ミッション15—2 ビジネス

 とあるライブハウス。

 ヨツバが舞台に上がったことで気勢――奇声を上げたのは、わずか3人のプレイヤー。


「みんなのアイドル~、ヨツバだよ~。今日は~、みんなが私に会いに来てくれて~、とっても嬉しいな~!」


「ヨッツーー!! 僕たちも会えて嬉しいよぉぉーー!!」


「衣装決まってるぅぅーー!!」


「今日のリボンは水色ぉぉーー!! はじめてのカラーだぁぁーー!!」


「わあ~! そうなんです~! 今日は~、この可愛い水色のリボンを~、みんなに見せてあげたかったんです~! 似合ってますか~?」


「似合ってるよぉぉーー!!」


「最高だよぉぉーー!!」


「可愛いよぉぉーー!!」


「ありがとうございます~!」


 ヨツバと3人のファンは盛り上がっているが、他の客はファルたちだけ。

 100人は収容できるであろうライブハウスには、たったの6人しかいないのだ。

 

 ライブがはじまると、3人のファンとレオパルトは大興奮。

 対してファルは、自分がアイドル好きではないことを思い出してしまった。

 ファルは正直な感想をヤサカに述べる。


「なんか……客少なくないか?」


「そうだね。トップアイドルのヨツバさんのライブとは思えないよ」


「だよな。NPCに至っては1人もいないぞ。収益とかどうなってんだ?」


「またお金の話……でも確かに、気になるかもね。ヨツバさん自身が客引きをやってたんだから、きっと――」


「かなり苦しいんだろうな」


「なんだか、私たちと同じだね」


「大金稼ぎたくても稼げないところか?」


「うん」


「そうだな。でも、アイドル業は売れれば金になるんだし、ヨッツーならなんとかなるんじゃないか?」


「そうだと良いね」


 どうしてアイドルが歌を披露している中で、ファルとヤサカはこんな話をしているのか。

 常日頃からゲーム感覚を維持する2人も、金の話になると妙に現実的になってしまう。

 まあ、ゲーム内でも金稼ぎは重要なことなので、真面目になるのも仕方ないのだが。


 さて、それでもヨツバのライブは大盛り上がりであった。

 いくらアイドルに興味がないファルとヤサカでも、現実世界でミリオンヒットを出した曲を生で聞けば、気分も高揚するものだ。


 ライブの時間は約1時間。

 楽しい時間も、すぐに終わりがやってくる。


「みんな~、楽しんでくれた~!?」


「「「楽しかったよぉぉーー!! ヨッツーー!!」」」


「今日のライブは~、ここまで~。みんなとお別れなんて~、寂しいですよ~」


「俺たちも寂しいよぉぉ!!」


「ヨッツー!!」


「でも~、大丈夫~! 来週も~、再来週も~、ここでライブをやりますから~!」


「うおぉぉーー!! 今から楽しみだぁぁ!!」


「8週連続ライブ!! 俺たちはいつだってヨッツーのライブに駆けつけるぞぉぉーー!!」


「みんな~、今日はありがとう~!」


「「「ありがとぉぉーー!!」」」


 終始、大盛り上がりであった3人のヨツバファンたちは、その勢いのまま、舞台から去っていくヨツバを見送る。

 ファルとレオパルト、ヤサカの3人は、それぞれライブの感想を語っていた。


「アイドルのライブなんてはじめてだったが、楽しかったな」


「うん、楽しかった。次はティニーやラム、クーノと一緒にライブを見たいね」


「来週のライブ、絶対行くぞ! ヨッツーのライブは最高だ! もっと早くに気づくべきだった!」


「レオパルトくん、ノリノリだね」


「ああ! こんなに楽しいことは久しぶりだ!」


 珍しくテンションが高いレオパルト。

 どうやら彼は、ヨツバの魅力に引き込まれたようである。


 なんやかんやと、ファルたちはヨツバのライブを楽しんだのだ。

 そんな満足げな3人のもとに、帽子を深くかぶった人物が近づいてくる。

 

「あの~、お話があります~」


 妙に甲高い声、演技のような口調。

 帽子で顔を見えにくくはしているが、ファルたちに話しかけてきたのは間違いなくヨツバだ。

 今度の彼女は、なんの用で話しかけてきたのだろうか。


「は、はい! えっと……話って、なんですか?」


「そこのお姉さんって~、どっかで見たことあるな~、って思ってたんですけど~、いろんなクエストを募集してるってウワサの~、ヤサカさんですよね~」


 多くのクエストを募集し、プレイヤー間ではある程度の知名度を得ているらしいヤサカ。

 しかしまさか、ヨツバまでもがヤサカの顔を知っているとは予想外だ。

 思わずファルたちは驚いてしまい、ヤサカは反射的に首を縦に振ってしまう。


「やっぱり~! ということは~、お兄さんたちはヤサカさんに付きまとってる~、やる気のない男2人ですね~?」


「おい待て、俺とレオパルトの印象がおかしいぞ。付きまとってるって、ストーカーみたいに言いやがって」


「聞き捨てならないな。そんな噂を広めたヤツを特定しないとな」


 知らぬところで悪口のようなウワサが流れていることに、腹を立てたファルとレオパルト。

 ヨツバは2人の怒りなど気にせず、話を続ける。


「実はさっき~、話が聞こえちゃったんです~。大金稼ぎたくても~、稼げない~って」


「え……あ、いや、そんな下世話な話――」


「そこで~、私からの提案があります~」


「て、提案……?」


「私って~、アイドルじゃないですか~。私が舞台に立って~、歌って踊れば~、お金が飛び交うぐらいの~、トップアイドルじゃないですか~」


「自分で言うのか!?」


「だから~、私とビジネスをやりましょうよ~。アイドルビジネスです~。ヤサカさんたちって~、何かの組織に所属してますよね~。ヤサカさんたちの力なら~、私を売り込むことも可能ですよね~」


 アイドルの提案とは思えぬ言葉に、ヤサカは唖然とした。

 一方でファルとレオパルトは、目を丸くしながらも即答する。


「やろう。アイドルビジネス、成功させよう」


「僕がプロデューサーだ」


「ファルくん!? レオパルトくん!?」


 さらに驚いたヤサカ。

 彼女はファルとレオパルトの袖をつかみ、自分の近くに引き寄せた。

 そしてヨツバに聞こえぬよう、小さな声で忠告する。


「ヨツバさんの提案は、断った方が良いと思うよ」


「なんでだ? アイドルプロデュースのチャンスなのに、どうしてだ?」


「おいヤサカ、これは一儲けするチャンスだぞ。チャンスを逃すわけにはいかない」


「チャンスじゃないと思うよ。だってヨツバさん……芸能事務所じゃなくて、素性も分からないような私たちに飛びついてきたんだよ? きっと、芸能事務所で売れなくて、苦し紛れに私たちに助けを求めてきたんじゃないかな?」


「それ以上は言わせない! ヨッツーは最高のアイドルだ! 僕が必ずトップアイドルの座に戻すんだ!」


「どうしよう……レオパルトくんが変な方向に行っちゃった……」


 アイドル育成の夢を熱く語るレオパルトに、ヤサカは困惑。

 ファルはいつもの金の亡者と化し、ヤサカに反論した。


「よく考えてみろ。ヨッツーは本物のトップアイドルだ。本物のトップアイドルなら絶対に売れる。ヨッツーが売れれば、俺たちは数億レベルの金が得られる!」


「いや、だけど――」


「数億の金だぞ! レイヴンさんも大喜びだぞ! 救出作戦のためにもなる!」


「うう……今のファルくんとレオパルトくんが止められる気がしないよ……」


 軽く絶望状態のヤサカは、ファルとレオパルトを説得するのを諦めてしまった。

 これにより、ファルとレオパルトを止められる者はいなくなる。


 ヤサカが諦めた時点で、ファルたちはヨツバの提案を受け入れたも同然だ。

 ファルとレオパルトは振り返り、相も変わらずキメ顔で、ヨツバに宣言する。


「次のトップアイドルは決まりだな。次のスターは決まりだな」


「このビジネスを成功させて、がっぽがっぽ稼ごう!」


「わあ! ありがとうございます~!」


 絵に描いたような満面の笑みを浮かべたヨツバ。

 もはや笑顔が張り付いているといった方が正しいだろう。

 それでもその笑顔は、ファルとレオパルトのテンションを上げさせるには十分であった。


「これで、チヤホヤ生活が帰ってくる……フッフッフ」


 ヨツバから漏れ出た本音。

 この本音は、ファルとレオパルトの耳に届くことはなかったのである。

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