第31話 異常なる魔人の蹂躙
やたら興奮気味に喋るシスリーに違和感を覚えたが、それだけ逆転の一手なのかもしれない。
ならばいい手に違いないとトゥトゥラが焦ってしまうのは仕方の無い事だった。
「私の角度からだとバッチリわかるんですけど………」
ゴクリと唾を飲むシスリーから語られたのは衝撃の事実。
「あの魔人ブレイザー…………」
その内容とは。
「お尻に便器が挟まってます!」
「そんな事かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そう、他三人と比べて魔人から少し角度のある場所にいたシスリーだから見えた衝撃。 いや、笑撃(シスリー的に)というべきか。
「いやー、さっきウロウロしてる時、便器に座ってましたからね。そこでうっかりはまっちゃったんでしょうね。アッハッハッハッハ!」
魔人という“格”に恐ろしく似つかわしくない絵が四人の前にできあがっていた。
世界を滅ぼす事のできる魔人の尻にガッポリとハマっている便器。立ってるのに抜けないと言う事は、さっき座った時、よほど便器とフィットしてしまったに違いない。
酷くどうでもいい事だが。
「そんなどうでもいい事より、ちょっとは絶望的なこの戦力差を埋められるようなひらめきを起こせぇぇぇぇぇ!」
「本当ですね。まさか便器が挟まるとは。なんて間抜けな絵でしょうか」
「いやいやー、強いからといってもー。格好いいとか威厳あるとか限らないって事だねー」
「あんた達もぉぉぉぉぉぉ! 今はそんな所気にしてる場合じゃ――――――!」
と、その時だった。
魔人が消えたのだ。
便器のガシャンと落ちた音が聞こえた瞬間、派手に瓦礫が舞い上がった。
突風がシスリー達に吹き荒れ、それが魔人の移動によるモノなのは明白だった。
だから、警戒する事はできたのだが――――――――それと気がつけるかは別の話だ。
「ベルちゃん! 後ろ!」
リーンベルの背後。
シスリーは咄嗟に叫んだが、叫んだ所で反応が間に合うモノではない。
世界を滅ぼす拳――――――――魔人の恐るべき覚醒拳グラディウスが炸裂した。
「ぐっ!?」
便器の落下と同時に、その小さな体が地面を削りながら吹き飛んでいった。
山を割るような衝撃インパクトの瞬間、リーンベルの体が粉微塵に砕けていなかったのは幸運以外の何物でもなかった。
「ベルちゃんッ!」
そして、その攻撃が吹き飛ばすだけで終わるはずがない。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
追撃をすべく、魔人の左手が吹き飛んでいったリーンベルの方向へ向けられる。
魔界力の収束、リーンベルを撃つ気だ。
「おっととー、させないよー」
しかし、その攻撃は早々に封印された。魔人の両手両足にソウルマフラーが巻き付き、その動作を制限したのだ。
そのまま締め潰すような衣擦れの音がソウルマフラーから聞こえてくる。
おそらく、レナは束縛ではなくこのまま圧殺したいと思っているのだろう。
「頼むから………………ジッとして欲しいなー。できれば永遠にー」
一手目(リーンベル攻撃)には間に合わなくとも二手目(リーンベル追撃)ならば間に合う。
いくらその動きが速くとも、攻撃するからには必ず動作を伴うものだ。魔人がどんなに力を持っていようと、動作が行われる以上そこに隙はできる。
そして、行動する必要がある以上、ソウルマフラーで身動きを封じられれば何もできない。
「グウウウウウウウ…………」
リーンベルがただの“犠牲者”で終わらないように、最適の行動をレナはする事ができていた。
まあ――――――――――――――その相手が
「…………だよねー」
魔人ブレイザーでなければの話だが。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
魔人ブレイザーにレナ程度の結集力など通じない。あっという間にソウルマフラーは引き千切られ、時間稼ぎにもならなかった。
「…………ソウルマフラーはトイレットペーパーじゃないんだけどなー」
この行動は無駄に終わるとレナはわかっていた。わかっていたが――――――――ジッとしている事などできなかったのだ。
「何もしないのは…………嫌だからねー」
いくら相手が圧倒的な化物だろうと必ず抵抗する。誰かが死にそうになっているのなら尚更に。
ただ滅びを待つだけの選択を行える臆病さをレナは持っていなかった。
「グルルルルルルルルルルルルルル!」
レナはすぐにソウルマフラーを修復しようとしたが、そんな暇を魔人ブレイザーが与えるワケがない。
「がッ!?」
魔人ブレイザーはレナをマフラーで巻き付け、即座にその全身を覆い尽くすと――――――――そのまま地面へ抉り込んだ。
ガガガガガガガガガガガガ、と。
地中に亀裂が走り周囲の地面が次々と隆起していく。その様子からして魔人が地中の中でレナを“泳がせている”のは明白で、レナの身体がズタズタにされたのは間違いなかった。
やがて地中からマフラーが飛び出すと、再び魔人の首元へと巻かれる。
すぐに蒸発してしまったが、その一部分に――――――――血が付着しているのをシスリーとトゥトゥラは見逃さなかった。
「…………シスリー」
「はい…………」
トゥトゥラの身体は僅かに震えていた。だが、それは仕方の無い事だ。徹底的に抵抗できない恐怖は、生物に敗北本能を呼び起こさせる。
当然シスリーも同じだ。トゥトゥラと違って震えはしてないモノの、頬を伝う汗は止まる事がなく、魔人を見る目に力は無い。
二人は悟っている。
殺される。確実に。
「ねぇ……最後に…………手を握ってもらっていい?」
それはトゥトゥラの最後の告白だった。
「そうすれば…………少しはまともな最後を迎えられる気がするから…………」
「…………わかりました」
二人は互いを離さないように手を強く握りしめた。
魔人の恐怖に心が塗れぬようこの手を握る。二人の手がつながっているなら、きっと最後は強がる自分を保っていられる。
せめて心だけは敗北しないように、手を握ったシスリーとトゥトゥラは魔人を睨みつけていた。
「…………………………」
それから約十秒後。
魔人はずっと首を俯け、背を傾けたまま――――――――何もしなかった。
そう、何もしない。
その場から動かない。
「…………な、なんなの? 何もしてこないみたいだけど」
何故かその格好で固まっているのだ。動く様子は何処にもなく、長い間封印でもされてるかのようになっている。
「…………よほど眠かったんでしょうか?」
「んなワケないでしょ!」
二人を相手に遊んでいるワケでも無いだろう。そんな事を考えるような相手なら、リーンベルやレナに行った攻撃に殺気がありすぎた。
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