出撃

「で、俺にはその素敵なドレスを着せてくれないのか?」


 強化外骨格の装備を済ませたリザを睨みながら、俺は言った。

 だってそうだろ?

 リザは防御力も機動力も大幅にアップデートできる強化外骨格を身につけているのに、俺はOCPと呼ばれる迷彩パターンの軍服だけだ。

 もちろん、もしこの軍服に銃弾がヒットしたら、銃弾を跳ね返すことすらなく貫通し、俺は簡単にキルされてしまう。


「格差社会は、生き残ったアメリカ合衆国でも健在だな」

「お前は盾だ。強化外骨格なんて必要ない」

「わからないぜ。もしかしたら俺の“力”が利かない〈ガルディア〉だっているかもしれない」

「じゃあ、今までそんな〈ガルディア〉に遭遇したことがあるのか?」

「いや……ない」

「じゃあ、心配ない」

「でも、もしもの場合にどう備える? 〈ガルディア〉は大丈夫かもしれないが、俺の命を狙っている“人間”はたくさんいる」

「どうしてだ? お前は“ヨリ”を殺してその“力”を手に入れた。今さらなぜ人間を恐れる?」

「くっ……」

「それに、我々もお前の“力”の正体をきちんと理解していない。もしその“力”が外見からお前の存在を特定し、発動するプログラムだとしたら、強化外骨格で全身を覆うのはリスクでしかない」

「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない」

「確かにそうだ。だが安心しろ。お前は我々の盾だが、お前の盾は、我々だ」


 そう言ってリザはグレネードランチャーを搭載した大きなアサルトラフルのコッキングレバーを引き、それを肩に担いでみせる。

 まあ、今は彼女を信じるしかないわけか。


 それからリザは俺をノアの格納庫に連れて行った。

 するとそこには、黒くて平らなフォルムをした輸送機があった。

 昔のステルス爆撃機であるB-2と似た機首と翼とが三角形で一体化した形状。

 それをかなりミニマムサイズにしたものだ。

 B-2爆撃機から産まれた子供だと言われても、誰も疑うことはないだろう。

 そんなB-2爆撃機の子供の前には、既に強化外骨格を身に纏った4人の兵士が立っていた。


「早くレイベンに乗れ」


 リザがライフルの銃口で俺の背中を突きながら言った。

 レイベンとは、B-2爆撃機の子供のことだろう。

 後で知ったことだが、レイベンとはカラスという意味らしい。

 レイベンの中は狭く、俺とリザ、それから兵士4人が入ると窮屈で、お互いの肩が密着してしまう。

 ったく最悪だ。

 ガラの悪い連中が集まったサウナ室みたいだぜ。

 操縦席はあるが、そこに操縦士はいない。

 操縦士はAIなのだろう。

 それからノアのテイルハッチが開き、薄暗かった格納庫に光が差し込み、それがレイベンの窓からも毀れてくる。

 そして発射シーケンスが開始される。

 レイベンの機体から開いたテイルハッチまでカタパルトが伸び、そのカタパルトが青く光り出す。


「死ぬ前に、一つだけ聞いていいか? リザ」

「何だ?」


 レイベンが発射ローンチするまで、まだ少し時間がある。

 緊張を紛らわすために、俺は適当な会話が欲しかった。


「どうしてそんなに日本語がうまいんだ?」


 するとリザはまた眉毛を八の字にした後、俺から視線を逸らして遠くを見るような目になった。

 何を見ているのだろう?

 まだ誰も強化外骨格のヘルメットを被っていないから、ここには人相の悪い兵士の顔と狭い壁しかないのに。

 それからリザは短い溜息を吐いた後、


「日本が好きだったのよ」


 と言った。「特に京都が。昔いたことがあるの」

「京都ね……」


 しかし俺は京都に行った経験がなかったから、適当な相槌しかできない。


「でも、今は何もない。清水寺も、平等院も、芸姑も舞妓といったカルチャーも、全てがアスマ ハヅキによって破壊された。そして――」


 しばらくの沈黙があった。

 その沈黙とともに、この会話も終わるのだろうと俺は勝手に思っていた。

 だが最後に、リザはこう言った。


「そして破壊された。京都そこで出会ったケヴィンとの思い出の場所も――」


 その直後だった。

 発射シーケンスが終わり、レイベンはノアのケツから空に向かって弾き飛ばされた。


 強いGが全身を襲う。


 そのせいで俺の上唇がめくれ上がった。

 しかしGは思いのほか早く収まり、レイベンの自然落下が始まる。

 だからこの狭い機内は、無重力状態だ。

 体はシートに固定されているが、足だけは床から離れ、浮き上がる。

 いつまでこの状態が続くのかはしらないが、無事Q-TeKに着陸できることを祈るしかない。


 それにしても、なぜハヅキは《Q-TeK》に身を潜めているのだろう?


 《Q-TeK》はハヅキに多大な投資を行い、量子Wi-Fiを実用化させ、大ヒットVRMMOFPSである『THE WAR LEFT -残された戦争-』も開発した。

 ここからは俺の推測だが、きっと人類が滅ぼしかけているこの状況は『THE WAR LEFT -残された戦争-』と深く関係しているのではないか?と思っている。

 だって『THE WAR LEFT -残された戦争-』のユーザー数は1,000万人を超えていると言われている。

 それだけの人間が日々バーチャル上で〈フーム〉と呼ばれる敵の殺戮を繰り返し、サーバには膨大なキル・パターン・データが蓄積されている。

 もしこの膨大なキル・パターン・データを分析し、そこから効率的な殺戮のアルゴリズムを発見して、それが〈レオ〉や〈ガルディア〉に実装されているとしたら……

 もしくは頭のイカれた一部の権力者か地球を征服しようと、『THE WAR LEFT -残された戦争-』のシステムと軍事システムを連結させて〈レオ〉や〈ガルディア〉などを操作し、遊び感覚で人類を滅亡に導いているのかもしれない。

 俺はかつてハヅキが言った言葉を思い出す。


 ――だってこれは、“ゲーム”だもん。

 ――“ユーザーさんたち”も、概ね満足いただいてます。


 だとしたら、“ユーザーさんたち”とは、《Q-TeK》で会えるかもしれない。

 そうなったら、どんな挨拶をしてやろうか?

 そして手土産は、ここにいる兵士たちの銃弾か?

 どちらにせよ、行けばわかる。

 《Q-TeK》は、もうすぐだ。


 窓からは、地上に〇を描いた巨大な建造物が覗ける。

 間違いなく《Q-TeK》の社屋だ。

 きっとあの中には“ユーザーさんたち”と一緒に《Q-TeK》の社長と、ハヅキがいるかもしれない。

 であれば、そこは人類を滅亡へと追いやっている元凶であり、現場だ。

 リザを含めた兵士たちは、一斉にヘルメットを被る。

 そして手に持っているライフルの最終チェックを行う。

 いつでもオーケーだぜ。早く楽しませろよ。ロックンロール! そんな感じ。

 でもだ。

 そんな余裕も、一瞬で消え去ってしまう。


 突然、機内に警報が鳴り響いた。


 その直後だ。

 大きな爆発音が、全身を包み込んだ。

 もしエンジントラブルとかじゃなければ、この状況を説明するのは簡単だ。

 ということは、つまり――


 ――ミサイルが、レイベンに直撃したんだ。

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