ミッション21—8 陸がダメでも海と空がある
すべての橋を落とされ、すべての地下トンネルを破壊され、ニューカーク中心街は完全に孤立した。
もはや陸に逃げ道は存在しない。
「ラム、引き返そう。港からなら、船で逃げられるよ」
「次は船ですか!? 良いですね! すぐに引き返します!」
ヤサカに言われ、ラムダは装甲車をバックさせる。
そして思い切りハンドルを切り、装甲車を180度回転させた。
続けて慣れた手つきでシフトレバーを動かし、アクセルを踏み込む。
再び前進する装甲車は橋を後にし、再びニューカーク中心街へと向かった。
目的地はニューカークの港である。
橋の上にファルたちがいたのはわずか数分。
ところがこの数分で、ニューカークの街はさらに大変なことになっていたようだ。
「おい、なんか白ワニの数が増えてないか?」
「増えてるね。多分、さっきの倍以上だよ。こんなにたくさんのワニが、ニューカークの地下にいたなんて……」
驚くヤサカにファルも同意だ。
ぱっと見で数千匹はいるであろう白ワニのすべてが、ニューカークの地下や下水道に潜んでいたのだ。
明らかに異常である。
「これ、たぶんサダイジンの仕業だよな」
「え? どういうこと?」
「サダイジン、イミリアの開発中に白ワニを使った大規模クエストを用意してたんだろ? クエスト自体は
「なるほど、そうかもしれないね」
「ってことは、あのサダイジンのことだ。白ワニの数――」
「私たちが想像してるより、ずっと多いかもしれないね」
そんなファルとヤサカの推測が正しいのかどうか。
その答えは、港にあった。
巨大白ワニが溢れる市街地を抜ける装甲車。
警官NPCや兵士NPCと白ワニが戦う戦場を突き抜け、ようやく港が目前まで迫ってくる。
だがここで、ラムダの顔色が変わった。
「あの船……もしかして……! 大変です! あそこにいる船、白ワニに襲われてます! えげつないです!」
どうにもワニが苦手な様子のラムダの言葉を聞き、ファルは外を眺めた。
すると確かに、港を出港したばかりの遊覧船が白ワニたちに襲われている。
ケーキにたかるアリのように、白ワニの大群が遊覧船を覆い尽くしているのだ。
遊覧船に乗っていたNPCたちは白ワニの餌である。
あまりに凄絶な光景であった。
「船で逃げるのは、良い案じゃなさそうだな……」
「良い案じゃないどころか、最悪の案だね」
「
船を使ってニューカークから逃げようとすれば、ファルたちの未来はあの遊覧船だ。
どう考えても、船での逃走は賢い選択ではない。
それ以前に、きっとラムダが船を出すのを拒否するだろう。
「もう嫌です! ワニは大嫌いなんです! あのワニ革を思い出すだけでも鳥肌が……あああ!」
「ラムダの弱点発見だな」
「ファルくん、そんなこと言ってる場合じゃないよ。どうやってニューカークを抜け出すの?」
「そりゃ……陸も海もダメなんだから、空しかないだろ」
「ヘリ、使う?」
「大当たりだティニー。ってことでラムダ、ヘリの用意を」
「すぐに用意します! 即刻用意します! ワニから逃げられるなら、どんなことでもします!」
装甲車を飛び降りたラムダは、メニュー画面を起動した。
しかし彼女は、ヘリの用意どころではなくなる。
「いやああああ!! ワニの大群です! ワニの大群がこっちに来ます! ああ! あああああ!!」
ラムダの金切り声に装甲車を飛び出したファルたち。
すると確かに、市街地からこちらへ向かってくる白ワニの大群が見えた。
その数ざっと100匹。
「ラムダ、落ち着いて」
「でもでも! ワニの大群です! 気持ち悪いです! 体が震えます!」
「ワニから逃げる方法、ヘリしかない」
「あ! そうでした! ヘリを用意します! ……手が震えてメニュー画面が操作できません!」
「深呼吸」
雨に打たれながら半ば錯乱状態に陥ったラムダを、相も変わらず無表情のティニーが落ち着かせる。
そうしている間に、ファルとヤサカはワニへの対処だ。
「あの数だと、戦うだけ無駄だと思う。今は、ワニの邪魔をすることを考えるべきだよ」
「よし、俺に任せろ」
いつもいつもヤサカに守られてばかりのファルだ。
今日ぐらいは、ヤサカを守る側になりたい。
ファルはワニの大群を前に立ちはだかり、メニュー画面を起動。
そして息を大きく吸い、叫んだ。
「コピーNPC連撃!」
たった今考えた技名を叫び、メニュー画面を連打。
次々とテキトーなコピーNPCが出現し、肉の壁が出来上がる。
もちろん、コピーNPCはすべてバグっていた。
数十数百と生み出されたコピーNPCすべてが、ずっと「ハンバーガーとコーヒーのセットで」と言い続けているのである。
うるさくて仕方がない。
とはいえ、コピーNPCたちは優秀だ。
彼らはファルの命令に絶対。
100匹のワニに食い殺されるだけの命令も、決して嫌と言わず――「ハンバーガーとコーヒーのセットで」としか言わない――やり遂げるのだ。
約300体にまで膨れ上がったコピーNPCたちは、ワニの進路を妨げる。
この隙にラムダは、震える指で間違えて旅客機を出現させてしまったものの、なんとかヘリを用意した。
ファルたちは急いでヘリに乗り込む。
「飛びます! すぐに飛びます!」
早く逃げたいという気持ちが強すぎるラムダ。
おかげで彼女のヘリの操縦が荒い。
操縦は荒いが、無事にヘリは大空へと飛び立った。
巨大白ワニと「ハンバーガーとコーヒーのセットで」しか言わないコピーNPCたち。
間違えて出された旅客機。
なんともカオスな状態の港を、ファルたちはようやく離れたのだ。
「さすがに空を飛ぶワニはいないみたいだな」
「トウヤ、フラグ立てないで」
「おいティニー、そういうこと言わないでくれ。心配になるから」
妙な不安を抱くファル。
そんな彼のもとに、ドン・レオーネから連絡が入った。
《私だ。君たち、今どこにいる?》
「ドン・レオーネ、無事でしたか。俺たちは、なんとかニューカークを抜け出しました」
《そうか、それは良かった。私たちは今、クエストのワニ狩りをしているところだ。ファミリーが蓄えた大量の銃器が、こんな形で役立つとはな》
「クエスト、楽しそうですね」
《ああ、楽しい。ニューカークにいる他のプレイヤーも、きっとクエストを楽しんでくれているはずだ。ただし、ワニの数が多い。おそらく、次に君たちと会うときは、現実世界での出会いになりそうだな》
「それはそれで楽しみです」
《うむ、私もだ。ではレジスタンスとサルベーションの諸君、さらばだ》
その言葉を最後に、ドン・レオーネから連絡が切られる。
サルベーションを影で支えてくれたレオーネ・ファミリーが、現実世界に戻ろうとしているのだ。
これは悲しい別れなどではない。
雨の降る、白ワニで大混乱のニューカークを眺めて、ファルは思った。
あの街のどこかに、ガロウズ――レオパルトがいるのだと。
「ガロウズにレオパルトの意識の一部が乗り移った、か。まあ、あいつらしいと言えばあいつらしいかもな」
影の番人として不届き者に処罰を下す。
レオパルトの好みに、ガロウズは合致しているのだ。
現実世界への失望感とイミリアへの依存が、レオパルトの意識の一部をガロウズに誘ったとして、それはファルの驚くことではない。
問題は、どうやってガロウズを倒すかだ。
意識の一部が乗り移っているとはいえ、ガロウズはガロウズ。
彼を打ち倒さない限り、レオパルトは昏睡状態から目覚めない。
「次にガロウズに会ったときは、レオパルトくんとお話ができると良いね」
ファルの思いを察知し、そんなことを言うヤサカ。
これにファルは小さく笑って答えた。
「ああ。きっと、すぐに再会するだろうし」
カミの宣言により、全プレイヤーがペルソナ・ノン・グラータ認定されたのだ。
これから容赦のないプレイヤー狩りが激化することだろう。
となれば、ガロウズに出会う確率も高くなる。
なんとしてでもレオパルトを救う。
ファルは改めてそう決意し、雨雲に覆われた水平線を眺めるのであった。
なお、メリア軍によるワニ狩りのための大規模な爆撃によって、ニューカークの街はその日のうちに廃墟と化した。
その結果、ドン・レオーネやトニーを含め、約400人のプレイヤーがログアウトされ、現実世界で目を覚ますことになったのである。
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