ミッション14—5 本性を出していけ

 ああああのニート宣言から一夜明け、あああいの隠れ家生活2日目。

 今日もファルとレオパルトはああああの見張りだ。


 ただし、見張りの必要があるのかどうかは甚だ疑問である。

 宣言通り、ああああは部屋に引きこもり外に出てこない。

 すでに鎖を外され、自由の身であるにもかかわらずだ。


 部屋の前に置いておいた食事は回収され、空の食器となって出てくるため、ああああは生きている。

 おそらく、ラムダが用意した漫画やゲームでニート生活を満喫しているのだろう。


「驚いたな。まさか誘拐されて監禁された先で、ニート生活をはじめるなんてな」


「ホント。ああああって、もしかするとあああいよりもクレイジーなんじゃないかって思えてきた」


「ああああはこれからどうする気なんだ? ここに住む気なのか?」


「さあな。俺が今言えるのは、ニート生活が羨ましいってことだけだよ」


「さすがはニート予備軍だな」


「レオパルトだって同じこと思ってるだろ」


「もちろんだ」


 ああああが引きこもる部屋の前で、雑談を交わすファルとレオパルト。

 少し離れた部屋からは、ラムダとあああいの楽しげな言葉が聞こえてきた。


「さあ! 選んでください! ジョーカーの確率は2分の1ですよ!」


「最高に緊張するぜ! どっちだ!? どっちを選べば良い!?」


「ほらほら~!」


「姉ちゃん!? クソ! 片方のカードを目立たせやがって! これは罠か!? それとも姉ちゃんが正直者なのか!?」


「ニヒヒ、早く取っちゃってください!」


「ええい! この目立ってる方がジョーカーだ! 正解はこっちだ! ヒャッハーー!」


「あああいさんよ、残念です! それはジョーカーです! 勝負はまだ終わりません!」


「ファ◯ク! まあいい、さあ姉ちゃん! どっちがジョーカーか分かるか!?」


「むう……悩みます!」


 あああいはああああを誘拐し、1億圓の身代金を要求しているはずなのだが、なんとも平和だ。

 警察もあああいの身代金要求を黙殺しているのだろうし、警察がやってくる気配もない。

 あああいの隠れ家生活2日目は、こうして何事もなく終わった。


 さて、3日目の夜である。

 この日はあああいが身代金要求の期限に設定した日。

 つまり、未だ警察から全くの反応がないため、あああいがああああを殺害する日ということである。


「ヒャッハー! 女を殺すぜ! 殺す前にお楽しみの時間だぜ!」


 下卑た笑みを浮かべ、ああああのいる部屋に向かうあああい。

 さすがにああああを見殺しにできないファルとレオパルトは、あああいに訴えた。


「待ってください!」


「うるせえ小僧! 俺の楽しみを奪う気か!?」


「ああああは、警察の暗殺対象です!」


「あんだと? だからなんだってんだ!?」


「きっと、ああああを警察に引き渡した方が金になると思います!」


「バカかお前! 俺だって警察の抹殺対象だ! あの女を警察に引き渡しに行ったってよ、一緒に殺されるだけだ!」


「いや、でも――」


「お前は黙ってろ! 俺はあの女で遊ぶって決めてんだ! ヒャッハー!」


 もはやファルとレオパルトでは、あああいは止められない。

 あああいはああああが引きこもる部屋の扉を勢いよく開けた。


「おい! 俺がお前を快楽の底に叩き……堕として……やる……?」


 急速にアドレナリンが乾いていくあああい。

 彼が目にしたああああは、清純で神聖な雰囲気を纏う彼女ではなかった。


 部屋の中には、ジャージ姿にメガネをかけ、漫画の山に埋もれたベッドの上でBLマンガを読むああああが。

 聖人として名を馳せた人物が、男同士の竿の突き合いを見てニタニタしているのである。

 部屋の端には黄色い液体が入ったペットボトルがあるが、まさか……。


「チッ……なに勝手に入ってきてんの!? 出てけよ!」


 呆然とするあああいをキッと睨みつけ、悪態をつくああああ。

 これに対して、あああいはどのような反応を示すのか。


「……こんな汚ねえ部屋にいて、大丈夫なのか?」


「自分の部屋どうしようと勝手だろ」


「だけど、少しは片付けた方が良いと思うんだが……」


 なぜかああああを心配するあああい。

 その口調すらも、どことなく優しさがあった。


「マンガとゲームに埋もれて……運動はしてるのか?」


「うるせえよ! いいから出てけよ!」


「夕食は――」


「扉の前に置いとけよ! ほら、出ていけ!」


「わ、分かった! 分かったから、すぐに出て行くから、大声出さないで」


「出てけよ!」


「ごめん」


 背中を丸め、扉を閉め、あああいはああああの引きこもる部屋から出ていく。

 部屋から出た直後、あああいは深いため息をついた。


 どういうことなのだろう。

 さっきの母親のようなあああいの反応はなんだったのだろう。

 ファルとレオパルトは開いた口がふさがらない。


「おお! ついにファルさんとレオパルトさんも見ちゃいましたね!」


 突如現れたラムダの言葉。

 彼女はあああいの〝正体〟を語りはじめた。


「わたし、あああいさんと遊んでて気づいたんです! あああいさんのあのクレイジーさは、全部キャラ作りだったんだって!」


「キャラ作りだと?」


「そうです! キャラ作りの演技です! 本当のあああいさんは、すっごく優しくて、料理が上手で、洗濯が好きで、お掃除が得意で、お節介な人なんです!」


「まるでお母さんだな……」


 ラムダの説明に驚き、困惑するファルとレオパルト。

 一方で、ラムダの言葉を聞いたあああいは冷や汗を垂らしながら、大声で叫んだ。


「ち、ちげえぞ! 俺はクレイジーな暴れん坊だ! ヒャッハー! 見ろよ! クレイジーすぎてそこらにある椅子も蹴っちまうぜ! ヒャッハー!」


 そう言って、あああいは椅子を蹴り飛ばす。

 ただし、蹴り飛ばした椅子をすぐに元の位置に戻した。

 ラムダの言葉が正しかったようである。


 レオパルトは、納得したような顔で分析を開始した。


「なるほど。あああいという名前は、明らかにああああが登録済みだったからこそ付けられた名前だ。クレイジーな人間が、ああああが登録済みだからと大人しくあああいという名前にするはずがないと思っていたが、これで納得だ」


 レオパルトの分析を聞いて、あああいはさらに焦りはじめる。


「ヒャッハー! なんだか興奮するぜ! 最高に……興奮するぜ! ヒャッハー!」


「……あああいさん、無理しないでください」


「ヒャッハー! ヒャッハー!」


「手遅れです。もうクレイジーキャラやっても手遅れです」


「そうですよ! 本性見せちゃいましょうよ!」


「ヒャッハー……」


 肩を落とし、大人しくなったあああい。

 そして、彼はか細い声でファルたちに言った。


「……いいのかな? 本性見せても、大丈夫なのかな?」


 まるで別人のような口調。

 マッチョマンな体型からは想像もつかない、好青年のような声色。

 これがあああいの本性だというのか。


「良いですよ! 本性見せてください! むしろ、本性の方が良いと思います!」


「……そうかな? じゃあ、ボクはボクらしくしてみるよ」


「その調子です! 無理して仮面をかぶる生活は終わりです!」


「お姉さんの言う通りだね。無理してクレイジーを演じるボクは終わりだ。ボクはボクなんだ!」


 どうしよう、このあああい、すごく爽やかだ。

 見た目は筋肉マッチョマンなのに、中身は好青年だ。


「誰だよ……あれ……」


「あああい、だと思う。見た目だけなら、あああい、だと思う」


「人殺し筋肉どこいった? 皆殺しとかガトリングとか腕もぎとか、物騒なあだ名どこいった?」


「爽やかあああい、ならいるんだがな」


「なんで……クレイジーなサイコ野郎の演技なんかしてたんだろう……」


 疑問が尽きないファル。

 そんな彼の疑問が耳に入ったのか、あああいは爽やかに笑って口を開いた。


「1年半前、強盗を退治したことがあるんだ。その時に一緒にいたNPCが暴れん坊で、そのNPCと混同されて、ヤバい奴がいるって噂になっちゃって。いつの間にか、噂に尾ひれ背びれがついて、噂のボクはクレイジーサイコ野郎になってて」


 後ろ頭をかきながら、あああいは苦笑い。


「その噂が広まって以降、ボクにクレイジーサイコ野郎を期待する人が出てきて、その人たちの期待に応えようと演技してたら、いつの間にか抜けられなくなっちゃって」


「演技できる時点で素質はあったんだろうな」


「ボクも、まさか自分があんな演技ができるとは思ってなかった。でもやっぱり、自分と違う人を演じ続けるのは辛い。いつものボクに戻れて、今はホッとしているよ」


 あああいの笑顔が眩しい。

 ああああはニートとなり、あああいは好青年に戻る。

 衝撃的なことが連続したため、ファルの頭の中は混乱の渦に巻かれていた。

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