第32話 真実と謎と
「ちょ、ちょっと待ってくださいジーク様。一体何をおっしゃているんですか?」
あまりの置いてけぼりに思わず話に割り込んでしまった。
今この男性が名乗ったハルジオン公爵家は、このレガリア王国で二代巨塔と言われている公爵家の一つ。
もう一つはルテアのエンジウム公爵家で共に王族の血を引いている。
武のハルジオン、知のエンジウムとしてこの国を支えている事は有名だ。
ライナスにとっても公爵家に刃向かうなんて自殺行為にも等しいと言うもの、これでは迂闊に出が出せないだろう。
「アリス様、ここはお兄様にお任せくださいませ」
そう言って私の近くにきて耳打ちするのは先ほどの女の子。
そう言えばハルジオン公爵家にエリスと同じ年のご令嬢がいたわね、たしか名前が……。
「ユミナ様でおられますか?」ぼそっ
「ご存知いただいて光栄にございます」
貴族ならある程度ご当主様や著名な方の名前を把握しているのは当然の事、しかも自分より高位の方なら尚更だ。
流石にご令嬢やご子息の名前まで全てと言うわけにはいかないけれど、少なくとも王子王女様と二大公爵本家の子息子女様の名前は知っていて当然と言うもの。
ライナスも恐らく知って……ないかも知れないわね。
「な、なんで公爵家がこんな所にいるんだ!」
「ライナス、口の聞き方に注意しなさい。伯爵家を潰す気」
流石にお父様がいた伯爵家を潰すわけにはいかない、ジーク様が伯爵家に抗議するだけで爵位が揺れるのだ。その場合叔父は自身を守るために間違いなくライナスをお家追放にするだろう。
……ん? そのほうが皆んなのためかも。
「あ、いいわよ。ジーク様に刃向かってくれたら貴方の爵位の継承権の剥奪と只のお家追放ぐらいだから、その方が誰も困らないし皆んなの為にもなるわ」
「なっ!」
私の素敵な提案に何やら驚いた顔をしているけど、こんなバカは居なくなった方が世界平和の為と言うものだ。
「うふふ、アリス様って面白い方なんですね」
ユミナ様が私の近くでクスクス笑っておられるけど、そんなおかしな事言ったかしら?
「俺としても別に名乗るつもりはなかったんだが、さすがに余りにも見るに見かねてな。取りあえずここは素直に謝罪してこの場を去ってくれないか?」
ジーク様が穏やかな口調でライナスに話掛けながら、一瞬こちらにチラッと目線を送ってきた。
その視線の意味を理解して
さすがに二人とも公爵家を相手にするのはマズイと思ったか、ライナスと街人Aは睨みつけてはいるけれど渋々頭だけ下げて店を出て行く。
「こらこら、何さり気なく帰ろうとしてるのよ。お代はちゃんと払ってよね」
お会計を無視して出て行こうとしたので注意する。無銭飲食なんてゆるしません。
二人は舌打ちしながらも精算してから店を出て行った。お釣り? ちゃんと渡しましたよ。
「ジーク様、ユミナ様ありがとうございました」
二人が出て行ったのを見送り改めてジーク様たちに頭をさげお礼を言った。
すると店内から溢れんばかりの拍手の合唱が響き渡ったのだ。
「余計な御世話だとは思ったのだが同じ男として少々言いたくてな」
「いいえ、落とし所が見つからず困っておりましたので大変助かりました」
お互いこの話はここまでと言うように笑顔を交わして再びテーブルへとご案内する。
「皆様、大変お騒がせをいたしました。ご迷惑をお掛けしたお詫びとして、次回ご使用いただける割引チケットを配らせていただきますので、どうぞお使いくださいませ」
店内のお客様に聞こえるようスピーチした後、リリアナを除くホールスタッフ全員がお客様にチケットを配り始めた。
リリアナが動かなかったのは私が捕まえているから。私はジーク様に耳打ちし、リリアナを二階の休憩スペースへと連れて行った。
「リリアナ大丈夫? ごめんなさいあなたに辛い思いをさせてしまって」
騒ぎ始めと違い幾分落ち着いた様子だけど、痴漢されたんだもの心は穏やかじゃないよね。しかも私の
「そんな、店長が謝る必要なんてありません」
「でも、気づいているかもしれないけれどあのライナスは私の従妹にあたるのよ」
「ですが店長は守って下さったじゃないですか、私嬉しかったんです。あの時、震えていて何も言えなかったのに店長は私を信じてくれた。信じて庇ってくれた、それだけで十分です」
リリアナが言っているあの時とは恐らく最初に痴漢されたか尋ねた時。
あの時リリアナが泣いていただけで十分に分かったから……だから怒りがあふれ出してきた、こんな子泣かせた輩が許せなくて。
「ですから私はもう大丈夫です」
「そう、ならよかったわ。しばらく休んでいていいわよ」
「いえ、皆さんにご迷惑をお掛けできませんし今は働きたい気持ちでいっぱいなんです」
「ありがとう、でも辛くなったらいつでも相談してね」
そう言ってリリアナは仕事へと戻っていった。
さて次はジーク様ね。
流石にこのままお帰り頂く訳にはいかない。
ライナスは嫌な奴だけどお父様が守ったアンテーゼ家に汚名を着せるわけにはいかないし、婚約
私は婚約相手の事を正直全く知らない。いや、知ろうとしなかった、自責の念に捕らわれるのが怖くて。
今更ながらなんて自分勝手なんだろう。
だからこれはちゃんと私の手で決着を付けなければならない。まぁ、先ほど耳打ちで待って頂くよう伝えてしまっているから、後戻りはできないんだけどね。
私は意を決意し再びジーク様のもとへと向かった。
「改めましてアリスと申します。このような場所でご容赦ください」
場所は再び二階の休憩スペース。
カフェを開業した事で1階から2階の階段付近に休憩スペースを移動した。机と椅子だけを置いた簡易的な休憩場所だけど、正直この店ではここぐらいしか招くスペースがないのだ。
「ジーク・ハルジオンです。こちらこそ本来名乗るつもりもなかった訳ですからお気遣いなく」
「アリス様、お会いできて光栄です。ユミナ・ハルジオンでございます。私はお兄様とは違いお話できる機会をずっと伺っていたですのよ」
私はお辞儀、ジーク様は騎士の礼、ユミナ様が淑女のカーテシーで挨拶を済ませさっそく本題に取り掛かる。
「この度は我が
今の私は一般の市民、一方あちらはこの国のナンバー2と言ってもいい公爵家。本来なら顔を合わす機会など到底かなわない。そんな関係だ。
「さっきも言ったがあの様子じゃ俺が出しゃばらずとも十分に解決出来ただろう? だから気にすることも無ければ謝る必要もない」
「そうですわ、アリス様は何も悪くありません。私こそ口を挟んでしまい申し訳ございません」
驚いた。いや、流石公爵家と言うべきか……別段威張ることもなくスマートな対応、しかもユミナ様は謝罪の言葉までしてきたのだ。
「こちらの方こそ落としどころを作って頂きありがとうございます。それでその、伯爵家の事ですが……」
「心配なさらずとも大丈夫ですわ、私もお兄様も今回の事は何も見ておりませんから。それに今日はお忍びなんでバレると怒られてしまうんですの」
ユミナ様は中々お茶目な方のようです。それにとても頭の回転が速い。
「ふふふ、そうなんですか? 私もよくエリス、妹とお屋敷を抜け出して叱られてましたわ」
「アリス様もなんですか? 私達よく似ていますね」
お互い微笑み浮かべてこの話はここまでと言う視線を交わし、次の話題へと移る。
「それでお聞きしたのですが。その私の婚約相手、いえ元婚約相手というのは本当なんでしょうか?」
先ほどジーク様がおっしゃっていた話。私の婚約相手が公爵家というのも驚いたが、元々婚約はしていないというのはどういうこのなんだろう?
「君は聞かされていないんだろう? 元々俺の親と君の親、ラクディア様が取り決められていた話だ」
「えっ? お父様が?」
どういう事? 私の婚約は叔父が勝手に決めた事じゃないの?
「アリス様、失礼ですが私達はアリス様が今どのような状態で、なぜこのような処に居るのかも全て把握しております。その上で私たちの話せる範囲は全てお話いたします」
ユミナ様の話は私に衝撃を与えた。
どうやら私の父様とジーク様の父君は古い友人だったそうだ。
母との結婚もハルジオン公爵家ともう一人の高位の方の後押しもあって、結婚に漕ぎ付けたらしい。
たしかにいくらお爺様達が反対してもお父様達は結婚出来たわけだ。本来なら駆け落ちってのが定番なのに、問題なく伯爵の地位のまま過ごしていたから少し疑問には思っていたのだ。
それで友人同士歳近い息子と娘がいたのだからいずれ結婚と言う話が出ても不思議ではない。
ただ私はまだ学生で社交界もデビューしていない。
本来16歳前後でデビューするのだけれど、15歳で両親を亡くしてからそれどころではなかったし、叔父は私が社交界に出るのを良しとしなかっただろう。
結果、デビュー前に貴族を引退する事になった訳だ。
元々の話ではいずれ私が社交界に出てジーク様に引き合わす予定だったらしい。そして私が学園を卒業する頃には二つ歳上のジーク様は騎士として頭角を現し、めでたく結婚。と言うのが本来の筋書だったそうだ。
許婚にしなかったのは、もしお互いの性格が合わなかった場合この話は持ち出すつもりはなかったらしい。
だけど両親が事故で亡くなってしまい叔父夫婦が屋敷に乗り込んでしまったせいで、この話は完全に無くなりかけたのだが。叔父の悪い噂に私達の事を心配された公爵様とご婦人が、公爵家の名前を出さずハルジオン家と好意にしている商家の名前を使い、偽の仲介役で私の婚約の話を持ち掛けたらしい。
本来の目的は私達の様子を調べるために。
叔父はまさか相手が公爵家とは気づかずこの婚約話に乗ってきたらしく、喜んで話を進めたんだそうだ
たしかに他家のお家事情に触れるのは失礼とされているからね、いくら公爵家としても首を突っ込めなかったのだろう。
それじゃ私の婚約相手って本気でどうでもよかったのね。
相手が何者かも十分に調べずペラペラと私の事を話したそうだ。
怪しいとは思わなかったのかしら? 頭が痛くなってきたわ。
そしてあの日、叔父から一方的に婚約の日取りを決められ婚約。
一方公爵家は何も了承していおらず婚約の日にも誰も出席しなかったらしい。
そう言えばこちらも一人として出席していなかったから、勝手に成立って思っちゃったのね。
向こうとしては婚約の話は卒業後と考えていたし、今はあくまで様子を伺うためだったのだから。
でも立場としては商家と伯爵家という構図になっていたせいで、一方的に話を進められた形になってしまったらしい。
叔父としては婚約が認められたと思い込み、当然婚約破棄の事も了解を得たとでも思っていたのだろう。その数日後には婚約を破棄されたと勝手に言いまわったそうだ。
「つまり私は誰とも婚約していないし、婚約も破棄された事はないと?」
「まぁ、そう言うことになるな」
なんだかホッとしたような気持ちと、狐に騙されているのではないかと言う気持ちで実に複雑だ。
「そうでしたか、私は公爵様にも心配して頂いていたのですね。本当ならお礼とお詫びに伺いたいところなのですが、
公爵様のお気持ちはとてもありがたい、こんな処までお父様の愛を感じられるなんて。でも今の私では身分が違い過ぎる為お礼にすら行けない。
「何をおっしゃっているのですかアリス様。アリス様はまだ爵位を……いえ、申し訳ございません。今、私が言うべき事ではございませんでしたわ」
えっ? ユミナ様今何て言いかけたんですか? 私の爵位がまだあるとでも?
「いずれ分かる時が来ると思いますわ、それもそう遠くない未来で」
何ですかその意味深な言い回しは。そう遠くない未来ってどういうことなの?
ユミナ様は私に謎だらけの問題を残してくれた。これじゃ気になって夜も眠れないじゃなの。
「アリス嬢、今日はお会い出来てよかった。いずれまたお会いしましょう」
「アリス様、ケーキ美味しかったですわ。また近いうちに兄に連れて来てもらいますね、その時はぜひエリス様にもお会いしたいです。私と同じ歳と伺っておりますので」
「ありがとうございますユミナ様、妹も喜ぶと思いますよ。シロもいますしね」
「シロ、ですか?」
「ええ、エリスの契約精霊で子猫の姿をしているんですよ」
「子猫ですか! 見たいです、ぜひ見てみたいです」
「良かったら呼んできましょうか? 妹も部屋にいると思いますので」
その後エリスとユミナ様を引き合わせ、意気投合した二人は日が落ちるまで部屋から出てこなかった。
「(あ、あれ? ついさっきまでもう帰るよって雰囲気じゃなかったかしら?)」
残された私達はというと……。
ジーク様は『いずれまたお会いしましょう』と言った手前、照れくさそうにされているし。私は身近に歳近い男性がいなかったせいで、どうしていいか分からない状態。彼氏いない歴40年を舐めないでよね!しくしく。
今の私たちの状態って『それじゃ後は若い者どうしで、私達年寄りは席を外そうとしよう』とか言ってお見合いで二人っきりにされた状態じゃない!
その後、ユミナ様が戻って来るまで私とジーク様は何故かお互い顔を赤らめて、二人っきりの気まずい雰囲気に包まれたのだった。
「(ユミナ様早くもどってきてぇ~)」
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