第46話 すべての答え
「お祖母様、どうしてこちらにいらっしゃるのですか?」
「あら、孫達の事が心配で見に来ちゃいけなかったかしら?」
いやいや、そういう意味じゃなくてですね。お爺様が本邸におられたのだから、私はてっきり別館にでもいるんだと思っていたんだって。
お屋敷から帰って来た私たちは、戻るなりノエルからお祖母様が来られていると聴き、すぐさま部屋へ伺う事にした。
ノエルの判断で個室へ案内してくれたのは流石と言うべきか。
「それにしてもこのケーキは美味しいいわ。あなたもこちらにいらっしゃって、食べて見てください」
「そうさせてもらおう」
「うわぁっ!」
って、いつの間にいたんですか、お爺様!
「アリスちゃん達もそんなところで立っていないで、こちらで一緒に頂きましょ」
……はぁ、この間からお爺様達にずっと驚かされてばかりな気がする。
「エレン、先日出来上がったばかりのラベンダーとローズヒップのブレンド茶をお願い。ノエル、お爺様とお祖母様が好まれそうケーキをお出しして。あとシロ達の分もね」
ノエルたちに指示を与え、私とエリスもテーブルに着く事にした。
「その子達はお前の契約精霊か?」
リリー達を見ながらお爺様が私に尋ねてくる。
「はい、この子がリリー、青い髪の子がスイ、赤い髪の子がエンと言います」
「この子はシロです」
「みゃぁー」
私の精霊達を紹介し、その後にエリスがシロの紹介をする。
精霊達も私に気遣って、お爺様達に丁寧に挨拶をしてくれた。
「あら、可愛い子達ね」
「よくもまぁ、これほどの精霊達が集まったものだな」
呆れているのか、褒められているのかよく分からない答えだった。
もう一人精霊がいるとか、シロが聖獣だとかは言わない方がいいだろう。
「お尋ねしたいのですが、お爺様達はどちらにお泊りなんでしょうか?」
今までほとんど話をした事がないからね、まずは軽い世間話から様子を見る。
私はてっきりパーティー当時に王都へ着いて、パーティー後は本邸の別館に泊まっているんだと思ったが、どうやらそんな感じではないようだ。
「今は街の宿に泊まっているのよ。あの人がカーレルには頼らないって言うから。でも前々から一度は下町の宿に泊まってみたかったし、丁度いい機会だったから無理を言って部屋を用意してもらったのよ。おかげで長年の夢が叶ったわ。ただ、お風呂がないのが困るけれど」
「………………はいぃ?」
今お祖母様は何ていいました? 街の宿まではまぁ予想の範囲だ。だけど下町? お風呂がないって……それただの安宿じゃないの!?
「まって下さいお祖母様、その宿って五つ星とかの有名な宿ですよね?」
「星? 私たちが泊まっている宿にそんなのあったかしら?」
うわぁ、お祖母様ってこんな性格の人だったんだ……。
「グレイ、ノエル、今すぐ部屋の用意をして。お爺様とお祖母様には今日からこちらに泊まって頂くわ。お爺様、お二人の湯浴みも準備いたしますので構いませんよね」
「あら、泊めてもらってもいいの? それじゃ今日はゆっくりお風呂を楽しめるわね」
仮にも現伯爵様を下町の宿に泊めておくわけにもいかないでしょうが。
叔父に知られると色々厄介だが、この際は仕方がないだろう。
「正直快適なお部屋とまではいきませんが、精一杯のお世話をさせて頂きます。それにお料理だけは自身を持ってご提供出来ますので、お楽しみになさっていて下さい」
急な事だけど、料理はディオンに任せておけば間違いないだろう。
その日の夜、私はお爺様に部屋へと呼ばれグレイのみを連れて伺った。
コンコン。
ノックをして部屋の中へと入っていく。
部屋の中にいたはお爺様とお祖母様、それに執事のバースさんのみ。
お付きのメイドさん達にも部屋を提供しているので、今頃はゆっくりされている事だろう。
バースさんに席を勧められ私はテーブルへと着く。
「ご当主様、本日は大変無礼な振る舞いをしてしまい申し訳ございませんでした」
最初に口を開いたのがグレイ。今日叔父達との話し合いに口を挟んだ事を言っているのだろう。
「構わないと言ったはずだ、気にするな」
「ご当主様、よろしいでしょうか?」
お爺様に発言の許可をもらったのは執事のバースさん。
お屋敷からの帰り際にグレイから聞いたのだが、バースさんは以前グレイの教育係だったらしい。
「グレイ、ご当主様に……アリス様に許しを得たい気持ちがあれば、先ほどの発言の真意を申せ」
私もお爺様もとっくに許しているのだけど、バースさんにとってはまだ何かが足りないようだ。
「……無礼な事を承知で申し上げさせていただきます。
グレイは一瞬
だけどその内容この場で言ってはダメなものだ。私たちしかいないとはいえ、お爺様の前で話すという行為はお爺様をも巻き込んでしまう。少なくとも今回の査定は、表向きだけは公平でなければいけないのだ。
「グレイ、控えなさい」
「いいえ、こればかり引き下がることが出来ません。アリス様ももうお分かりでしょう、現在継承権をお持ちの中で、誰が一番領民の事を思っているのか、誰が一番優れているのかを。少なくとカーレル様とお二人のお子様ではアンテーゼ領の領民達が苦しむ事は目に見えております。
アリス様がお屋敷を出られた後、貴女様は何も出来なかった事をどれだけ苦しんでおられたのか……
「……まったく、相変わらず容赦がないわね」
グレイが言った事は私も思っていた。叔父達が爵位を継いだ場合、お爺様がご健在の時はまだいいだろう、だけどいずれ監視の目がなくなれば今回のように己の利益のみを求め、領民達が苦しむ事になるのではないかと。
そして私への警告、主人が間違った方へ進まないように注意しているのだ。自分がどんな罰を受ける事になろうとも。
「アリス様、グレイの失言をお許しください。この者は以前アンテーゼ領が生んでしまったスラム孤児だったのです」
「えっ?」
グレイが孤児? そんな話は聞いた事がなかった。本人からもそんな雰囲気は全く感じられないし、経営の知識も私なんかより優れているのだ。
バースさんが語った内容は、私が今まで聞いた事のない話だった。
お爺様の前の当主様はそれは酷い人物だったらしく、領政には一切関与せず、毎日のように女性とお酒に溺れていたそうだ。
当然そんな当主に優秀な人が付いて来るはずもなく、運営が滞ったアンテーゼ領は日に日に廃れていくのみだった。
そんな中、成人を迎えた後継者の一人である爺様が、当時の国王陛下に直談判をし当主を引きずりおろした事で、ようやく領地を立て直す事が出来たらしい。
だけど領地の傷跡は大きく、グレイのような孤児が多く生まれてしまった。
だからお爺様は叔母が『領地の為に尽くしている』と嘘を言った時、あれほど怒っていらっしゃったんですね。しかし、当主という事はお爺様のお父さんって事だよね。自分のお父さんを引きずり下ろすとか、どんな気持ちだったんだろう。
「ありがとうグレイ。今はまだ、私自身が当主を継げる器だとは思えないけど、どんな形になろうがアンテーゼ領の領民に、あなたのような想いはさせないわ。
当主じゃなくて領民の為に尽くせるって事を教えてくれたのはあなた達よ。それにもう、私は失敗をするつもりは全くないから」
これが今、グレイに応える事ができる精一杯の私の気持ちだ。
「主人への度重なるご無礼、どうぞお許しくださいませ」
グレイは満足してくれたのか、今度こそ私に謝罪してきた。
「こんな答えでいかがかしら、バース」
「アリス様、試すような事をしてしまい、申し訳ございませんでした」
バースさんはきっとこう言いたかったのだろう、貴方は
「話は済んだか?」
「お待たせしました、お爺様」
多分今の私はとびっきりの笑顔なんだと思う。
お祖母様なんて『よかったわね』とか言いながら涙を流されているんだもの。
さて本題はこれからだ。
私がお爺様に呼ばれた意味は、今までの経緯を説明してくださるのだろう。
私の爵位放棄の件やお爺様がなぜ伯爵の地位にいるのかも……今となってはそのほとんどが推測できるのだが、ひとつだけ気になる事がある。それはなぜお爺様達は私たち家族から距離を置いたのか……。
これを聞かない限り私は前には進めない。
「お爺様はご存知だったのですよね、私たち姉妹が陛下の恩恵を受けていた事も全て」
私は一息付いてから話し出す。
私たち姉妹が陛下や公爵家から恩恵を受けているのは確実だ。
陛下の御前で陛下自身が話した内容、『あのラクディアの娘がこうも領地運営に向いているとはな』
この言葉の意味は、私たちの行動は全て陛下の耳に届いていたという事。領地運営とは叔父に気付かれないように輸送ルートを確保したことや、オリジナルのハーブティーの事だろう。もしかして今計画している小麦の事も筒抜けかもしれない。
これらの事は陛下が直接密偵を放って調べさせたかもしれないが、私はこの可能性は低いと思っている。
国が直接運営している領地ならともかく、伯爵家が運営してる領地である。領民からの訴えでもない限り無断で密偵を放つ事はしないだだろう。もし密偵の存在がバレてしまえば伯爵家との信頼関係は無くなってしまう。
ワザワザそんな危険な事を冒してまで調べても陛下にはメリットがない、むしろ直接お爺様に話しを通し調べさせた方が時間もコストも掛からない。
つまりお爺様はこの件に関しては全て陛下側の人間という事だ。
「なぜそう思う?」
「余りにもこちらの情報が漏れ過ぎております。陛下が話された内容からも私の身の周りの事は調べ尽くされているのでしょう、そしてその情報を流されたのはお爺様ではございませんか?」
陛下の事だ、エンジウム家とハルジオン家から話しが上がっていたのだろう。
エンジウム家は政治のトップだ、領主が変わるという報告も耳に入るはず。ましてやルテアとティアナ様には、私が叔父の事で爵位を放棄すると話をしてしまっている。
私はお父様と陛下が親友だという事を知らなかったから、陛下は爵位が誰に変わろうと気にも止めないと思っていた。いや、考えすらしなかった、爵位の継承はその家系の問題なのだから。
だけど陛下は気付かれた。いや、もしかしたらハルジオン家から事前に話しが上がっていたのかもしれない。
ハルジオン家は早い段階から私の為に、偽の婚約話を持ちかけて様子を探っていたのだから。
「私たちが爵位を放棄した書面に不備はありませんでした。それなのに申請が通らなかったのは陛下が内密に止められたからではありませんか? そしてその事をお爺様に報告された」
お爺様はあの時おっしゃった『この度は我が孫が勝手をいたしまして』
つまり陛下から連絡があった事で、空白の爵位を一時的にお爺様が受け継ぐ事にした。
そこには叔父に爵位を渡すわけにはいかなかった理由と、私を継承順位の上に持ってくるために。
「陛下から連絡があった事で、私たちがどのような状況に置かれているのか、何を始めているのかを知ったのではありませんか?でも、今更私たちの前に出る事も出来ず、ラクディア商会を通し私をバックアップしてくださった」
思えばラクディア商会の事は余りにもスムーズに行き過ぎていた。
いくらエスニアの両親が昔とった杵柄でも、生産農家の大半はクロノス商会の管理下に入っているのだ。それなのに問題らしい問題もないまま取引が出来上がっていたのだ。
「買い被り過ぎだ、私は大した事はしていない。陛下も言っていたであろう、お前には領地運営の素質と人を惹きつける力がある。ラクディア商会の者たちが言っていたぞ、アリスと仕事が出来て毎日が楽しいと。
次から次へと出てくるアイディアや新商品の提案が、昔のラクディアにそっくりだと」
お父様にそっくり? そうか、お父様も私と同じ気持ちを持っていたんだ。
私はやっぱり幸せ者なのかもしれないね。こんなにも大勢の人たちに見守られていたんだから。
さて、ここからは私の推測だ。
「最後にもう一つだけお伺いしたい事がございます。お爺様が私たちを避けていたのは、ご自身が悪役を演じ続けるためではございませんか?」
一瞬お爺様の表情に変化があった、ほんの僅かではあるが……。
あの日のパーティー以来、私は考えていた。
お爺様はただお母様が元踊り子だったから嫌っているのだと思っていた。でもカテリーナ王妃の話を聞いた後では、私の考えが間違っていたのではないかと思うようになった。
確かに最初は反対されていたのかもしれない。だけどお父様達の結婚をバックアップしたのが王家と公爵家だとを知ると考えを改めたのではないか。
お爺様も伯爵としての責務を果たされた方だ、王家や公爵家に迂闊に反論しようものならお家が取り壊しになるかもしれないが、逆に味方に付いてくれればこれ程心強い相手はいない。
ならばここはお父様たちの結婚を反対しつづけて、自らが悪役となる事で、お父様達の友情を確かなものにしようと考えたのではないか。
共通の敵を作るという事は、友情を結束させるのに最も有効な手である。現に私は陛下と王妃様、そしてハルジオン公爵様らに守られている。
「今までお父様達の結婚を認めないフリをされたのは、ずっと『共通の敵役』を演じ続けて来たからではありませんか? お父様達が亡くなってからも自らが表には出ず、陛下達の恩恵がある私を遠くから見守るつもりだった」
ただお爺様の誤算は叔父の存在。
当の昔に勘当を言い渡した叔父が知らぬ間に本邸に乗り込んでおり、そのせいで私が爵位を放棄し上、屋敷を飛び出してしまった。
陛下に謁見した時にお爺様は言っていた、『全ては自分が責任を持つと』
あれはてっきり自分が爵位を放棄した事に対しての謝罪だと思ったが、もしかして私が陛下達の加護に頼らず、黙って行動を起こしてしまったからではないか。
お爺様は知らなかったのだ……お父様達の仕事が忙しくなり、家族ぐるみで会う機会が無くなっていた事も、私が陛下達と面識があったのを覚えていない事も……。だからあの葬儀の日何も言わず早々領地へともどられた。自分がいれば陛下たちが私に手を貸せないだろうと思って。
だけど現実は私が勝手に動き、陛下も私の置かれた現状を知るのが遅れた。
「お爺様は私たちから距離を置いていた事を悔やまれたのではありませんか? だから陛下からの計画に乗ると同時に私の情報を提供した」
陛下の計画が、お父様の娘である私に爵位を継がせるところまでかは分からないが、親友の娘である私が屋敷を追い出され苦労しているであろう状況に救いの手を差し伸べてくれた。
お爺様には今まで放置していた事に対して責任を取らす形で協力をもちかけた、そんなところではないだろうか。
「
お爺様は深くため息を付き、お祖母様とバースさんは心配そうな顔で私とお爺様を見つめている。
「確かに先日までは恨んでおりました。ですが今は違います。私はお爺様の血を引いている事を誇りに思っております。領民を思い、お父様達の事を信じてくださった事に感謝しております」
これほど領民の事を思っているお爺様の事だ、お父様達の事を信じていなければ遠くから見ているだけなんて、とても出来るものじゃない。
「答えは見つけられたか?」
「はい、これで私は迷う事もなく前に進めます」
これで全ての迷いは晴れた。私たち姉妹はお爺様に嫌われてはいなかったのだ。むしろ愛されていたのが分かったのだから、私は前に進める。
「……ならば私からも問おう。全てを理解した上で伯爵の地位を継ぐつもりはあるか?」
お爺様の問いかけは、ある意味私の想像通りだった……。
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