているだけじゃなく、授業に参加しないのか?」
放牧場の傍の草むらに座ったままのリディアに、アーネストは声をかける。それにリディアは一度視線を向けると、直ぐに元の放牧場の方へと戻した。
「騎竜のヴィルーフは、怪我で飛べないですから」
「でも、ほとんど完治してるんだろ。此処へだって、飛んできたわけだし」
「完全と言うわけではありませんよ。そんな状態で、人を乗せて飛ぶのは危険です」
「なら、ヴィルーフじゃなく、一時的に別の騎竜を借りて、それで授業に出ればいいじゃないか。それは、ダメなのか?」
「それは……私の選択に、何か不満が有るのですか? あなたには関係ありませんよね」
アーネストの詰問をわずらわしく思ったのか、リディアは怒気を孕ました低い声で、拒絶するような返事を返した。
「確かに、君の行動、君の問題。それらは俺達には直接関係は無いかもしれない。けれど、俺達は君達を竜騎士にするために指導している。
なら、君の問題が、君が竜騎士に成るための岐路に有るのなら、それは俺達と無関係ではないし、それをどうにかするのが、俺達の仕事だ」
アーネストがそう言い切ると、リディアはまるで無視するかのように口を閉ざし、答えを返さなかった。
「もしかして、怖いのか?」
かつての竜騎士から逃げた自分を思いだし、アーネストは尋ねる。それにリディアは一度、身体を強張らせるかのように、小さく揺れる。
「何を、怖がるのですか?」
そして、強がるかのような返事を返してきた。
「それは……騎竜を傷つける事、失う事に、とか?」
ヴェルノに言われた事、自分の境遇から感じた事をふまえ、アーネストはそう問いかけた。
それを聞くとリディアは小さく笑った。
「そのような事を恐れていてどうするのですか? 竜騎士である以上、騎竜が傷つくこともあるし、失うことだってある。そのような当り前の事を恐れていては始まりませんよ」
「なら、何を恐れてるんだ?」
「何も……恐れてはいませんよ」
そう答えを返し、リディアは再び口を閉ざした。
相変わらず人を寄せ付けようとしない態度に、アーネストはため息を零す。そして、どう切り開いていくべきかと考え始めると、リディアの方から口を開いてきた。
「どうしたら強くなれますか?」
曖昧で、何かを願うような、そんな言葉だった。
「なにものにも縛られず、環境、使命、責任、それから……そのすべてを覆しうるだけの力を、どうやったら手に入れられますか?」
リディアはアーネストへ、強く答えを求める様な視線を向けてきた。
けれど、曖昧な「力」という言葉がどういうものを指すものなのか、アーネストは直ぐに想像することができなかった。
アーネストが直ぐに答えを返せないでいると、リディアはまるで自嘲するかのように、小さく笑った。
「分かるわけ、ありませんよね。そのような事。
私は最初、あなたならその力を持っているのではないかと、期待していたんです。剣術の力を評価されないこの国で、誰からも評価されず、それでも誰よりも強く突き進み、力を示し、竜騎学舎の講師と言う立場を手に入れた。そんなあなたなら、と思っていたんです。けど、出会ったあなたは、そういう人間ではなく、ただの人間だった」
そして、まるで「あなたには私の問題を解決できない」と突き放すように、そう告げた。
前にリディアは、彼女自身とアーネストの立ち位置が近いものと感じ、共感を得ようとした。けれど結局、それは叶わなかった。
リディアとアーネストではあまりにも育った環境、考え方が違っていた。
環境、使命、責任。アルフォードと言う名家に生まれたリディアは、きっといろいろな事を期待され、様々な事柄に縛られながら生きてきたのだろう。一方のアーネストは、田舎貴族の、それも家督を継ぐわけでもない次男の生まれだ。何かを期待されるわけでもなく、背負うべき名前もない。そんなアーネストに、リディアを縛るしがらみの辛さ、重さなど分かるはずなどなかった。そして、それが原因でリディアが歩みを止めてしまっていたのなら、それはアーネストにはどうしようもないものに思えてしまった。
「竜騎士に成る事で、君は、君が望んだ力を、立場を手に入れられると思ったから、竜騎士を目指したんじゃないのか?」
「よく覚えていますね。今でもその気持ちは変わりませんよ」
「なら、なおさら今の状況は良くないんじゃないか?」
すべてを解決することは出来なくても、形だけでも変えれば、そこから気持ちや、状況、自信などから問題を解決できるのではないかと考え、口にする。
「そう、ですね。そう、なんですよね……」
けれどリディアは、その言葉で動くことは無く、何処か諦めた様な、それでいて思いつめた表情を浮かべ、遠くの空を眺めた。
結局リディアは、それ以降彼女が抱える問題について、口を開くことは無かった。
立ち入れない場所。そこにいるリディアの気持ちをどうにか開かせようと、アーネストは思考を巡らす。けれど、直ぐに答えなど出る事は無かった。
「なあ、アルフォード。ちょっと付き合ってくれないか?」
そのため、何かきっかけにでもなればと、アーネストは口を開く。
「付き合うとは、何にですか?」
「今から近くの村に買い出しに出る。ここで何もせず、ただ授業を見学しているより、いい気分転換になって、何か良い方向に進むかもしれないだろ」
そう提案すると、リディアは渋る様な表情を浮かべる。
「この場を離れる事とか、そういうのは、俺の仕事を手伝っていたとでも言えばいいから、行くぞ」
強引にそう告げると、リディアは少し迷ってから立ち上がり、買い出しの為に用意した荷馬車へと向かうアーネストの後をついて来てくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます