第48話 危険な香り

「エレン、エリスの準備は出来てるのかしら?」

「はい、先ほどユリネから準備が整ったから二階のサロンで待っていると連絡を受けております」

「ありがとう」


  今日はお城で行われる個人的なお茶会に誘われている。

 先日のパーティーでお約束をしたパフェの実演&試食が、いつの間にか王家+公爵家のお茶会に変わっていたと知らされた時は、思わず招待状を三度も見直した。


 まぁ、カテリーナ王妃のお付きの方々を思えば、私がお茶会に参加するぐらいで心休まるのであれば、嫌々でも参加しなければならないだろう。

 かなり王妃様に振り回されている様子だったし。


 それに招待状の中にはレティシア第二王女とユミナ公爵令嬢から、エリスを是非お連れしろと書かれていたからには、妹の喜ぶ顔を見たい私には断れる筈もなかった。


 今日の私の服装は水色を主体としたワンピース姿に、同色のケープを羽織っただけのシンプルスタイル。

 本来なら『何を着て行こうかしら?』と悩まなければいけないところではあるが、招待状には楽な格好でお越しくださいと注釈があったので、これは私たちに気遣ってくれたのだろうと思い、ここは素直に甘える事にした。

 これでも一番いい服ではあるのだけどね。


「まだ時間はあるわね、私もサロンでお茶でもしてようかしら」

 時計をみて、まだ出発するには一時間近くもある事を確認した私は、取り敢えずエリス達が待つサロンへと向かった。




「ユリネ、勉強の方はどう? 分からないところがあれば聞いてくれていいから」

 エリスの専属メイドであるユリネは、来年の春からエリスと同じ学校の高等部へ入学させる事が決まっている。

 元々定時制の初等部には通っていたのだが、中等部時代は住んでいた屋敷の問題もあり、全く通えていなかった。


 ユリネは初等部さえ卒業していればメイドの仕事には支障はないからと断っていたが、私にとっても妹のような存在のユリネをそのままにしておく事は出来ず、母親のノエルを強引に説得し、高等部から学園に通わせる手続きをしたのだ。もちろん費用はこちら持ちで。

 その為、現在ユリネには家庭教師を付けて、中等部で習うはずだった知識を学んでもらっている。


「お気遣いありがとうございます。分からないところは母……メイド長に教わっておりますので大丈夫です。……その……ア、アリスお姉さま」

 くぅ〜、やっぱりユリネは可愛いわね。

 恥ずかしながらアリスお姉さまとか言ってるところなんて、もうお持ち帰りしたいくらいだ。

 ユリネには「アリスお姉さまって言ってくれなきゃ泣くぞ」と脅し……コホン、お願いしているのだ。

 隣からエレンがジト目で私を見ているが、ここはサラッと流しておこう。


 そんな私がエリスとユリネの可愛さを愛でていると、慌ただしく誰かがノックをし、サロンへと入ってきた。


「すみませんお嬢様、少しトラブルがございまして一号店へ来ていただけますか」

 慌てた口調で入ってきたのは、一号店でホールスタッフをお願いしているリリアナだった。


「何かあったの?」

 一号店に急ぎ向かう途中、リリアナから詳細を聴く。


 リリアナの話ではエリクと二人の調理人が揉めているとの事。

 揉めている内容までは分からないらしいが、リリアナを寄越したところを見るとエスニアでは手に負えないのだろう。


「何をしているの!」

 私の登場で一旦揉めていた三人は落ち着いたようみ見えるが、かなり言い争っていたのだろう、エスニアの顔が安堵のため息をついている。


「店長、なんでこいつが料理長なんですか!」

 私に噛み付いてきたのはクラウス、一号店の調理人を補充する際に雇い入れた一人だ。


「どういう意味かしら?」

「こいつよりクラウスさんの方が優秀だって言ってるんですよ」

 こちらはもう一人の調理人であるダニエル、二人とも腕は確かのだが少し自己主張が強いのだ。

 ダニエルがクラウスを押しているところを見ると、恐らく同時期に入った二人は、エリクの愚痴を話している内に意気投合でもしてしまったのだろう。


「一体どうしてそんな話になったの?」


 二人の話では、クラウスは以前どこかの有名レストランの副料理長を任させられていた程の腕らしく、年下で経験の少ないエリクでは付いていけないという。さらにチョコレートの素材レシピを、エリクが自分たちに教えない事にも納得が出来ないらしい。


 現在チョコレート等一部の材料は、二号店で素材をある程度加工してから一号店に入れている。

 例えばカカオをチョコチップやココアミルクにしてから材料の一つとして渡しているのだ。その方が作業効率もいいし、ケーキ作りにも余計な手間がかからない。 それに素材レシピの流出はできるだけ避けたいと言うのも本音だ。


「エリクに素材レシピを口止めしているのは私よ、そもそも今の作業内容でチョコレートの素材レシピなんて必要ないでしょ?」

「ですが、こちらの店でも素材から作った方が便利じゃないですか。それにこいつだけ極秘レシピを知っていて、俺らに教えられないってまるで俺らの事を信用していないとでも言うのですか」

 ダニエルが言った一言、レシピ……本人達はどう思って言ったのかは分からないが、『極秘』と言った時点でこの二人は私からの信頼をなくしてしまった。


 私は今まで一度も『極秘』などという言葉を使ったことはないし、契約書はあくまで個人情報とレシピの漏洩禁止しか書いていない。

 またチョコレート等の一部は材料として用意しているだけであって、ケーキやパフェの作り方をスタッフには隠していない。


「貴方達の言い分はわかったわ、でも答えはNoよ。理由は今の貴方達に必要なのは素材レシピなんかじゃなくて、ケーキ作りの腕を上げる事じゃないかしら。

 それに料理人としての腕がどれだけあろうが、私たちが作っているのはお菓子よ。お菓子作りの腕は間違いなく貴方達よりエリクの方が上なの。もし素材レシピを知りたければエリクより努力し、私の信頼を得てから言いなさい。その時は喜んで教えてあげるわ」

 二人は渋々といった感じではあるが引き下がっていった。納得はしていないようではあるが……。


「お嬢様、申し訳ごいません」

「エリク、もっと自信を持ちなさい。貴方のパティシエとしての腕は私やディオンにも引けを取らないわ。もし何かあれば責任は全て私が持つから、貴方は貴方の信じる道を行きなさい。」

 私はエリクにそう言い残すと調理場を後にした。

 私がエリクにできる事はここまでだ、後は本人が如何に自分に自信を持てるかなのだが。


「お嬢様、お手間を取らせてしまい申し訳ごいません」

「いいえ、いい判断だったと思うわ。それにしてもよくあるの?」

 エスニアは私を店舗の裏口まで見送るように見せかけ、人目がなくなったところで話しかけてきた。


「はい、最初の頃は良かったんですが、仕事に慣れ始めた頃からクラウスさんがエリクにいろいろ文句を言いだしまして」

 彼の性格ではエリクが料理長というのが気にくわないのだろう。


「分かったわ、また何かあれば教えて。あとエリクの事をお願いね、あの子随分落ち込んでいたみたいだから」

「分かりました」

 エリクの事はエスニアに任せておけば大丈夫だろう、二人の仲は随分進展しているようだし。


「あと、もしもの時は貴方の判断で……」

「はい、心得ております」

 エスニアには一号店の全てを任せている。

 もしもあの二人が店にとっての危険分子になるのならば……切らねばならないだろう。

 集団というのはたった一人の反する人物のせいでバラバラになってしまうのだ。エスニアも商会の娘ならその辺りの事はよく知っているはずだ。


 私はエスニアにエリク達の事を託し、お城のお茶会へと出発した。

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