アウトロウ

五十貝ボタン

プロローグ

 乾いた荒野に風が吹く。

 砂塵が舞い上がり、黄色い太陽がガムシロップを注がれたコーヒーのようにゆらめいた。

 中天にのぼった太陽は、真昼の日差しを見渡す限り一面の荒野に注いでいる。

 彼方の空では、翼長十三メートルに及ぶジャイアントハクトウワシが翼を広げて滑空の真っ最中だ。

「よォ」

 その空の下で、ふたりの男が向かい合っていた。口を開いたのは、背の高い方……口ひげを短くそろえた、テンガロンハットの男だ。

 腰には拳銃嚢ホルスター。そこには、血管を思わせる赤い装飾が絡みついた拳銃が一挺。男の体格に対して小ぶりだが、素早く取り回しできそうな銃だ。

「知ってるか? あのトリはな、人間の乱獲のせいで絶滅の危機にあるんだ」

 空を示す男に対峙するもうひとりは、相手に比べてかなり背が低い。

 少年だ。

 目の前の男のように、帽子をかぶってはいない。代わりにバンダナを巻き、明るい茶色の髪が垂れている。

 狼と同じ琥珀色の瞳に溢れているのは、男の迫力ではなく少年の威勢だ。

 足首まで隠れそうなサイズの大きなコート。赤いベストは中古品なのか、つぎはぎだらけだ。その背中にはリュックサックのように何かが背負われていた。それは一見して拳銃嚢のように見えたし、銃把グリップのようなものが覗いていたが、あまりにもばかげたサイズのせいで、そこにあるものを拳銃だと思うものなど居ないだろう。

「トリ愛好家なのか?」

「ずれたこと言ってんじゃねえよ」

 少年の返事に、男が唾を吐く。

「俺が言いたいのはな、人間の欲望には限りがないってことさ。あんな化け物みたいなトリを捕まえるためにいくらでも金を積むやつがいるらしい」

「儲かるのか?」

「儲かるのさ」

 へぇ、と少年が喉を鳴らした。

「そりゃあいいことを聞いた」

「絶滅の危機にあるんだぞ?」

「希少価値が上がるってことだろ?」

 少年はにやりと歯を剥いた。獲物に相対した狼の笑み。

「俺はお前みたいな、金のためならなんでもするってやつが死ぬほど嫌いなんだ」

 男が、苛立った様子で言う。

「アレも欲しい、コレも欲しい、そんなんじゃこの荒野はいつまでもこのままだ! 俺はな、いいか、俺はお前みたいな奴を殺すためにアウトロウになったんだ!」

 男がくすぶらせていたたき火のような苛立ちは、やがて燃えさかる激昂へと変わっていた。

「わかった、わかったよ」

 まるで牛に「どうどう」とするように、少年が胸の前に手をかざす。

「あんたがそこまで言うなら、トリを捕まえるのはやめだ。代わりに、目の前のチャンスを狙うことにするぜ」

「とことんずれてんな、てめえは」

 話に付き合うのに飽きた、とでも言うように切り出した少年に、また男は唾を吐く。

「こういうシーンには、情緒のある会話がつきものだろうが。今日がお前の命日になるんだぞ」

「情緒は分からん。ジェリー・ハートブレイク、あんた自分にいくら賞金が掛かってるのか知ってるか?」

「スミス紙幣にして、たったの一〇〇〇だろ? そんなはした金のために命を捨てるなんてな、ばからしいぜ」

「俺にとっちゃ、ビッグチャンスだ」

「欲深いな」

「おうよ」

 にらみ合うふたりの間を、風が吹き抜けた。

「俺のことを調べたんなら、分かってるんだろ? 俺の銃は悪魔の銃ディアボリック・ガンだ。こいつは中でもとびきり強力でな」

 ひげの男……ハートブレイクが自分の腰に吊された銃を示す。赤い血管のようなものが絡みついたグリップが、日に照らされて鈍く輝いていた。

「銘は“ワンショット・キラー”。撃てば必ず心臓に命中する、一撃必殺の銃だ。どうだ、今すぐ逃げ出せば、お前なんかを追いかけるほど俺も暇じゃない」

「あんたより先に撃てばいいんだろ?」

「コートの中に銃を隠してるのか? ……それともまさか、その背負ってるのがお前の銃か?」

 ハートブレイクの言葉は嘲るような調子だったが、少年の口からのぞく犬歯が隠れることはない。

「そうだ」

 それどころか、少年はますます笑みを濃くしている。

「ははは、こいつは傑作だ! 銃を背負ったガンマンなんて聞いたことがねえ」

「ガンマンじゃない」

 ハートブレイクの言葉に反発するような少年の声。

「アウトロウだ」

 明らかに、空気が変わった。

「てめえの得物も悪魔の銃か」

 ふたりの視線が空中で交差する。少年はゆっくりと頷いた。

「名前ぐらいは聞いておいてやるぜ」

 ハートブレイクが懐に手を突っ込んで、何かを取り出した。古びたコインだ。

「クラウド・ゴールドシーカー。銃の銘は“ドリーマー”」

「ゴールドシーカー、言うだけムダかも知れないが、今すぐそいつを捨てることをおすすめするぜ」

「悪魔の銃を手にして、捨てられる奴なんていない。あんたにも分かってるだろ」

「お前はそれの本当の恐ろしさを知らないんだ。銃に取り込まれる前に、手放せ」

 ハートブレイクが告げる。少年……クラウドは彼の言葉を、鼻息と共に一蹴した。

「あんたが先にそうするなら、考えてもいいぜ」

「ガキが。俺の言うことを聞いておけばよかったと、あの世で後悔させてやる」

 ハートブレイクが吐き捨て、コインを投げた。

 ハートブレイクは腰に、クラウドは背中に、それぞれの銃に向けて手を伸ばす。

 コインがくるくると日差しを反射しながら、宙を舞う。

 一秒にも見たぬ時間、風すら動きを止めたように思えた。

 コインが乾いた砂に落ちた。その瞬間には、ハートブレイクは銃を抜いていた。

 クラウドの指がグリップに届く頃には、ハートブレイクの指は引き金を引いている。その銃口はろくに狙いもつけず、クラウドの手前の地面に向けられている。

 しかし、飛び出した弾丸は重力に逆らったあり得ない軌道を描き、導かれるようにクラウドの胸の中心に命中した。

 いや、事実それは導かれたのだ……ハートブレイクの欲望を象った悪魔の銃に。彼の一撃必殺の信条を込めた弾丸は、この世界を統べる神の法ザ・ロウに逆らって、重力や慣性すら超えた軌道でクラウドの心臓へ向かって飛来したのだ。

「っが……!」

 クラウドは背中の銃を抜こうとした体勢のままのけぞり、どうと膝をついた。

「神の法に逆らって、必ず心臓を貫く俺の銃に決闘で勝てるわけがないだろう。さらば、クラウド・ゴールドシーカー。馬鹿なガキだったな」

 銃口から立ちのぼる硝煙を吹き、ハートブレイクは銃を腰に収めた。『馬鹿なガキ』に背を向け、歩き出そうとしたとき。

「俺はアウトロウだって言っただろ」

 倒れたはずの少年の声が、聞こえた。

「馬鹿な、確かに心臓に命中したはず……」

 ハートブレイクの頬を、一筋の汗が伝った。

「あんたの銃のことは分かってた。必ず胸に命中するんなら、胸だけ守ればよかったんだ」

 どさっ。

 クラウドのベストから、“神の法の書”が落ちる。胸元に仕込んでいたそれには、弾丸が半ばまで突き刺さっていた。

「アウトロウだから、嘘もつくし騙しもする。あんたはここで終わりだ、トリ野郎!」

「誰がトリだ、てめぇっ!」

 ハートブレイクが銃を抜くため、腰に手を伸ばすが……

「あんたより先に撃てばいいんだろう。俺はもう抜いてるぜ!」

 そのときにはすでに、クラウドは“ドリーマー”を両手で構え、突きだしていた。

 それは普通の拳銃の形をしていたが、とても普通の拳銃と呼べる代物ではなかった。

 どこにでもあるリボルバー拳銃をそのまま倍に相似拡大したようなばかげたシングルアクション。七〇口径を優に超える銃口が、まっすぐにハートブレイクへ向けられていた。

「てめぇっ!」

 ハートブレイクが声を上げる。男が銃を抜くよりも早く、がちり、と列車の歯車がかみ合うような音を立ててクラウドが撃鉄を起こした。

賞金チャンスはもらったぜ!」

 銃声は太陽に届くほど大きく、そして、たった一発だった。

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