第5話「傷ついた飛竜」

 朝、日が上り始め、辺りが大分明るくなり始めた頃、竜騎学舎の裏手に併設された竜舎の放牧場に、数騎の騎竜と、幾つもの荷物の山が並んでいた。


 本格的な夏が訪れ始めた今、マイクリクス王立学舎では、夏の行事の一つ林間学習が始まろうとしていた。


 この林間学習は、竜騎士は遠隔地での任務、行動が多くあるため、都市から離れた場所での生活、行動に成れるために行われる行事で、期間は半月ほどで、夏と冬の年二回行われている。


 今は、その林間学習に向けての移動、荷物は運びのための準備を行っているところだった。



 多くの騎竜が並び、荷物や人を乗せて飛び立って行く放牧場の一角で、アーネストは自分の荷物を詰め込んだ背負い袋を地面に置き、大きく伸びをする。


 空を見上げると、青々とした空に、幾つもの飛竜達が飛び立っている姿が目に入った。先日あった長距離飛行演習の時よりかは数が少ないが、遠目に見ていたあの時より、間近で見上げるように見る飛竜達の姿は、あの時以上に迫力があった。


 竜騎士である事をやめ、騎竜から離れて過ごして時は、もうこうして何騎もの騎竜達が飛ぶ姿を間近で見上げる事は無いだろうと思っていただけに、こうして見る騎竜の飛び立つ様は言いようのない嬉しさを、アーネストの心に湧かせてくれた。


「おう。早いな。もう準備できたのか」


 飛び立って行く飛竜達を眺めていると、背後から声がかかった。振り返ると、アーネスト同様に私物を詰め込んだと思われる背負い袋を手にしたヴェルノが、こちらへ手を振りながら歩いて来ていた。


「持って行かなければいけない物はそれほどなかったですから。今日はよろしくお願いします」


 そう言ってアーネストは、こちらへと歩いてくるヴェルノに向かって頭を下げる。


「おう。久々の空だ。乗り心地はそれほど良くないと思うが、まあ、楽しんでくれや」


 ヴェルノはそう言うと、アーネストと並ぶように立ち、背負い袋を地面に置き、アーネストと同様に空を見上げた。


 林間学習で寝泊まりする施設へは、基本的に飛竜で移動する。そのためアーネストの様に騎竜を持たない講師や飼育員、職員などは、講師の竜騎士または学生の騎竜に便乗し移動する事となる。


 アーネストが便乗することに成った騎竜は、主であるヴェルノと、どう言う訳か懐いているアーネストを除いて、基本的に人を寄せ付ける事のないガリアに決まったのだった。


「あれ、ガリアの姿がありませんけど、まだ連れて来てないんですか?」


 辺りを見回し、今日乗る事になるガリアの姿を探した。


「そうだな、まだ来てないみたいだな。出発は次のグループだから、そろそろ来るはずなんだがな」


 アーネストに尋ねられ、ヴェルノも辺りを見回しガリアの姿を探し始める。そんなヴェルノの態度にアーネストは驚きの表情を浮かべる。


 今までガリアが他の竜騎士どころか、飛竜を世話する飼育員すら寄せ付けず、言う事を聞かなかっただけに、それは大きな驚きだった。


 誰にもなつかないため、今まで竜舎の飼育小屋への出入りの際の牽引、そのすべてを主であるヴェルノ自身が今まで行っていたのだ。少なくとも、今までガリアがヴェルノ以外の誰かに牽引されたり、指示に従ったりしているところを見た事が無かった。


「ガリアに、何かあったんですか? 今までずっとヴェルノさんが連れて来てたじゃないですか」


「ああ、それなんだがな――」



「グルルルゥ」



 ヴェルノの言いかけた言葉を遮るように荒々しく喉を鳴らし、赤い鱗の飛竜が竜舎の飼育小屋から手綱を引かれ、こちらへと向かって来るのが目に入った。


「おう、ご苦労さん」


 竜舎からガリアを引いてこちらへとやって来た飼育員に向かって、ヴェルノは労いの言葉をかける。


 ガリアの手綱を引いていたのは小さな少女――アルミメイアだった。


「さっき話してたことだがな。お前が拾ってきたこの娘、なかなか優秀みたいでな、珍しくガリアが懐いたんだ。おかげで助かっているよ」


 そう言ってヴェルノは背の低いアルミメイアの頭に手を載せ、ガシガシと頭を撫でた。それにアルミメイアは鬱陶しそうな表情を浮かべると共に、やめさせろと訴えるようにアーネストを鋭い黄金色の瞳で睨みつけた。


(ああ、なるほど)


 同じ竜族であるアルミメイアに対して、人とは違いガリアが懐くのは半ば納得のいく流れだった。


「ヴェルノさん。ガリアが来たなら出発の準備、終わらした方が良いんじゃないですか? そろそろですよね」


「ああ、そうだな。けど待ってくれ、もう一騎連れてかなきゃならない奴がいる」


「もう一騎?」


 ヴェルノが、ガリアが出て来た飼育小屋の方へ目を向け、それに釣られアーネストもそちらへ目を向ける。


 飼育小屋の方からは一体の飛竜が飼育員に連れられ、のろのろと出てくるのが目に入った。


 それは、漆黒の鱗に覆われた飛竜だった。包帯などはもう取り払われ、深手の傷が消えない傷跡となって身体のあちこちに残った、ヴィルーフの姿だった。その傷だらけの姿は、実際の傷がどれ程ひどいものであったか分かるほど生々しいものだった。


「それでは、お願いします」


 ヴィルーフを引いて出て来た飼育員が、手綱をヴェルノへ渡すと、そう言って頭を下げ、ヴィルーフを残し立ち去って行った。


「もう、飛べるんですか?」


 あまりに痛々しい姿を見て、不安からヴェルノに尋ねる。


「怪我自体はほぼ完治しているらしい。飛ぶ方は、まだ良く判らない。だから今日は何かあった時の為に、力のあるガリアが引いて飛ぶ事になった」


「そう……ですか」


 ヴィルーフの姿を改めて見直す。傷だらけの黒竜の姿から、とてもまともに飛べるとは想像できなかった。


 ヴィルーフから目を離し、辺りを見回す。ヴィルーフの主であるはずのリディアの姿を探してみたが、見つけることは出来なかった。


「アルフォードは、宿舎への移動、どうすることに成ってるんですか?」


「アルフォードは上級生の騎竜に便乗して移動する事になったらしい」


「そう、ですか……」


 自分の大事な相方で有るはずの騎竜の様子を見に来ること姿の無いリディアに、アーネストは小さな怒りを覚え、同時に傷ついた飛竜に、昔のシンシアの姿を重ね、胸が締め付けられる様な悲しさを覚えさせられた。


「おし、準備だ。行くぞ、アーネスト」


 もし、まだリディアが残っているのなら、この事に付いて何かしら言っておきたかったが、ヴェルノに呼ばれ、後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、飛ぶための準備へと向かったのだった。

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