イワオの願い事~人から人へ~

亀と麦茶

移り

 今日は特別暑い日です。気温が高いだけでなく,空気は重く,湿り気をたっぷりと含んでいます。そんな外にでるのも嫌であろうという日に,空き地には一人の姿が見えるのです。イワオさんです。


 イワオさんは岩─それも大変重そうなとした岩─を持ち上げているのです。こんな暑い日ですから,イワオさんの額からは汗が滝のように流れ,何日も雨が降らない為に乾いてしまった地面へ,と降り注いでいきます。時折,空き地に生えている一本の欅の木の枝が揺れて涼しい風が吹き,イワオさんの肌を撫でるのです。


 するとそこへ,イワオさんの友達のタケミさんが此方こちらへ駆け寄って来ました。イワオさんの姿を見て,異常を感じたようです。


 確かに,イワオさんの姿は普通ではないのです。とした,まるで熊のような体型のイワオさんが身体を屈めて岩を持ち上げるものですから,一見すると季節外れな雪だるまが一つ空き地にいるように思えるのです。


 タケミさんは訊ねました。「君は何故岩なんかを持ち上げているのだ。今日は特別暑いというのに。」イワオさんは答えません。タケミさんは更に聞きました。「私はもう帰ってしまうよ。君と食べるつもりであった氷菓子も食べてしまおう。どうだい。帰る気になったかい。」「ああ。今すぐにでも,岩を投げ捨てて帰りたい心持ちだよ。しかしね,僕はこの岩を持ち続けなければいけないのだよ。」


 イワオさんのの言葉にタケミさんは首を傾げました。イワオさんの言葉は哲学のようであったからです。続けてイワオさんは足元を見てごらん,と言いました。タケミさんが其方そちらに目をやると,言葉を失いました。其処そこには,くるぶし程の大きさしかない小人がと眠っていたのです。


 タケミさんはしばらく呆然としたのちに訊ねました。「これは,生きているのかい。」「ああ。僕も見つけたときは驚いたよ。かねがね噂は耳にしていたけれども、本当に存在するとは思いもしなかった。願いを叶えてくれる小さき人───。」


 不幸にも,イワオさんが最後に放ったかすかなつぶやきをタケミさんは聞いてしまったのです。「願いを叶えてくれるというのかい。その,小さな体の其奴そいつが。」タケミさんがイワオさんに訊ねると、イワオさんは一度タケミさんの顔をじっと見つめて,苦々しく話し始めました。


 「噂程度だが,こんな話が在る。小人は一つだけ何でも願いを叶えてくれる存在で,今この町にいる,という話がね。更に,噂を細かく聞いてみると,小人は1人の願い事を叶え終わると,自分の居場所を変えるようだ。また,願い事を叶えている間は小人は力を使い果たして眠ってしまうらしい。こんな小さな体で生きていけるのだ。不思議な力を持っていても何らおかしい事はない。」「さもありなん話だね。そこで君は岩を以て小人を捕まえようとしているのかい。非人道的なことをするのだね。」タケミさんは得心がいった表情でその様なことを言うものですから,イワオさんの機嫌を損ねてしまいました。


 「何,僕だって出来れば残酷な事はしたくないのだ。一つ,君が手伝ってくれればいいだけだ。いやいや,小人を縛り付ける紐を持ってきて欲しいわけではない。小人を起こして,願い事を叶えて貰いたいのだ。」「そんな事かい。願い事は何でも良いのかい。君が悲しいことをしないようにお願いしたいのだが。」「出来れば僕に関する願い事はしないで貰いたいね。まあ,何でも好きなものを願うと良いよ。」


 そこでタケミさんは眠りに落ちている小人を起こしました。「意外にも素早く目が覚めるものなのね。まあいいでしょう。小人さん,私の願い事を聞いてくださいな。そうねえ,新しい洋服が欲しいわ。こんな願い事でも大丈夫かしら。」


 すると「ありがとうございます。では願いを叶えましょう。それっ。」小人は可愛らしい容貌から姿を変え,口は耳まで裂け,耳は尖り,ふわふわとしたパジャマは黒色の羽が生えた真っ黒な服に替わりました。小人──いえ悪魔──が指を一回転させると宙には真新しいスカートが現れました。「それでは代償をいただきます。ありがとうございました。これにて失礼します。」


 タケミさんはぼんやりと立っていました。「一体何が起きたのかしら。」すると肩を叩かれました。イワオさんかと思い、後ろを振り向くと其処には自分の顔があったのです。「いったいどういうことなのだ。」「まあまあ,お静かに。。」


 今日は暑い日です。空き地にはイワオさんとタケミさんが話しているのでした。



 おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る