ミッション24—4 世界の敵
ヘリを操縦するラムダの隣で、王女様のような格好のサダイジンが道案内中。
どうやらラグナロク山の尾根に広がる氷河付近に、要塞への入り口が存在するそうだ。
山肌と広大な氷河に囲まれ、戦場へと向かう2機の大型ヘリ。
何が起こるか分からない状況で、ファルたちは即応態勢を整える。
そんな中、ミードンがティニーの膝の上に乗りながら、珍しく落ち込んでいた。
「にゃ……この未来の英雄ミードン、邪神を倒すためならどんな覚悟でもできている。と思っていたのだ……」
「ミードン?」
「でも、やっぱり嫌なのだ! みんなとお別れするのは嫌なのだ!」
ヘリのエンジン音にも負けぬ大声が機内に響き渡った。
ネコ型通信機ミードンは、まるで人間のような想いを吐露する。
「これはボス戦、最後のクエスト。これが終わったら、みんなログアウトしちゃうのだ。
「そうか……そうだよな……」
「ミードンだけは、ここでお別れなんだよね……」
この場で唯一、プレイヤーではないのがミードンだ。
ミードンだけは、このイミリアが自分の居場所。
ログアウトし現実で再会、というわけにはいかないのである。
当然、ファルたちもミードンとお別れしなければならない。
寂しいのはファルたちも同じなのだ。
落ち込むミードンを抱きかかえ、ティニーは言う。
「霊力は、いつも一緒」
「
「ミードン、大好き」
今の未来の英雄は、ただのネコである。
飼い主との別れを悲しむ、ただのネコである。
ここで、ラムダとサダイジンが振り返った。
彼女たちはミードンの話を聞いて、あることを思いついたらしい。
「わたしもミードンとはお別れしたくないです! だから、パパに頼んでみます! 最終クエストが終わっても、ミードンと一緒にいる方法、見つけます!」
「私も手伝うんだぞ。私はこのゲームの製作者なんだぞ。つまり、イミリアのことならお任せなんだぞ」
「にゃ!? 本当なのか!?」
「ゲームデータと費用さえあれば、なんとかしてみせるんだぞ」
「パパの権力は、こういう時に頼りになります! わたしたちを信じてください!」
「ラムダのパパって、パナベル社の社長か。パナベル社社長とイミリア製作者。確かに、それならなんとかなりそうだ」
「良かったね、ミードン。ラムのパパとサダイジンちゃんにお願いすれば、きっと大丈夫だよ。この戦いが終わっても、私たちと一緒にいられるよ」
「霊力とともにあらんことを」
「すごいのだ!
先ほどまでの悲しみは何処へやら。
目を輝かせたミードンは、尻尾を垂直に立て、左右に小刻みに振っている。
もしファルたちに尻尾があったら、ミードンと同じことをしていたことだろう。
さて、ミードンとの再会の希望が語られた直後だ。
ヘリの操縦室から警報が鳴り出す。
「ミサイル接近です! 回避します!」
ラムダは操縦桿を捻り、ヘリの機体は大きく傾く。
同時に機体の左右からフレアとチャフがばらまかれ、赤外線ジャマーが起動。
近づくミサイルに精一杯の妨害を行った。
ところがだ。
ヘリに近づくミサイルの数は、半端ではない数であった。
「5、9、17、32……まだまだ増えます! めちゃくちゃです!」
「おいラムダ! 何が増えてんだ! 何が32以上あるんだ!」
「ミサイルの数です! こんなの避けきれませんよ!」
「マジかよ……」
「みんな! 掴まって!」
おぞましい数のミサイルに表情を強張らせたファル。
ヤサカはすでに、ヘリが墜落する備えをはじめている。
当たり前だが、いくらラムダでも大量のミサイルに殺到されてしまえばどうしようもない。
ミサイルで撃墜されるぐらいならば、今すぐ着陸してしまえ。
そう考えたラムダは、ヘリを急降下させ氷河の上に叩きつけた。
ほとんど勢いを殺すこともなく氷河に着陸したヘリ。
その衝撃でファルは頭をぶつけてしまう。
「痛い……」
「早く外に出よう!」
頭をさするファルはヤサカに手を引かれ、ヘリ機内から氷河に飛び出す。
ティニーとミードン、レジスタンスメンバーも一緒にだ。
操縦席からラムダとサダイジンが出てきてすぐである。
ミサイル数発がヘリに直撃し、ついさっきまでファルたちが乗っていたヘリは爆発四散した。
後方では、キョウゴたちサルベーションのヘリも同じような状況だったようである。
ヘリは着陸し、キョウゴたちは氷河の上に脱出。
そちらのヘリも爆炎に包まれ跡形も無くなってしまった。
「あんな大量のミサイル、一体どこから?」
「扶桑を発艦した時は、誰もいなかったはずなのに……」
「トウヤ、ヤサカ、あれ」
訝しがるファルとヤサカに対し、怯えたような無表情でラグナロク山方面に指をさしたティニー。
彼女の指差した先に視線を向けると、そこにはうごめく黒い何かがあった。
「た、大変だよ! あれ全部、敵のNPCだよ!」
「は? え? NPCの集団なのかあれ!? 黒い霧じゃないのか!?」
黒い霧のような『あれ』がNPCの集団だとしたら、とんでもないことだ。
ヤサカの言葉が信じられぬファル。
加えて、空から『あれ』を眺めるクーノとホーネットの言葉は、なかなかに刺激的であった。
《うわおォ! すごい景色だねェ。氷河がァ、真っ黒だよォ》
《one thousand……ten thousand……hundred thousand……数える気なくした》
とにかく、常識外の数のNPCがこちらへ迫ってきているようだ。
「いきなり勝つ自信がなくなってきぞ」
「大丈夫だよ。私たちには、扶桑がいるからね」
「あ、そうだった。巨大空中戦艦なら、数十万のNPCなんて敵じゃ――」
そう言いかけた時である。
氷河を覆っていた大空が、突如として黒く塗り替えられた。
どこまでも続いていた青空は、鉄の塊に隠されてしまったのである。
「ベレル軍の巨大空中戦艦……ヴォルケ……」
「わーお! 扶桑とヴォルケが睨み合ってます! すごいです!」
「ダメだ……負ける自信の方が強くなってきた……」
敵の戦力は膨大だ。
おそらくイミリアに存在する全戦闘系NPCが集合しているのだろう。
なぜこんなことになったのか。
ファルたちが頭を抱えていると、あの男の声が辺りに響き渡った。
《愚かな子羊たちよ、我の言葉を聞け》
大地が揺れ動くほどの大音量で聞こえてきた、カミの言葉。
彼の口調は、すでに勝利を確信したかのように尊大だ。
《理に背きし汝らは、世界の敵だ。ゆえに、汝らはこの世界に住まう我の忠実な信徒たちによって、打倒されるのだ》
「まさか
「おいサダイジン、どういうことだ?」
「デバッグのために用意されたチートを、
「NPCを自在に操るって、俺のチートと同じか?」
「ちょっと違うんだぞ。
「ということは、あのNPCはみんな、カミが召喚したもの?」
「お姉さんの言う通りだぞ」
「あいつ、どんだけ俺らのこと殺したいんだよ……」
ポチポチと数十万人分のNPC召喚を行っているカミを想像し、ため息をつくファル。
だが今はそれどころではない。
「なんとかして、ラグナロク山に到着しないとね」
「そうは言っても、入り口まで数キロは離れてるんだぞ」
ラグナロク山が遠い。
果たして、数万のNPCを突破することなど可能なのだろうか。
可能か不可能かは分からない。
しかし、ファルたちには少数とはいえ、頼れる仲間たちがいる。
数十万の敵相手にやる気満々の、おかしな仲間たちが。
「私たちサルベーションが、君たちを援護しよう」
「俺様の無敵状態に感謝するんだな!」
「俺たちレジスタンスも、ヤサカさんたちを援護します!」
《こちら扶桑。ヴォルケの相手は俺たちに任せろ。お前らは正面だけ見てりゃ良い》
《ラグナロク山への道は、私たちが必ず用意してあげるわ》
《ヤサカお姉さまやファルお兄さんたちなら、必ず突破できますわ!》
《戦闘機1機でヴォルケの相手かァ。ムフフ、良いねえェ》
《たった数十万の敵でしょ? 問題なし》
「未来の英雄ミードン、この程度で止められると思うな! にゃ!」
「だぞ、ゲームらしくなってきたんだぞ」
「私の霊力、全開」
「突破です! 大量のNPCを突破です! こういうのを待っていたんです!」
微塵の恐怖も不安も感じられぬ、プレイヤーたちの言葉の数々。
ファルとヤサカの表情も、思わず緩んでしまった。
「みんな、ボス戦が楽しみで仕方ないみたいだね。私も含めて」
「だな。まったく、どうして俺の周りはこう、頭のおかしいヤツばっかりなんだ」
「類は友を呼ぶ、じゃないかな」
「それ、褒めてるのか? 貶してるのか?」
「ファルくんのそういうところが、大好きなんだよ」
ニコッと笑うヤサカにファルのハートは鷲掴み。
戦闘前にイチャつくぐらいの余裕がファルには生まれていた。
氷河の上にいる40人と、戦闘機1機、攻撃ヘリ1機、扶桑1隻。
対するは数十万のNPCたちとヴォルケ。
ここに、壮絶な死闘となるラグナロク山の最終決戦がはじまったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます